第45回 「取税人」の自覚で尽力 土谷浩一郎・国際協力銀行香港首席駐在員


第45回 「取税人」の自覚で尽力 土谷浩一郎・国際協力銀行香港首席駐在員

1995年10月、ヨルダン――。日本輸出入銀行(当時)の土谷氏が、ヨルダン向けの約1億5,000万米ドル相当の融資契約書を抱え、緊迫した面持ちでアンマン入りした。中東情勢は当時、イスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)によるオスロ合意を受けて、和平への期待感が芽生えていた。和平実現には、イスラエルと国交を樹立したヨルダンが、極めて重要な役割を果たすのは確実だ。だがヨルダン経済はぜい弱で、外貨準備高に不安がある。その国にあえて融資することで、世界平和にも寄与できるはずだ。中東に関心を傾けてきた土谷氏は、特別な意義を感じていた。

1958年、東京に長男として生まれたが、証券会社に勤務していた父の転勤のため、東京から大阪、奈良、姫路市、千葉と引っ越しを繰り返した。当然、幼なじみはおらず、小学校を変わるたびに周囲の好奇の眼差しに晒される。だが注目される分、打ち解ければ友達もすぐできた。人見知りと親しみやすさが相半ばする人格は、この頃形成されたのかもしれない。

友達と遊びながらも、スポーツの不得意さは自覚していた。「球技は特にダメなんです。運動神経が全くないんですから(笑)」。現在でもゴルフには全く興味が湧かないのだそうだ。

■聖書研究に没頭

小学校時代に転校を繰り返した土谷少年だが、中学生になると一転、同じ学校、同じ友人と長く付きあうことになった。都内の私立中学に入学したためだ。土谷少年はこの学校で、西洋文化にのめり込むきっかけを与えられることになる。

この学校の教育は、さまざまな面で独特だった。例えば、社会科学系は「極度に左寄り」。音楽の時間にはただひたすらクラシック音楽を鑑賞するだけである。だが毎回聴かされ続けていると、一部の生徒はクラシック音楽に耳なじみ、傾倒してゆく。土谷少年がある日ハッとして頭をもたげた交響曲は、ワーグナーの「ワルキューレの騎行」だったそうだ。「音響のゴージャス感に圧倒されました」。

いったんワーグナーに熱中すると、その世界の壮大さゆえに、神話、哲学、宗教といった分野に関心が広がっていく。その後浪人を経て入学した東京大学では、聖書を研究する同好会に入った。西洋の音楽や文化は、その根源にはキリスト教、つまり聖書の息吹が宿っている。その西洋文化の源泉に直接触れてみたいと思ったためだ。「実は単に、西洋かぶれだったとも言えますが(笑)」。

イエスの生涯とその復活を記す福音書や、パウロの手紙などからなる「新約聖書」よりも、土谷青年はユダヤ人の歴史を描く「旧約聖書」により大きな関心をおぼえた。そしてさらに、中東やイスラム文化にも興味を持ち出した。学生時代のそうした関心を背景に、「パブリックな観点で」世界に関わる仕事がしたいと、土谷氏は日本輸出入銀行に入行した。

幸いにも土谷氏が担当したのは、中東諸国が主だった。主に日本企業のプラント輸出を支援する融資の営業だ。

トルコのガス火力発電所に対し、同国向けの初のドル建て融資となった総額約4億ドルのローンを供与した。また日本にとって第3位の原油輸入元でありながらも米国の制裁下にあるイランには、旧輸銀時代から数えて25年ぶりとなる直接借款を再開し、石油化学設備などの輸出支援用に立て続けに供与した。

■時間のかかる中東融資

アルジェリアの石油・ガス関連設備への融資では、初めて政府保証を免除した。中東以外にも、ナイジェリアの石油化学設備向け融資や、初のトルクメニスタン向け融資などを前線で取りまとめた。そうした中、冒頭のヨルダン融資は、胸に抱いた中東和平への思いと共に、強く印象に残っているという。

その後パリ駐在を経て、香港に来た。中国を担当するのは初めてだったが、中東諸国以上に、中国は世界経済にとって大きなプレーヤーだと痛感している。民間金融機関の活動を阻害せずに、企業活動を支援するという国際協力銀の性格上、どう活路を見出していくべきか、現在模索中だという。

「国際銀で働く自分は、福音書でいう『取税人』のようなもので、それだけ世に報いるために尽力せねばなりません」。ローマ帝国の時代、ユダヤでは同胞でありながら帝国のために税金を徴収する取税人は疎んじられた。だが取税人の一部はイエスを信じ、イエスも彼らを救いの存在として認めたと、聖書には記されている。

悠久の歴史を持つ中東諸国の担当が長かったせいか、アラブ人の時間感覚の緩さにも慣れてしまったようだ。「嬉しいことに、去年出したリビア人への業務メールの返事が、ちょうど1年後の先日になって、やっと届いたんです(笑)」。(香港編集部・西原哲也)

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