【アジアで会う】ビノド・クマールさん 安宿エバーグリーン経営者 第182回 実業家の夢あきらめない(インド)

ビノド・クマール 1968年3月10日生まれ。インド・ニューデリー出身。同首都のオールドデリーにある安宿街パハールガンジでホテル「エバーグリーン・ゲストハウス」を家族で経営し、世界中のバックパッカーを受け入れている。88年に初来日。95年まで兵庫県芦屋市で暮らし、インド料理店と中古車販売会社で働く。夢は実業家。カレーで使われるさまざまなスパイスを日本に輸出する計画を温めている。

記憶では、外国人に初めて会ったのは13歳のときだった。相手は日本から来た旅行者。「英語が話せなかったので『ナマステ(こんにちは)』と言っただけ」。関西弁のイントネーションが少し混じるものの、流ちょうな日本語は一生懸命勉強した証だ。

高校の社会の授業で、日本が第二次世界大戦の敗戦以降に急速に発展したことを知った。どのように成長したのか。興味が湧いた。19歳になり、両親が経営する現在の安宿の後を継ごうと考えていたが、1人の日本人女性から来日の誘いを受ける。20歳で初めて日本の土を踏んだ。その女性は後に妻になった。

日本での生活は当初、戸惑いばかりだった。飲食店の漢字のメニューを見ても分からない。行儀作法もさっぱりだった。「インドでは相手からペンを借りるときに勝手に取ったりするけれど、日本では声を掛けてお願いするのがマナー。電車の切符の窓口にも一列に並ぶ。インドでは考えられないことばかりだった」。慣れるまでに1年近く要した。

■飲食と中古車販売の二足のわらじ

芦屋市で暮らし、午前は学校で日本語を勉強、午後からはインド料理店で働いた。印象に残っているのは、パキスタン人が経営する中古車販売会社でのアルバイトだ。週2回ほどだったが、姫路市の業者まで足を運び、中古の乗用車やエンジンなどを買い取って、パキスタンに輸出した。日当は2万円。何よりもうれしかったのは、パキスタンの人々と親しくなれたことだった。

「異国での生活という共通点があった。インドとパキスタンは外交上は対立しているけれど、友人同士では関係ないことだよ」と言う。休日には近所のフランス人とペタンクに熱中した。目標の球をめがけて鉄のボールを投げ、どれだけその球に近いかを競うゲームだ。野球にも挑戦したが「クリケットと異なり、ノーバウンドのボールを打つのが難しかった。ルールも理解できなかった」と苦笑する。

不運が続いたのは95年だった。交通事故でけがを負い、一時的に帰国。奥さんとも離婚した。同年1月17日に阪神大震災が発生。働いていたインド料理店は全壊し、パキスタン人が経営する中古車販売会社とも連絡が取れなくなった。

戻ったものの、兵庫の街は変わり果てていた。芦屋市、西宮市、神戸市長田区――。「知り合いは亡くなり、住居を失った人が大勢いた」。日本で再起を図ろうとしたものの、踏ん張ることはできなかった。悩んだ末にインドに帰ることを決めた。

■インドスパイス光会社

帰国してからは、両親が経営するエバーグリーンを継いだ。2001年にインド人女性と再婚し、娘が1人生まれた。父親は亡くなったけれど、母親は現在も宿内の個室で暮らす。インターネットでの告知や旅行ガイドなど、実務面を切り盛りする。

パハールガンジはスラム街の一角にあり、昔から治安が良くない。かつては情報が限られ、泊まれる宿は限られていたが、現在ではネットが普及し、競合が増えた。「国内外の旅行者が『アゴダ』といった投稿サイトの評価を確認して、宿泊先を決めるようになった。ネットでの告知を重視しないと、お客さんが集まらない時代になってきた」と危機感を感じている。

今後の夢は、若い頃に思い描いた実業家に再挑戦することだ。既に日本滞在中に「インドスパイス光会社」という名称で登記しており、「資金が貯まれば、スパイスの輸出を始めたい」。日本人にはスパイスの知識がないため、効用を教えるサービスを付ける構想もある。

「シーク教徒の家系なので、自らビジネスを手掛けるという血が流れているのかもしれない。将来はエバーグリーンの経営とスパイスの貿易を掛け持ちして頑張っていきたい」と力を込めた。(インド編集部・中村聡也)


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