• 印刷する

【ASEAN】新興国でM&Aを行いやすい国はどこか?その見極め方(4)

6月19日付のNNA記事「上半期のM&A、13年以来の低水準」(https://www.nna.jp/news/result/1623332)によると、シンガポール企業が絡んだ合併・買収(M&A)が、今年に入って急減しているという。トムソン・ロイターが6月15日公表したデータによると、今年上半期(1~6月)に発表された取引は金額ベースで224億米ドル(約2兆4,842億円)相当となり、前年同期から20.3%減少。同期としては2013年以来の低水準に落ち込んでいる。

M&Aの件数の推移は、案件数が総じて少ない東南アジアにおいては、数値が上下に振れやすい。とはいえ、今まで比較的順調な拡大基調に来た東南アジアのM&A市場も、ここにきてスローダウンしてきているのかもしれない。今後の推移が気になるところだ。

 さて、この連載シリーズでは「新興国におけるM&Aを行いやすい国はどこか、またそれをどのように見分けるのか」をテーマに、M&Aのやりやすさを決める下記の主な要素6項目について説明している。

(1)制度面の整備度合い

(2)会社情報の信用度

(3)現地アドバイザーの力量

(4)M&A案件の多さ、過去の実績の蓄積

(5)現地企業におけるM&Aに対する戦略的な意識

(6)資本市場の整備度合い

前回記事(https://www.nna.jp/news/show/1618962)では4番目の項目である「M&A案件の多さ、過去の実績の蓄積」について説明した。今回は5番目の「現地企業におけるM&Aに対する戦略的な意識」を見ていきたい。特に、新興国から先進国に成長する過程で、どのような事業ポートフォリオ戦略が重要で、その結果なぜ新興国では優良な会社が売りに出てこないかを説明する。

■なぜ「現地企業におけるM&Aに対する戦略的な意識」がM&A案件のやりやすさに関係するのか

なぜ、「現地企業におけるM&Aに対する戦略的な意識」がM&A案件のやりやすさに関係するのだろうか?ここでは、以下の2つの理由を挙げたい。

(1) 事業ポートフォリオ戦略としてのM&Aの浸透

(2) 優良案件がM&A市場にどこまで出てくるか

それでは、まず(1)の「事業ポートフォリオ戦略としてのM&Aの浸透」から見ていこう。これは平たく言うと、企業がどれだけ「集中と選択」という行為について企業価値を高める戦略として意識しているか、またそのための手段としてM&Aを使うかを意味している。

この点を理解するためには、新興国の経済発展と企業グループの構造、そしてそれに応じた事業ポートフォリオ戦略がどう変わるかについて少し理解する必要がある。

■「集中と選択」は新興国でも有効なのか?

今の日本では、企業の事業ポートフォリオ戦略において、「集中と選択」が当たり前のように叫ばれている。ただ、それはいつの時代にも当てはまる話なのだろうか。

このような「集中と選択」は、実は市場の成長が鈍化し、かつその市場に多くの競争相手が存在し、自社の限られたリソースの中で競争優位を確保しないといけない先進国において主に有効で、新興国においては必ずしも有効な戦略ではない。特に、市場の急速な成長が見込める新興国においては、集中と選択を行うよりも、より幅広く新しい産業領域に進出することが重要になる。

それはなぜだろうか。国が経済成長していく過程において、新興国においては、新たな産業がよりダイナミックに生まれ、その新たな市場に新たな企業が参入し、マーケットシェアの拡大をはかろうとする。このような状況においては、いかに新しく生まれる市場に他社より早く参入して、そこでのシェアを他社より拡大するかが重要だ。従って、通常大手の企業は次々に生まれる新しい業界にどんどん横展開を行い、結果として幅広い業種をカバーする企業グループ、つまり財閥が生まれていくことになる。

これは、日本の歴史を振り返っても同様で、今でこそ先進国である日本にしても、明治・大正時代に一気に広がった多くの新しい産業分野に、先行企業がどんどん横展開することで、4大財閥をはじめとする財閥が形成されていった。新興国における事業立ち上げの際には、許認可取得にかかる政府とのコネクションや資金調達力がポイントになるが、こうした点にたけている既存大企業が、より新事業を行う際にも優位なポジションを維持しがちだ。

これが先進国になるにしたがって、経済が発達し、産業の成長が鈍化し、各業界において企業間の競争が激化し、それぞれの市場において企業の優劣がはっきりしてくると、単純に横展開で売り上げを伸ばせるような状況ではなくなる。

その市場のトップの限定した企業しか勝ち残れないとなると、そこまで強くない事業は売却して、強い事業を強化するようになる。こうして、「集中と選択」が有効になり、その結果として事業の売却がより積極的に行われるようになる。

つまり、先進国になるほど、「集中と選択」が重要になり、その結果事業の売却が行われるようになり、M&Aの市場が活性化するのだ。

■新興国ではいい会社は売りに出にくい

さて、振り返って伸び盛りの企業が多い東南アジアの新興国ではどうだろうか。総じて優秀な企業は、単純に業績の良い事業はすべて、その規模拡大を目指しがちで、業績のよい事業を売って別の事業をさらに強くしようとは思わない。従って、こうした優良な企業はM&Aの買い手になることはあれども、業績が良い会社を過半数以上の株式持ち分をそっくり売りに出す、いわゆる売り手側にはなかなかならない。

つまり、市場が急速に拡大している東南アジアの新興国においては、グループ戦略として「集中と選択」よりか、単純な事業拡大が重要視されがちなため、事業戦略としての会社の売却があまり重要視されない。その結果、「良い事業だけど、グループの価値最大化のためにこの会社を売って、他の事業に集約しよう」といった、「いい売り案件」が出てくる戦略的な理由付けが希薄になりがちだ。

これが、2つ目の論点である「優良案件がM&A市場にどこまで出てくるか」に関係してくる。つまり、こうしたいい案件があまり市場に出てこない新興国では、どのように優良案件を見極めるかが重要になってくるのだ。

■新興国企業で優良案件が出てくるケースとは?

いい案件が少なくなりがちな新興国のM&A市場においても、中にはしっかりとした会社が売りに出るケースはある。それでは、どのような場合に、比較的事業内容の良い売り案件が出てくるのだろうか? 以下の5つのケースが考えられる。

1つ目は、事業継承案件だ。創業者がもう事業を継続する意思がなく、一族にそれを継承する人がいない場合だ。

2つ目は、「集中と選択」の場合で、より儲かる事業にお金を注ぎたいため、他に売れる事業を売るケース。新興国で多いのは、不動産開発などへの資金のねん出のため、他の事業を売るケースだ。

3つ目は、買い手が法外な値段を支払う場合だ。同じ業界で外資が高値で買っていくことがあると、自分の会社もそのくらいの値段で買う外資はいないかとなる。

4つ目は、さらなる事業拡大を行う必要があるのだが、そのための資金力が不十分なケース。ただこの場合は最初から過半数を取得できる案件としてではなく、少数株主を募る案件として始まる場合が多い。

そして5つ目はファンドが保有している案件が売却されるケースだ。

こうした理由の場合は、比較的事業内容がいい会社の売却の可能性が高いだろう。従って、なぜこの会社が売却に至ったのかの理由の確認は、特に新興国ほど重要になる。

■売り手は「本当の」売却理由は言いたがらない

まとめると、優良な会社が売却されにくい新興国においては、過半数が取得できるようなM&A案件でいい会社が売りに出されることは、比較的少ない。裏を返すと、売却される案件は、それだけ会社の内容に問題がある場合が多い。

ただ売却理由を聞いても、「グループ事業の選択と集中のため」などと、それこそ聞こえのいい理由を言ってくる場合がほとんど。「会社の内容が良くないから、売らざるを得ない」などといった言い方はしてこない。従って、本当の売却の理由は何なのかをしっかりと見極めることが、不良案件をつかまないためには大切だ。

次回は、6点目の「資本市場の整備度合い」について説明する。

<筆者紹介>

杉田浩一

株式会社アジア戦略アドバイザリー 代表取締役。カリフォルニア大学サンタバーバラ校物理学および生物学部卒。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)経済学修士課程卒。15年間にわたり複数の外資系投資銀行にて、海外進出戦略立案サポートや、M&Aアドバイザリーをはじめとするコーポレートファイナンス業務に携わる。2000年から09年まで、UBS証券会社投資銀行本部M&Aアドバイザリーチームに在籍し、数多くのM&A案件においてアドバイザーを務める。また09年から12年まで、米系投資銀行のフーリハン・ローキーにて、在日副代表を務める傍ら東南アジアにおけるM&Aアドバイザリー業務に従事。

12年に、東南アジアでのM&Aアドバイザリーおよび業界調査を主要業務とする株式会社アジア戦略アドバイザリーを創業。よりリスク度の高い東南アジア案件において、質の高いアドバイザリーサービスの提供を目指してASEAN各国での案件を遂行中。特に、現地の主要財閥との直接の関係を生かし、日系企業と現地企業間の資本・業務提携をサポートしている。


関連国・地域: ミャンマーカンボジア日本
関連業種: マクロ・統計・その他経済

その他記事

すべての文頭を開く

KDDIと住商がゲーム事業 2年でシェア1割目指す(05/23)

華為が独自OSか、グーグル対抗(05/23)

車輸入が通年で過去最高へ 長引く検査、116号の課題は山積み(05/23)

円借款823億円承認、2大都市の整備に活用(05/23)

猶予期間中はソフト更新、米グーグルが声明(05/23)

アイカ工業、ベトナム初の化粧板工場を開所(05/23)

日産、EV充電器設置で台湾系デルタを選定(05/23)

華為取引停止拡大、日本での新機種不透明に(05/23)

全日空商事、空港にフードコート2号店(05/23)

米が農産物の早期開放要求、車関税撤廃には難色(05/23)

すべての文頭を開く

※本コメント機能はFacebook Ireland Limitedによって提供されており、この機能によって生じた損害に対して株式会社エヌ・エヌ・エーは一切の責任を負いません。

NNAからのご案内

出版物

SNSアカウント

各種ログイン