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【アジアで会う】ビクターさん 雑貨店「インド屋」店主 第333回 自由を求め、沖縄コザで半世紀(日本)

Victor(本名:ビシュヌ・シトラニ) 1948年インド西部ジャイプール生まれ。69年に香港に渡り、仕立屋を営むおじの下で働く。転職を機に、返還直前の72年1月に沖縄へ。当時米軍基地の門前町であったコザ地区(沖縄市)で、74年に「インド屋」の前身となる店を開業。当初は「インド雑貨も置く仕立屋」だったが、80年代に雑貨やエスニック衣料をメインとする店へと変貌させ、日本の「エスニック雑貨店」の先駆けとなった。

常連客が「話していると時間を忘れてしまう」と語るビクターさんと妻の恵さん(インド屋提供)

常連客が「話していると時間を忘れてしまう」と語るビクターさんと妻の恵さん(インド屋提供)

インド屋は、「ディープ」「異国情緒漂う」などと形容されるコザ地区にある。嘉手納基地に隣接するエリアで、戦後は米兵相手のバーやキャバレーが立ち並ぶ歓楽街としてにぎわった。沖縄に来たのは、同じく米国人向けにコザで栄えた、インド人経営の仕立屋チェーンに就職したからだった。

■家族に楽をさせたくて海外へ

海外に出ると決めたのは、家族の苦労を見て育ったからだ。両親は現パキスタンのシンド州出身。1947年のインドとパキスタンの分離・独立で、一家は命からがらインド側へと渡った。「7人兄弟で、私は下から2番目」。父は生活雑貨店の経営やサラリーマンをして一家を養ったが、高校生の頃に他界した。

「外国に行けば、もうかるかなと思って」。お金をためて家族に良い生活をさせてあげたい。そんな一心で、香港にいるおじに「働きたい」と手紙を書いた。

おじの家に住み込みで働き、香港での暮らしは息をつく暇がなかった。採寸やスーツのデザインを学び、その経験を生かして3年後に沖縄での職を得る。香港を離れると決めたのは、「自由になりたかった」からだった。

■「どこにもない店」をやりたい

転職先でも採寸やデザイニングを担当したが、「自由に店をやりたい」という気持ちを抑えきれず、3年足らずで独立。インド屋の前身となる仕立屋を、コザのメインストリートの一つ、センター通り(現・中央パークアベニュー)で74年に立ち上げた。人とは違う独創性を追求し、成功したい。当時からそんな思いが胸にあった。

店は、10年ほどは仕立て業で繁盛した。だが米国人は徐々に減り、米ドルの価値も大きく下落。80年代半ばには、センター通りは歓楽街のイメージを払拭(ふっしょく)し、健全で清潔感あるショッピング街「中央パークアベニュー」へと生まれ変わる。沖縄市が主導する、日本人客の誘致に向けた取り組みだった。

客層が変わるなら、「テーラーはやめて(店も)変わろう。インドの雑貨や洋服を置いて、どこにもないイメージでやってみよう」。そう決意して店を一新。仕立屋はエスニック雑貨店「インド屋」に生まれ変わった。

1990年、最も繁盛していた頃のインド屋とビクターさん(インド屋提供)

1990年、最も繁盛していた頃のインド屋とビクターさん(インド屋提供)

80年代当時、インド雑貨をメインとする店は目新しく、大いににぎわった。後に支店を設け、計3店舗を切り盛りするまでに経営を拡大。私生活では、ダイビング愛好家で沖縄に足しげく通っていた恵さんと結婚し、1男2女をもうけた。

忙しい合間を縫い、家族を連れて1~2年に1回はインドに帰省。「向こうの親戚たちにはとっても良くしてもらって。いくら仕送りをしていたかなんて(夫に)聞いたことはないけれど、すごく感謝されているのが分かりました」と、妻の恵さんは語る。

■大事なのは、人に合わせること

商売人生は、良いときばかりではない。観光開発が盛んな沖縄では、新しい商業施設が次々登場。隣接する地域にも大型施設が開業し、2000年頃を境にコザは活気を失い始める。インド屋は支店を閉め、本店だけを残すことに。付近はシャッターが閉まったままの店が多く、賃貸物件である本店を保っていくことも容易ではないが、喫茶スペースを作るといった工夫をしながら、辛抱強く営業を続けている。

店を出した当時、外国人が融資を受けたり店を登録したりすることはできず、地元の人に名義を借りた。「お願いしたら何のお金もとらないで、保証人になってくれた。こっち(沖縄)の人は優しい」。コザが衰退した今も店を開け続けるのは、「お客さんと話すのが好き」だからだけではない。地元の人への感謝があるからこそだ。

海外で働く日本人へのメッセージを聞くと、「向こう(現地)の人に合わせるのが一番いい」という答えが返ってきた。自身も人に合わせる努力を通じて、居場所や商売を築いてきた。「合わない人も結構いるけど、(ときには)我慢しないといけない。ちょっと合わせて、仲良くなって。そうしたらちゃんと生活できるし、きれいに生ききれるんじゃないかな」(インド版編集・天野友紀子)


関連国・地域: インド日本
関連業種: 社会・事件

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