第40回 情熱と楽観と物流と 早川強・香港日本通運社長


第40回 情熱と楽観と物流と 早川強・香港日本通運社長

「消えた?一体どこに?」――。1976年春、日本通運航空貨物部の早川氏が、何事もなく仕事を終えて帰宅すると、珍しく会社から電話が入った。そして、驚くべき事件を知らされ、呆然としてその場に立ちすくんだ。自分が担当した航空貨物を乗せたバリグ・ブラジル航空の貨物航空機が、ロサンゼルス空港に近い太平洋上空で忽然と消えたという。この貨物航空機は、早川氏が荷主から預かった約3,000万円相当の高額製品貨物を積んでいた。

1944年、東京の目白で生まれ、5人兄弟の3男として育った。父親は当時、物流会社の役員をしていたが、同時に政治家を務めていた。その上に年齢は既に50歳近い時に生まれた息子だ。普通の父子関係は望めなかった。父の帰宅はいつも夜遅く、一緒に遊んだ記憶はほとんどないという。

早川少年は生来、あくせくしないおっとりタイプだった。早川少年は小学校から、独特な一貫教育で知られる成城学園に入学。ここでラグビーやテニスなどのスポーツに打ち込んだ。またモータースポーツにも熱をあげた。夏休みには鈴鹿サーキットに自動車レースを見に行く。そして見るだけでは飽き足らず、16歳の時には既に小型4輪免許を取得していた。学生の時には、エンジンルームを長くし、レース用エンジンを搭載したスポーツカーを運転したという。

■オランダで新事業立ち上げ

父親の仕事を見ながら、物流業に興味を持ち始めた早川青年は67年、日本通運に入社した。日通では、業務部門が海運と陸運、空運に分かれる。早川氏は空運の国際貨物部門に配属された。当時花形だった国内貨物、旅行部門と比べ、国際貨物部門はまだマイナーで、東京からニューヨークまでの貨物輸送料が1キログラム当たり1,500円もした時代だった。

物流企業としての最大の任務は、顧客から預かった貨物をきちんと遅れずに届けることである。

だが、きちんと届けるどころか、航空機ごと行方不明になるという事件が発生したのは、入社約10年後のことである。成田発リオデジャネイロ行きの貨物航空機が、突然連絡を絶った。ギャングが、貨物の中の有名絵画を狙ってハイジャックし、共産圏に舞い降りたのではないかとも思われた。

だが、旅客機なら世界的ニュースとなるはずが、貨物機であるために大きなニュースにはならなかった。結局、幸いにも保険が適用され、貨物所有の荷主には十分な補償がなされ、早川氏に火の粉が振りかかることはなかった。だがその後も貨物機は発見されず、事件は未だにミステリーのままとなっているという。

1981年にはオランダのアムステルダムに赴任する。日通はこの地で、業界では全く新しいビジネスモデルを模索していた。それは、港湾地域に巨大な倉庫を借り、日系メーカーの部品集積センター運営のアウトソーシングを請け負おうというものだった。社内から疑問の声が強まる中、早川氏は航空貨物責任者として現法立ち上げから関与し、年間約6,000万円を売り上げた。

これが、「サード・パーティー・ロジスティクス時代」の幕開けとなった。この成功を機に、日通は海外各地に同様事業が拡大していった。早川氏は話す。「この時に痛感しました。何事も情熱を持ってやればできるんだなと」。

その後、米国のアトランタに赴任した。そして、ここでも新しい事業を始めることになる。当地にある日系メーカーの工場まで生産用機械を輸送する従来業務に加え、工場内での据え付け業務までも請け負う事業を始めた。これがまた当たった。ある企業は、欧州にある工場の機械据え付けにまで、早川氏が担当したこのアトランタ現法をわざわざ呼び寄せるほど、信頼を集めたという。

■走行距離50万キロ

1937年に国策として発足した輸送会社が、現在は国内約4万人、海外では158都市・288拠点に1万人以上の従業員を擁するグローバルな物流企業としての地位を築いている。早川氏は「順調に来たのは、すべて日本の経済力、お客さんのおかげ」と話す。楽観的な性格は少年時代から全く変わっていない。「挫折?あまり感じたことないです。鈍いんでしょうか(笑)」。

オランダやドイツを含め、欧州滞在は長い。早川氏はこの間、大好きなドライブを楽しんでいる。陸続きの欧州は、国境を越えてどこまでも行ける。見知らぬ町を走るのが好きで、北はノルウェーのツンドラ地帯、南は地中海に面したイタリア南部まで、宿の予約も取らず、ハンドルを握って駆け抜けた。現在までの走行距離は50万キロを越す。地球を10周以上走った計算だ。運転経験は40年以上にわたり、それでも事故経験は皆無だという。

ところが香港では車を運転できない。「会社に運転を禁止されているんです。社長が運転なんて前代未聞だと言われてしまって(笑)」――。(香港編集部・西原哲也)

NNAからのご案内

出版物

SNSアカウント

各種ログイン