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【アジアで会う】三輪悟さん アンコール・ワット修復工事所長 第255回 社会に貢献する建築学(カンボジア)

みわ・さとる 1974年、東京生まれ。日本大学・理工学部建築学科を卒業後、同大の修士課程(建築学)に進み、在学中に初めて訪れた世界遺産アンコール遺跡とその町並みに魅了された。上智大学アジア人材養成研究センターに所属し、99年からシエムレアプに常駐。2019年5月で20年が経過した。現在は同センターの特任教員(助教)でアンコール・ワット修復工事所長を務める。休日も自転車で遺跡巡りをしている。

アンコール遺跡群の中核をなすアンコール・ワットの本堂に続く西参道を修復している。上智大がシエムレアプに構えるセンターを拠点にしながら、遺跡修復現場にいるカンボジア人への指示だしや日本への進ちょく報告、カンボジア側との調整など仕事は尽きない。

作業員から土を堀ったとの報告を受けたら、「どこまで、どの角度で掘ったのか」などと逐一確認する。「自分で確認しないと危ない」と感じたら、現場に駆けつけて指示を出すことも少なくない。世界遺産の修復は慎重に進める必要がある。

■あらゆる変化の可能性に魅力

「人やモノを理解する総合学問」。大学に入る前に読んだ本にこう書いてあったことが、建築学を学ぶきっかけになった。建築設計をやりたいと考え学んでいた中、運命を動かす事件が発生する。

1995年の1月17日。テレビを付けると高速道路が倒壊していた。阪神大震災だった。「建築が役に立っているのだろうか」。社会貢献できる建築を模索するようになる。

大学4年の時、知人からアンコール遺跡群の研究室があると聞いた。研究室の教授が上智大の石沢良昭教授の組織に入っていたことから関わりを持つようになり、97年に上智大の調査チームの一員として初めてアンコール遺跡を訪れた。

シエムレアプの町は道が細く、草はぼうぼう、アンコール遺跡群に行く道も穴が空いていた。全く開発の進んでいない町並みや未修復の遺跡を見て、「未開拓でまだ方向性が定まっておらず、あらゆる変化の可能性を秘めたカンボジアに魅力を感じた」

修士課程が終わるころ、運よくシエムレアプ常駐の話が飛び込んできた。海外に行った経験が少なく、現地の言葉もできない。ちゅうちょしていると、ある先生から「おまえはバカか。日本にいてもできるようになるわけがない」と一蹴された。先生の言葉に気付かされ、上智大が進めるアンコール・ワット修復の実質的な現場監督として現地に住むようになる。

■早寝早起き、電気なし

勢いよく赴任したはいいが、カンボジア人のことが全く分からない。遺跡修復の作業効率にもかかわると思い、作業員の自宅に行って生活体験を始めた。農民である作業員たちは高床式の住宅に住み、電気のない生活を送っていた。

言葉が分からない分、観察眼が養われた。気立てが良く、飲み物や食べ物もくれる。当時、現地の食事は口に合わず、「においが強烈なプラホック(魚の塩辛)は鼻をつまんで食べていた」。だが、カンボジア人の温かみや暮らしに触れた。

そんな生活体験が、遺跡修復にも役立った。電気がないので早寝早起きし、田植えの時期は早く帰宅したいと言う。遺跡修復の作業時間などに反映した。

西参道の第1工区修復は96年に始まったが、試行錯誤の繰り返しだった。作業員の技術は十分ではなく、修復にかけられる資金も乏しい。アンコ―ル遺跡群を管理するカンボジアの政府機関、アプサラ機構にも人が少なく、「目の前のことをなんとか一つ一つ片付けながら最初は進んだ」。国際機関の関係者からは「終わらないんでしょ」と言われたこともあったが、10年以上かかってようやく修復作業は完了した。

■「環境作り」に信念

2016年に始まった第2工区、第3工区の修復作業は、第1工区で育った作業員たちが中心になって進めている。カンボジア人が自らの手で遺跡を保存・管理できるようになるための道のりはまだ長いが、着実に育っている作業員や専門家もいる。

シエムレアプでの生活は今年5月で20年が経過した。住み始めた当初に書き始めた日記は136冊目になる。遺跡修復事業には人材育成も含まれるため時間がかかるが、「カンボジア人がやりがいを持って遺跡保存に取り組める環境を作らなきゃいけない」との考えは変わらない。

アンコール遺跡群は一流の世界遺産。それに関わるカンボジア人なら、世界で通じる人材を輩出できるのではないか。そう信じて、この地で踏ん張っている。(プノンペン支局記者・竹内悠)


関連国・地域: カンボジア
関連業種: 社会・事件

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