（８日付からの続き）
【ＮＮＡ西原（進行役）】さきほど荒川さんが紹介してくれた、オーストラリア企業の日本企業に対する見方は、完全にポジティブな見方なの…

オーストラリア

（８日付からの続き）
【ＮＮＡ西原（進行役）】さきほど荒川さんが紹介してくれた、オーストラリア企業の日本企業に対する見方は、完全にポジティブな見方なのですか。それともやや揶揄（やゆ）を含んだ見方なのですか？

【グラント・ソントン荒川】日本人だから分かるのですが、忘れがちなのは、自分たちは米国や中国などの企業と一緒に市場にいて、多くの国の１カ国に過ぎないということです。例えば米国企業と日本企業ならどちらでもいいかもしれないが、中国企業と日本企業なら日本企業だよね、と。韓国企業と日本企業では同じくらいか、と。英語で「What you see is what you get.（裏表がない）」という言い方がありますが、日本企業は言ったことはそのまま守るからと信頼性が買われています。中国企業への照会はなくなっていて、中国には持っていかなくていいから、日本に持っていってというケースが最近では多いです。余裕を持って時間をかけている売り手企業が増えていて、その分、日本企業の意思決定の遅さがネックになっていることは現在あまりない気がします。それよりボトルネックになっているのは、売り手と買い手のプライス感覚のギャップですね。だからこそ、交渉期間が最近延びているとも言えます。

【ＨＳＦイアン】最近聞いた話ですが、例えば日豪の合併・買収（Ｍ＆Ａ）で、リーガルもファイナンスも問題はなかったのに、いざ成約してみるとケミストリーが合わず、買収後の統合プロセス（ＰＭＩ）が大変になったというケースがありました。それぞれの会社が持つＤＮＡが違うと、頑張ってもなかなかうまくいかない、ということです。

【西原】ケミストリーが合わないというのは、具体的にはどういうことなのですか？

【イアン】東証上場の日本企業がオーストラリアの非公開企業を買収する場合、コーポレート・ガバナンスやコンプライアンスに対するアプローチの違いで困難が生じることがあります。 特に、創業者が最高経営責任者（ＣＥＯ）として会社経営を続け、ほとんどの意思決定を一方的に行ってきた場合です。買収者側の本社の要件を満たしつつ、オーストラリアのビジネスを阻害することのない、オーダーメードのガバナンス、リスク、コンプライアンス体制を構築することが不可欠です。

【クレイトンユッツ加納】よくあるのは、オーストラリア企業に経営危機が発生した時の対処法やアプローチの仕方が根本的に異なるためにあつれきが生まれるケースとか、逆にオーストラリアで別のビジネス買収の機会が発生した時に買収戦略の構築や買収の進め方について意見が合わずにうまくいかなくなるケースです。
このような経営スタンスとかアプローチの違いはデューデリジェンス（ＤＤ、資産査定）では判明しにくいのです。ただこの点は、買収後の経営一般について、買収ストラクチャーの構築の仕方や買収契約書で、ある程度は手当てすることが可能です。
例えば、完全子会社化したいという場合であっても、一気に100％買うのではなく、80％取得して数年後に業績連動のプレミアムを載せて20％を取得するストラクチャーを組むケースも多いです。そうすると、買収後も相手方は少数株主として業績向上のために経営に真剣に取り組むインセンティブが働きますので、一気に100％売却して雇われ社長として残るだけの場合と比べて買収後の経営がうまくいく可能性は高まります。その期間の意思決定プロセスを明確に固めて契約書に落とし込んでおくことによって、ケミストリーの違いから発生する問題を事前に防ぐことにつながります。

【荒川】前回５年前の座談会の記事を読んでコンタクトしてきたある日本企業のケースは成功例でしょう。輸出書類の作成やファイナンシングもやる。販売店も買いました。ニュージーランドだけでなく、オーストラリアでも事業が拡大することになるのを見越して、信頼できるオーストラリア人ＣＥＯを雇っていました。彼は日本の取締役でもあります。その業界は、中にいなければ見えない業界です。少しずつ投資して、昨年、大きな２社を買収しました。本社の経営陣が、ＤＤの気になる点を指摘できるし、アドバイザーの起用もうまい。そして現地に信頼できるＣＥＯがいて、親会社とのコミュニケーションもできる。日本の小さめの上場企業でもＭ＆Ａができることを示しました。
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【イアン】いい人材を見つけることができればうまくいく可能性が高い。会社だけじゃなく、マネジメントも買わないといけない。

【加納】成功例の特徴を挙げるとすれば、何といっても同業同種での買収案件が圧倒的に多いことだと思います。事業内容や業界の特性などがよく分かっていると、ＤＤで精査すべき部分もよく分かりますし、経営陣の経営に対する考え方やアプローチもよく理解できるので、人の問題やケミストリーの問題も含め、成功するための要素がそろっている状況だと思います。後は、買収プロセスに全社体制で臨むことができれば、失敗する要素は考えにくくなります。今まで関わったＭ＆Ａ案件の中で最も成功しているといえる事案では、売買交渉時に役員がわざわざオーストラリアに来て陣頭指揮を執っていました。つまり、「同業同種」「役員の関与」「完全買収から入らない」という、いわば３拍子がそろった案件でしたので、失敗する要素を見つけることの方が難しかったと言えるかもしれません。

【荒川】プロジェクトチームと役員のギャップが問題になる会社もあるのに、役員が直々に来て、契約の打ち合わせもして、というのはあまりないですし、ＤＤの報告会に社長が出るというのもめずらしいですね。

【加納】日本企業の成長戦略に海外Ｍ＆Ａ戦略は欠かせなくなっています。その意味で、大企業、中小企業問わず、日本企業の海外Ｍ＆Ａ戦略として全社体制をとれれば、オーストラリアでの成功事例は間違いなく増えていくと思います。

【イアン】メルボルンで開かれた今年の日豪経済合同委員会会議でも、会長や社長が来ていた日本企業は20社くらいありましたし、５年前と比べると、企業幹部の行き来が増えている気がします。

【西原】加納さんが前回の座談会で、日本電産（現ニデック）の永守会長が「日本人にはＰＭＩはできない」と言っていた例を紹介しておられましたが、最近は意識改革が進んでいるということですね。

【加納】意識改革が進んだ面もあると思いますが、実務的にはコロナ禍を経て、オンライン会議が効率的に活用されるようになったことも大きいと思います。幹部の人も比較的参加しやすい環境になってきていると思います。

【マツダリーガル松田】日本の本社がオーストラリア子会社をコントロールすると言えば誤解を招きそうですが、要は「ガバナンスの効いたオペレーション」志向になってきている気がします。進出する日系企業が、クリティカルな点では外注弁護士のサポートを得ながらも、Ｍ＆Ａプロセスを通して法務を「自立＆自律」でマネージするような動きに昨今はなってきているのです。

【荒川】それと、やはり人間関係の作り方は大事だという気がします。オーストラリアのＣＥＯは買収されると、オーナーオペレーターではなくなる。なので、その周りの人を見なければいけない。オーストラリア人幹部は、日本企業の担当者らに１回会えば足りると思っているフシがあります。そこで、日本企業が人間関係をつくっていく独自のやり方をオーストラリアでも活用できるのではないかと思います。
オーストラリア人に私がいつも言うのは、資金が欲しいと言うけれど、何回も日本に通ったりして、日本企業の担当者と関係を築くのが大事なんだよと。できれば、それをするステップも取り入れられたらいいとは思っているのですが、なかなか組み入れられませんが（苦笑）。

【イアン】オーストラリアには日本人駐在員は多いですが、オーストラリア人駐在員は日本にほとんどいません。今でも日本の大手企業の組織構造は複雑で、外国人にはまず分からないので、入りにくい。駐在員は、日本からオーストラリアへの一方通行になってしまっています。

【加納】日本企業が、グローバル人材を養成する立場の人材としてオーストラリア人を日本の本社に派遣したケースもあります。今後双方向に行われるのが常態化すれば、成功例が増えていくのではないかと思います。

【荒川】ただしその場合、大抵は日本人のように日本語を操るオーストラリア人材ばかりなのが現状なので、英語話者のオーストラリア人でも問題ないような、英語の受け入れ態勢が整っている企業である必要がでてきますね。５年前の座談会ではＭ＆Ａは結婚のようなもの、と例えましたが、日本の大企業の場合、海外から養子を受け入れて育てる覚悟と環境があるかどうかなのだと思います。

【イアン】私は神戸製鋼で勤務経験があって、当時は午前９時から午後５時半まで仕事がなくても会社にいなければならなかったのが大変でした（苦笑）。ただし日本企業の意思決定プロセスや上下関係などは、しばらくいれば分かるようになりますね。
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【松田】買収後、実務レベルの担当者が現地法人社長としてオーストラリアに派遣され、現地の業務の多さを目の当たりにして途方に暮れるケースも聞きます。ＥＳＧ（環境・社会・企業統治）、プライバシー、労働者の人権など、本業ビジネスと旧来からの管理業務の上に覆いかぶさってくるこれら業務も昨今は山積みです。走り出しからいきなりリソース不足、「想定外で……」という次第。その段階で初めてわれわれが、管理法務のサポート業務の依頼を受けることがあります。陣容の整備をはじめ、ガバナンスの効いた体制作りには、やはり早い段階での詰めが必要ではないかと思います。

【加納】Ｍ＆Ａのプロセスとしては、「ＭＯＵ（覚書）」「ＤＤ」「買収契約交渉」と大きく３つのフェーズがあります。この中で、日本企業が陥りがちな問題として、ＭＯＵ内容の検討と交渉を軽視していることが挙げられます。例えばＤＤをやって、買収契約を交渉する段階になってから、ＭＯＵと基本的に違うことを交渉しようとして、破談になったケースは多いです。ＭＯＵは法的拘束力のない予備的な文書だからという理由で、営業部や企業内の法務部内だけでＭＯＵ内容をチェックして結んでしまい、ＤＤの段階になってオーストラリアの法律事務所に頼んでくるケースがあります。そうするともう修正が効かないのです。もちろん、ＤＤで発見された問題については買収契約交渉の中で議論して解決していくことは相手方も想定していますが、それ以外の点についてＭＯＵの時点で握ったものを後で合理的な理由もなく覆そうとすると拒否反応を起こすのです。これはびっくりするぐらい日本とオーストラリアで異なる点だと感じています。

【西原】ＤＤ以降のフェーズではどうですか？

【加納】ＤＤでよくある失敗ケースは、買収契約に包括的な表明保証条項を盛り込みさえすれば、ＤＤをやらなかった分野で問題が発覚しても表明保証違反に基づいて責任追及できるから、ＤＤは必要最小限でと依頼されるケースです。実はここに大きな落とし穴があります。
オーストラリアでは売り手側が開示した事項については、表明保証違反に基づく損害賠償請求ができないとされるのが慣例なのです。これを交渉で覆そうとするとディールブレークにつながりかねません。
従って、ＤＤで開示された情報を十分に調査しないまま買収を実行すると、その情報に関連して問題が発生しても、表明保証違反に基づく請求ができない仕組みになっているのです。また、表明保証違反に基づく請求には１～２年という期間や買収価格の20～50％までという金額の上限についての制約が課せられますので、決して万能なリスクヘッジではありません。
また、表明保証違反に基づく請求を行って、裁判で認められたとしても、売り手側に資力や資産が残っていなければ、意味がありません。こうした失敗をおかさないために、十分な時間と費用をかけてＤＤをしっかりやることが重要であり、買収成功のための大前提だと思います。

【松田】５年前の座談会でも発言させていただきましたが、Ｍ＆Ａでの法務を３段階に大きく区分する中で、社内の実情、現地の現実を踏まえて、とっかかりフェーズでの詰めの重要性を改めて強調したいです。

【荒川】加納さんのおっしゃることに関連したことを、会計業界のサイドでも感じます。売却の時にフィナンシャル・アドバイザー（ＦＡ）を付けるのは当たり前だと日本企業は思うのですが、買い手の時はＦＡはいらないと思われがちなのです。
例えば、商社のようにＭ＆Ａ慣れしていてしっかりＤＤだけやってくださいというのは分かります。そうではなくて、今までも数件しか買収したことがないケース、特にオーストラリアでは初めてのケースだと、最初から地元で経験のある専門家と案件を創り上げていくとスムーズになります。
あと「英語が話せる」では十分ではないのです。私も米国で10年ほど働いてからオーストラリアに来ましたが、オーストラリアの話し方や交渉の仕方、言い回しなどは全然違います。だから、日本企業側に単に英語ができる人材がいるから交渉できますという認識は通用しないと思っています。現地で何度も場数を踏んだ人と知恵を出し合って紙に落としていくことが大切なのです。

【西原】最後に、オーストラリア市場の今後の展望や有望分野などについての考えを教えてください。

【松田】市場参入のしやすさでいえば、オーストラリアは法制度は「over regulated」と言われるくらい整っているし、政府の機動性も全般に悪くない。業界のしきたり、おきて、忖度（そんたく）など気にせず、手順を踏めばきっちりプレーができる土壌といえます。ところで、オーストラリアで弁護士はどれくらいいると思いますか？

【イアン】ネズミより多いでしょう（笑）。

【松田】（苦笑）。ソリシター（事務弁護士）は約９万人です。そのうち企業内弁護士が１万5,000人強。この10年で倍増しています。外部の弁護士を起用するより社内で文書を作った方が費用削減になるというレベルの話ではもうないです。法務全般をマネージし、すでに経営戦略の一翼を担っているところも多い。現地法人の取引先がそれだけの構えであることを認識して臨めば、ビジネスもスムーズに進むということでしょうか。

【イアン】イノベーション分野では、今までオーストラリアに来てこなかった日本企業も来始めています。以前と比べ、ネットワークを駆使していますし、連邦政府もサポートしています。エネルギー・トランジションの分野でもたくさんチャンスが出てくると思います。
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【荒川】ニーズという意味では、エイジドケアとかヘルス分野は供給が足りていません。ホットなのはテックと同時に、インフラブームが続いていますが、それに関わるインフラテックが買われています。特にオーストラリアの特殊な企業が買われている印象です。
エネルギー・トランジションの分野だと、今までは川下を見ていたのが、送電に変わってきています。電気をどう送電するか、そのグリッドが問題なのは分かっています。その分野に詳しい企業が来るなど、フェーズが変わってきている気がします。インフラ投資でも、道路やトンネルから電線などのミドルストリームに移行している傾向があります。

【加納】オーストラリアは人口が増え、業界を問わず成長する余地があるのが何といっても一番の魅力だと思います。今までは日本への輸出が多い資源エネルギー分野や農林水産業といった第一次産業だけが注目されてきましたが、国民の教育レベルは高く、ニッチな技術を持っている企業も多い。スタートアップ企業への買収提案も増えてきています。日本企業としても上手にＭ＆Ａを活用して成長戦略の一環として取り込みやすい環境が整ってきていると思います。（了）

※当座談会に対するご意見やご感想をお寄せください【ＮＮＡオーストラリア営業部（sales@nna.net.au）】

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