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【ASEAN】新興国でM&Aを行いやすい国はどこか?その見極め方(5)

7月7日付のNNA記事「サハパタナの傘下企業買収、IFAが異議」(https://www.nna.jp/news/result/1632061)によると、タイの消費財大手サハ・グループ傘下の持ち株会社サハ・パタナ・インターホールディング(SPI)が計画している傘下の食品会社の買収が頓挫する可能性が出てきた。同社の独立系フィナンシャルアドバイザー(IFA)が、買収される側の企業の株主に応じないように提案しているという。

同記事によると、SPIは傘下のタイ・プレジデント・フーズ(TF)と共同で、グループ傘下のプレジデント・ライス・プロダクツ(PR)を買収するため、株式公開買い付け(TOB)を計画しているが、1株当たりの提示価格は53.15バーツ(約177円)と、60バーツ程度の現在の株価を下回っているようだ。

「IFAを務める国際会計事務所のグラントソントンは、PRの適正株価は58.77~73.14バーツであり、SPIが提示している価格は安すぎると主張している。PRの株主に対して、TOBに応じず、売却したい場合はタイ証券取引所(SET)の取引を利用することを提案している」とのこどだ。

東南アジアにおいても、合併・買収(M&A)の買収価格において、証券取引所での価格は重要な意味を持っている。今回の記事では、このような資本市場のM&A案件における意義について考えてみたい。

 

■今回はM&Aの行いやすさと資本市場の関係がテーマ

さて、この連載シリーズでは「新興国におけるM&Aを行いやすい国はどこか、またそれをどのように見分けるのか」をテーマに、M&Aのやりやすさを決める下記の主な要素6項目について説明している。

(1)制度面の整備度合い

(2)会社情報の信用度

(3)現地アドバイザーの力量

(4)M&A案件の多さ、過去の実績の蓄積

(5)現地企業におけるM&Aに対する戦略的な意識

(6)資本市場の整備度合い

前回記事(https://www.nna.jp/news/show/1627754)では5番目の項目である「現地企業におけるM&Aに対する戦略的な意識」について説明した。今回は6番目の「資本市場の整備度合い」を見ていきたい。

■なぜ「資本市場の整備度合い」がM&A案件のやりやすさに関係するのか

なぜ、「資本市場の整備度合い」がM&A案件のやりやすさに関係するのだろうか?ここでは、以下の3つの理由を挙げたい。

(1) 会社情報の開示と、それに対するスタンス

(2) 価値評価における指標

(3) 企業買収のための資金調達

それでは、まず(1)の「会社情報の開示と、それに対するスタンス」から見ていこう。これは平たく言うと、上場企業は情報が一般開示されているため、M&Aの対象として検討する際の情報取得が大幅に容易であること、そして証券市場の存在により情報開示を行うインセンティブが高まることを意味している。

 

■上場企業の存在は、企業や業界の分析において大きなメリット

新興国における案件実施において、対象会社の情報入手が大きなハードルになる。特に、非上場会社の情報入手に困難が伴う場合、この点は一層顕著になる。

一方で、対象企業が仮に上場企業である場合、こうした情報入手のハードルは大幅に下がることになる。この点のメリットは、日本をはじめとしたどの国でもいえるが、より一般的に情報入手が困難な新興国のほうが、このメリットは大きい。

上場企業の存在は、その会社の属する業界を理解するためにも、非常に有効だ。例えば、東南アジアのホテル業界の主要数値を見ようとするとき、ホテル資産を対象にした不動産投資信託(REIT)の開示情報を見ることにより、業界の動向が深く理解できる。

また、主要な企業であれば、証券アナリストがその企業に対するレポートを発行しているため、それによりその会社の情報に加えて、その企業が属する業界の情報についてもまとまった分析が手に入る。

■証券市場には、現地企業に情報開示のメリットを知らしめる効果がある

上場企業の存在は、このような情報入手におけるメリットに加えて、もう一つ見過ごされがちな大きなメリットがある。それは、現地の企業にとって、情報開示を行ったほうがよりメリットがあることを端的に示すことができる点だ。

一般的には、新興国の非上場企業の多くは、先進国企業と同様か、むしろそれ以上に会社の情報を隠す傾向にある。特に儲かっている企業こそその傾向が顕著だ。税金を取れるところから取ろうとするスタンスが強く、かつ時として強権的な政府に私有財産を簒奪(さんだつ)されることもある新興国では、自分がお金を持っていることを対外的に開示するメリットは少ない。

特に長期的な軍事政権下にあった国などではこうした傾向が顕著だ。例えば、ミャンマー企業に売り上げの情報を聞いても、どうみてもその会社の人件費総額と比較しても大幅に少ない金額を言ってくることもある。

そのような国で、最初に会社を上場させるということは、それこそ現地企業において、コペルニクス的な考え方の転換が必要になる。今でこそ証券取引所ができて、上場企業も増えつつあるミャンマーだが、最初証券取引所を立ち上げる際には、こうした現地企業に情報開示を行うことのメリットを納得させることが大きなハードルだった。

現地での証券取引所の開設に向けて、主導的な役割を担ってきた大和証券グループが、最初に証券取引所開設に向けて動き出したのは1993年のことだった。(ダイヤモンドオンライン、杉田浩一、「「株とは何だね?」の質問から苦節20年!証券取引不毛地帯でついに報われる大和の苦労(上)」より)。

その当時の上場候補企業の開拓における苦悩について、大和総研のアジア事業開発部副部長でシニアコンサルタントの杉下亮太氏(肩書は記事リリース当時)が同記事で語っている。「1995年から97年くらいに、相当多くの現地企業を回って、上場の意思確認をやっています。ある程度の上場基準に見合う候補企業リストを作り、ターゲットを絞って個々の企業に上場意志を聞いていく。それでも、ほとんどの会社が興味ないという回答でした。なぜか。彼らにとっては何のメリットもないからです。取引対象となり情報公開することをいやがっていました」。そう、まさに当時のミャンマー企業にとって情報公開するメリットは何もなかったのだ。

そんなミャンマーにおいても、証券市場が立ち上がり、上場することにより大きく企業価値を増加させた企業が出てくることにより、情報開示をしてでも、上場するメリットがあることが徐々に浸透していく。こうした意識の変化が、企業の情報開示に対するスタンスを変えていくのだ。

■類似する上場企業があることで価格交渉がまとまりやすくなる

それでは、二つめの「価値評価における指標」とはどのよう意味だろうか。

本連載「新興国でM&Aを行いやすい国はどこか?その見極め方(3)」(https://www.nna.jp/news/show/1618962)では、M&A案件における価格の設定の考え方について説明した。その中で、買収対象企業に対する企業価値算定の方法の一つで、同じような業種の会社で、同じような売り上げや利益率の会社が上場していたら、その時価総額を参照する手法をご紹介した。

このように、類似している企業が上場している場合、価値算定における有益なベンチマークが得られることにより、対象企業の価値算定評価が行いやすくなる。

この手法の大きなポイントは、価値算定手法として極めてシンプルなため、恣意性が入る余地が少なく、したがって買い手側からも、また売り手側からも、同じような結果が得られることだ。このため、このようなベンチマークになる情報があると、現地企業もあながちそれを無視して価格を吹っかけてくることが難しくなる。そのため、買い手にとってより折り合いやすい価格で交渉しやすくなるのだ。

その結果、M&Aの案件プロセスにおいて破談につながる大きな要因である価格交渉において、上場類似会社が存在するほうが、より価格での合意に至りやすい。ひいては、M&Aの案件成功の確度が高まりやすくなるのだ。

■今後より期待される株式の買収対価化

最後に、資本市場の整備がM&Aのやりやすさにつながる3点目の理由「企業買収のための資金調達」を見てみよう。資本市場による企業買収のための資金調達のメリットは、大きく2つある。一つ目は単純に、エクイティファイナンスを通じて買収資金を調達しやすくなることだ。これにより大型のM&A案件などでも、より機動的な買収資金の調達が可能になる。

2つ目は、資本市場と関連するM&A法制の整備により、株式を対価としたM&Aがより容易にできることだ。これはつまり、買収企業に支払う対価として、現金ではなく自社の株式を用いて案件を行うことだ。これにより、買収側の企業は、現金を用立てせずにM&Aを行うことができることに加えて、特に自社の株式がより高く評価されればされるほど、相対的により安価で対象企業の株式を取得することが出来ることを意味する。

このような株式対価の案件を行う際には、資本市場の存在が重要な意味を持ってくる。なぜならば、証券市場によって株式交換対価としての価値が市場での価格でより明確に分かることと、案件によって受け取った対価をより売却しやすく、つまり換金しやすくなるからだ。

このような株式対価でのM&Aの実施においては、資本市場の整備に加えて、関連する法整備が重要になる。日本においても、2006年5月の会社法施行及び07年5月のいわゆる「三角合併」の解禁以降、日本のM&A法制において従前は困難とされたスキームや新たなスキームが実施されてきた。その結果、上場企業による三角株式交換、株式を対価とする公開買付けなど、株式を対価とするM&Aのストラクチャーの幅が大きく広がった経緯がある。

現状、東南アジアの新興国位おいては、総じてこのような法整備がしっかりされていない。従って、株式対価の案件の割合は、先進国のそれと比較してはまだ少ない状況にある。今後、このような法整備が進むことになれば、より柔軟な買収ストラクチャー設計が可能になり、案件数の拡大につながっていくことが予想される。

<筆者紹介>

杉田浩一

株式会社アジア戦略アドバイザリー 代表取締役。カリフォルニア大学サンタバーバラ校物理学および生物学部卒。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)経済学修士課程卒。15年間にわたり複数の外資系投資銀行にて、海外進出戦略立案サポートや、M&Aアドバイザリーをはじめとするコーポレートファイナンス業務に携わる。2000年から09年まで、UBS証券会社投資銀行本部M&Aアドバイザリーチームに在籍し、数多くのM&A案件においてアドバイザーを務める。また09年から12年まで、米系投資銀行のフーリハン・ローキーにて、在日副代表を務める傍ら東南アジアにおけるM&Aアドバイザリー業務に従事。

12年に、東南アジアでのM&Aアドバイザリーおよび業界調査を主要業務とする株式会社アジア戦略アドバイザリーを創業。よりリスク度の高い東南アジア案件において、質の高いアドバイザリーサービスの提供を目指してASEAN各国での案件を遂行中。特に、現地の主要財閥との直接の関係を生かし、日系企業と現地企業間の資本・業務提携をサポートしている。


関連国・地域: ミャンマーカンボジア日本
関連業種: 金融マクロ・統計・その他経済

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