創刊20周年特別企画「インドネシアに生きる」

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1996年9月に創刊したNNAインドネシア版が20周年を迎えるに当たり、南国の大地に根を下ろした日本人を取材。激動のインドネシア現代史に、登場人物の人生を重ねる。
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【インドネシアに生きる】余生はインドネシアと共に バティックを着た仕事師(4)(2017/04/07)

永眠の地はインドネシアと決めている。だから余生はインドネシアと共に。仕事のスタイルは再婚しても一向に…

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【インドネシアに生きる】肝心なのは好きになること バティックを着た仕事師(3)(2017/03/31)

海外ビジネスで成功するにはどうすればいいか。こう問われると、企業アドバイザーの柴田紹朔さん(85)なら…

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【インドネシアに生きる】向こう三軒両隣を実践 バティックを着た仕事師(2)(2017/03/24)

社用で欧米は経験済み。アジアではバングラデシュやスリランカなどには出向いたが、インドネシアははじめて…

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【インドネシアに生きる】隠居世代で現役バリバリ バティックを着た仕事師(1)(2017/03/17)

年不相応を地でいく隠居世代の現役バリバリさんの話をしよう。写真は苦手。人相が悪いからと本人は言うが、…

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【インドネシアに生きる】還暦をバネに新たな旅立ち ロマン追うコンサルタント(4)(2017/03/10)

生まれも育ちも関東だが、四国経由で30年前、メーカーの経理担当としてインドネシアにやってきた。経歴から…

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【インドネシアに生きる】黄金の日々に突然の悲報 ロマン追うコンサルタント(3)(2017/03/03)

2016年9月、JAC会議室で(NNA撮影)
必然とは偶然の積み重ねかもしれないが、招き猫に手招きされるかのように踏み出した人生の新境地。それはま…

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【インドネシアに生きる】招き猫が人生の畏友招く ロマン追うコンサルタント(2)(2017/02/24)

YKKインドネシア勤務時にオフィスで(吉田さん提供)
30歳のとき、管理部門の責任者としてYKKのインドネシア法人に送り込まれ、ジャカルタ暮らしは会社の寮か…

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【インドネシアに生きる】四国経由でジャカルタに ロマン追うコンサルタント(1)(2017/02/17)

大手メーカーで長年、経理をやってきた。だから数字や損得勘定にはすこぶる強い。しかし、この人の物事の判…

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【インドネシアに生きる】ジャカルタで余生堪能 付かず離れず46年(3)(2017/02/10)

2016年4月、樋口修さんが眠るジャカルタの英雄墓地で。樋口さんが亡くなって20年目の命日に住友商事の関係者らと一緒に墓参した(内原さん提供)
1971年の最初の赴任以来、インドネシアとのかかわりは46年にもなる。しかし、いくら長く住んだところで、イ…

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【インドネシアに生きる】インドネシアは奥深い 付かず離れず46年(2)(2017/02/03)

インドネシアの地図からモルッカ諸島の北に位置するモロタイ島を指す。2016年9月に旅好き仲間と訪れた(NNA撮影)
1997年の7月にタイから始まったアジア通貨危機は、たちまちのうちにインドネシアのルピアを直撃するが、こ…

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【インドネシアに生きる】元商社マンは楽観主義者 付かず離れず46年(1)(2017/01/27)

入った大学で気まぐれに選択した語学と、たまたま入社した商社。その延長線上で出会った人々との縁から、長…

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【インドネシアに生きる】伝統と流行のはざまで バティックの現場から(3)(2017/01/20)

2016年8月、カトゥラ師匠の工房で。師匠作のバティック布を手にする師弟(NNA撮影)
バティック職人のなり手が少なくなる一方で、バティック本来のろうけつ染めとは無縁のプリントものが市場で…

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【インドネシアに生きる】チレボンで工房立ち上げ バティックの現場から(2)(2017/01/13)

1999年、バンドン工科大学の修士課程を修了。コマールさんと記念撮影(賀集さん提供)
1998年の5月にインドネシアの首都を炎上させたジャカルタ暴動。賀集由美子さん(56)はそのとき、たまたま…

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【インドネシアに生きる】職業はお絵描き兼雑用係 バティックの現場から(1)(2017/01/06)

二言目には、ゆるゆる、いい加減、超テキトーといったたぐいの言葉が出てくる。本人いわく「これまでずるず…

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【インドネシアに生きる】理詰めの中に人情の味 中小企業を率いる論客会長(2)(2016/12/23)

ときにジョークを入れながら、物事を理詰めで話すのは、それだけの経験に裏打ちされているからだろう。会社…

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【インドネシアに生きる】末は博士か大臣かを実践 中小企業を率いる論客会長(1)(2016/12/16)

小柄だが、大きく見える。大言壮語を並べる人ではないが、話題が日本とインドネシアの関係や大企業と中小企…

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【インドネシアに生きる】東ジャワ暮らしは運命的 元青年協力隊員の家族愛(2)(2016/12/09)

ネパールの山中から戻った青年海外協力隊員は、木材会社に就職する。16年勤めて転職した現在の会社でも、前…

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【インドネシアに生きる】半生を東ジャワの木材業に 元青年協力隊員の家族愛(1)(2016/12/02)

若い頃にネパール山中で一生分を歩いたという薩摩隼人。電気のない村々を巡回する青年海外協力隊での2年半…

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【インドネシアに生きる】永眠の地はインドネシア 松山からジャカルタへ(3)(2016/11/25)

身長184センチで、柔道7段の巨漢。どこにいてもたっぷりな存在感がある。人はふつう、顔で覚えたり覚えられ…

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【インドネシアに生きる】柔道指導で現地に深入り 松山からジャカルタへ(2)(2016/11/18)

1973年、黒田さん(左)37歳のとき、ジャカルタで柔道指導に汗を流す(黒田さん提供)
ジャカルタの工場勤務で異文化体験をしたあと、古巣の東レ愛媛工場に戻り、ひと仕事終えてから1980年に再び…

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