2004年11月23日

第143回 楠梓印刷工業<前田精版印刷所>、高雄一筋35年、品質堅持で築いた厚い信頼



高雄市郊外の楠梓輸出加工区に工場を構える楠梓印刷工業は、台湾中南部の輸出加工区に生産拠点を持つ日系メーカーを顧客に、主に欧米市場向け製品の紙器と取扱説明書を生産している老舗の印刷メーカーだ。輸出加工区としては台湾で最も歴史の長い高雄輸出加工区に進出してから今年で35年。進出当初からの長い付き合いの取引先が多く、信頼関係は強固だ。

生産現場
業務は顧客からのデータ化されたデザインの受け取りに始まり、出力、印刷、成型・製本、発送という流れで進む。同社が手がけるのはオフセット印刷という平版印刷で、むらなくきれいな仕上がりが得られることから、カラー印刷では主流となっている方法だ。印刷の材料にはPS版という、感光材を塗布したアルミニウム版を使用しているが、コスト削減のため使い回しをする台湾メーカーも多い中、印刷効果を維持するため使い捨てを徹底している。紙器の場合は、刷り上がった板紙の表面にUVコーティングを施してから、段ボールの片段と張り合わせて補強。トムソンマシンにかけて型抜きをしたら最終工程のサックスマシンでのり付けをする。完成品は従業員が一つ一つ手に取って、ずれや不具合がないかをチェックする。取扱説明書の場合は、刷り上がったものを断裁し、製本機にかけて仕上げた後、重量計でページ数に過不足がないかを調べ、仕上がったものを梱包して出荷となる。

顧客の90%が日系企業で、残り10%が台湾の現地企業。売上高の大部分を30年来の業務提携関係にある台湾キヤノンが占めており、台中県潭子郷の輸出加工区にあるキヤノンの工場から日本、欧米市場向けに出荷されるデジタルカメラ用の紙器と取扱説明書を生産している。このほか、同じ楠梓加工区内に工場を持つ、楽器のヤマハ、ミシンのブラザー工業なども数十年来の顧客だ。

■品質が最大の魅力

経営陣
台湾進出当初、兵庫県三木市にある本社の前田精版印刷所で手がけていたのは日本市場向けの金物やのれんといった、生活必需品の紙器だった。ところが、台湾工場に舞い込んだ受注は8割以上が米国市場向けの輸出製品を入れるパッケージと英語の取扱説明書。中身は家電製品からクリスマスツリー、シューズとさまざまだったが、「日本市場向けと違って高い品質要求を満たすのは本当に困難だった」と、前田信行董事長は当時を振り返る。腕の良い技術者を雇い入れ、本社から多額の設備投資を投入するなどして技術面の改善を図り、サンプル出荷で顧客からのゴーサインが出た後も出荷製品の一つ一つに目を通して品質をチェック。これらの努力が実を結び、今では「クオリティーの高さが楠梓の魅力」という確固とした評価を得るに至った。

台湾の印刷業者のコストパフォーマンスの高さに驚くこともある。しかし、紙器は入ればよい、説明書は読めればよい、という品質に対する基本的な姿勢が改善されない限り、台湾勢に負ける心配はなさそうだ。いつでも「楠梓の製品は世界に出ている」という誇りを持ちつつ仕事をする、職人気質を堅持すること、それが前田董事長の信条だ。

■余剰コストは効率アップで解消

今年は原油高騰で多くの製造業者がコスト圧力に悩まされているが、同社も例外ではない。インク、紙、のりなどあらゆる原料が、多いものでは20%も値上がりしている。それでも、商品価格に転嫁せずに済んでいるのは、昨年から今年にかけて導入した新規設備が効果を発揮し、生産効率が大幅にアップしているためだ。総額3,900万台湾元で購入したのり付け機と製本機のおかげで、これまで手作業で行っていた煩雑な作業を短時間で行えるようになった。原料価格上昇による余剰コストの解消も可能になり、何より顧客からの急な注文にスピーディーに対応できるようになったため、長時間残業の必要性がなくなった。

日系企業の中国進出が顕著な昨今、顧客が拠点を中国に移転する動きが出ている。台湾の製造拠点としての地位が揺らいでいる中で、将来的には加工区から出て現地メーカーをはじめとする新規顧客を取り込む必要も出てくるだろう。今のところは、印刷から川下って、既存の顧客のパッケージング業務の一部を引き受けるなど、業務の多様化でリスクヘッジをしながら逆境をしのいでいる状態だ。

一部の顧客からは「前田さんも中国においでよ」と声がかかる。前田董事長自身、中国進出に意欲を燃やした時期もあった。しかし、今となっては慣れ親しんだ高雄でやれるところまでやってみようという気持ちの方が強い。時代の流れをしっかりと見据えつつ、職人気質の経営方針をこれからも貫いていく構えだ。【東恵子】

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