第38回 頭を垂れる稲穂に 石原忠・コニカミノルタ商業系統社長


第38回 頭を垂れる稲穂に 石原忠・コニカミノルタ商業系統社長

1989年3月、香港――。決算間近のある日、ミノルタ香港の財務担当である石原氏が、思わず電卓をはじいていた指を止めて青ざめた。中国系商社経由で売ったカメラの売り掛け分、約1,500万円の未回収に気が付いたためだ。会社の会計士は、本土関連なら諦めて営業損を計上するべきと肩をすくめる。こんなに大金の損失を本社に報告できるわけがない。何としても回収してやる!石原氏はそう言ってこぶしを握りしめた。

1957年、神戸に長男として生まれ育った。負けず嫌いながら楽天的で、幼い頃からくよくよしない天性を持っていた。青年時代は、体重が54キロしかない細身の体型で、駅伝選手に選ばれたこともある。父は銀行員で、夜遅くまで帰ってこなかったが、専業主婦の母と姉の4人家族はいつも円満で、石原氏は幼稚園時代から会社に入って結婚するまで、ずっと実家で生活していた。「悩んだこと?ないんですわ。ほら、おもろない人生でっしゃろ(笑)」。

関西への愛着は深く、会社も関西企業を選んだ。それがミノルタだった。79年に関西学院大を出て入社すると財務部に配属された。だが会計の勉強などしたことがない身だ。簿記を学んでいた別の同期は重宝されているのに、自分は雑務しかやることがない。足手まといの新入社員と見られてもおかしくなかった。「こりゃあかん。バイトやないねんから」。楽天的な石原青年もさすがに焦燥感を強くし、会社の帰り道に簿記学校を見つけてさっそく入学したそうだ。

■右肩上がりの80年代

ミノルタは1950年代に米国ミノルタを設立して以来、カメラ輸出で海外展開を強化し続けてきた。それに伴い、海外駐在員数も飛躍的に伸びた。だが、当時は「(英語に慣れていない)財務担当者が海外に出ると、1年間は使いものにならない」との評判が出始め、財務担当者の英語強化がひとつの課題となった。そこで、石原氏は財務担当留学生として、ロンドンで語学研修を受けた。1年間まじめに簿記学校に通ったおかげで、会社の財務が面白くなり始めた頃だった。

その後87年、カメラとコピー機販売事業を展開していた香港に、やはり財務担当で転勤になる。当時の香港の景気は絶好調で、物価も家賃も給料も、すべてが右肩上がりだった。

日本も好景気に沸いていた。日本からの出張者が気軽に香港に立ち寄る。「香港島南の海上レストラン『ジャンボ』には、アテンドで月に17回行ったこともありました(笑)」。何をやっても、うまく稼げた時期だった。

落とし穴が待っていたのはその後である。89年3月のある日、石原氏が大金の未回収を発見した後、顧客に連絡すると、商品を受け取っていないという。そんなバカな。税関で何かトラブルが発生して留め置かれているようだ。現物も回収できない。当時は本土でのカメラ販売は本土中国人経営の商社に任せていた。石原氏はその日以来、くる日もくる日もこの男への電話を続けた。そしてようやく連絡が取れ、「本土に来てくれれば全額支払う」との確約を取り付けた。

こうなったら行くしかない。石原氏は本土に出向き、事務所に出向いて男に会うと、男は「これでいいだろ!」と、汚れてぼろぼろの米ドルの札束12万米ドルをテーブルに叩き付けた。それを引ったくるようにして金額を確認し、5つの封筒に分けてテープでぐるぐる巻きにした。さて問題は、これをどうやって香港に持ち出すか、だ。中国では外貨持ち出し規制がある。

■映画のような作戦

その時、男は知人の税関職員を連れてきて、ある提案をした。提案はこうだ。まず、この税関職員に全封筒を渡す。石原氏が香港へ帰る際に検問所を通過した後、職員が男性トイレの個室に入る。石原氏はそれを見て隣の個室に入り、敷居下の隙間から封筒を返してもらうという作戦だ。だがこの税関職員が、封筒を持ったまま逃げ出したら、全てはパーだ。信用できないと疑ったが、結局、男の提案を受け入れた。これしか回収金を香港に持ち出す方法はなかった。

そうして、作戦は成功した。「まるで映画のシーンのようでした。若気の至りでした。企業倫理が重要視される今では考えられんですわ」。

石原氏はその後、大阪に戻り、2000年初頭に再び香港にやってきた。今年1月には、コニカとミノルタが統合するという大ニュースが突然発表され、両社社員をも仰天させた。香港市場でも複写機で競合していたが、高速機の技術を誇るコニカと、フルカラー機や中低速機が強いミノルタの統合メリットが必ず生まれると確実視されている。

関西の小さな光学機器メーカー「日独写真機商店」が、1962年に社名を『ミノルタカメラ』に変更したのは、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」の句から「実る田」という意を込めた創業者の意図が隠されていたそうだ。

石原氏は中国本土の飲み屋で、横柄に振る舞っている若い日本人男性を見たことが何度かある。「自分も自戒するようにしてますねん。ああいうことをしてるんではないかと」――。(香港編集部・西原哲也)

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