第36回 経営はバランス感覚 谷口久和・ダイヤモンドリース香港社長


第36回 経営はバランス感覚 谷口久和・ダイヤモンドリース香港社長

1995年、ロンドン――。ダイヤモンドリース国際営業部の谷口氏が、スウェーデンの航空会社と航空機リースの契約交渉にあたっていた。相手はエンジンに10ミリの穴が見つかったから直せと言い出した。だがそんなことがあるわけがない。それほど大きな穴があったら、機体は空中分解するはずだ。汗でびっしょりとシャツを濡らした谷口氏が、交渉の合間に本社に電話した。もう深夜にさしかかっている。「何時間かかるのか、皆目見当が付きません」――。

1954年、北九州市に生まれた。幼い頃、建築会社に勤めていた父親の関係で、その後大阪の吹田市に引っ越した。球技の好きな少年で、いつも外で仲間と野球やサッカーをして遊んだ。

小学校3年の頃、母ががんに侵された。母は入院後まもなく、谷口少年に残す言葉も少なく、他界した。父と谷口兄妹たちが、ぽつねんと残された。この時から、4人の新しい生活が始まった。

父は、母の分まで子どもたちの教育の面倒を見ようと必死である。朝ごはんも父が作ってくれるし、授業参観にも父が仕事の合間をぬって駆けつけてきた。単身赴任で東京に転勤になっても、毎日夜必ず、兄妹の様子をうかがいに電話をかけてきた。「いじめられたり、成績が悪かったりした時には、電話の向こうでずっと黙っているんです。その沈黙が本当に恐ろしくてねえ(笑)」――。そんな父の背中を見て育ったためか、反抗期は全くなかったという。

■上場準備に参与

その後、父は谷口青年だけ東京に呼び、一緒に暮らし始めた。都立高校には願書が間に合わず、大学まで一貫の慶応義塾高に入った。ここで谷口氏は、ゴルフ部の活動に熱中する。入部1カ月目の初ラウンドのスコアは100だったそうだ。ゴルフはこの時以来30数年になるが、「高校の時からほとんどスコアが伸びていないんです」。

谷口青年は大学3年時に知人からリース業界について紹介される機会があった。いろいろ聞いてみると、リース業発祥の地である米国の産業界では、リースによる設備投資は欠かせないものになっているようだ。そこで「日本でもこれからきっとメジャーになる」とにらみ、77年にダイヤモンドリースに入社した。

谷口氏は経理部に所属し、ここで約10年間にわたり、主計業務を担当する。もともとリースは「節税対策商品」である。リースを利用すると設備投資の償却期間が短く、法人税の控除割合の優遇が受けられる。これがキャッシュフローの改善にも役立つ。谷口氏は「その間、自社と顧客企業の財務内容を見てきたことが、その後の営業活動にずいぶん役立ちました」と話す。ダイヤモンドリースは85年3月に、東証2部に上場を果たす(その後1部昇格)。この時にも経理部門の代表として、「天井に届くほどの」上場準備資料を作成したという。

初の海外勤務は香港だった。現在の行政長官である董建華氏がまだ海運会社の東方海外(OOCL)2代目会長だった頃、80年代の海運不況により、債務不履行に陥った。これを債権カットなど財務面で救ったのが銀行やダイヤモンドリースを含めたリース業界である。「董長官は今でもリース会社に足を向けて寝られないと言われるほどです(笑)」。

派遣社員がわずか2人だった海外現法では、国内と違い、総務や企画、営業などあらゆる業務をこなさねばならなかった。こうした経験から、谷口氏は否応なく、経営全般の業務に精通するマネジメントの必要性を認識していく。「経営にはバランス感覚が大事だと痛感しましたね。専門外の分野で問題が起きた場合でも、素早く対応しないと」。

■「香港ハブ構想」

谷口氏は帰国後、国際営業部に配属され、船舶・航空機リースなどを担当。世界の航空会社に対し、リース会社数社がシンジケート団を組んでボーイング社などの旅客機をリースする。アイスランドのレイキャビク、スウェーデンまで出張を重ねる商談もあった。条件交渉には航空機の専門知識も必要だ。相手は最後の最後まで好条件を得ようと骨を折る一方、こちらもシ団の幹事社代表として中途半端な妥協はできない。さまざまな駆け引きも展開される。相手は「エンジンに10ミリの穴がある」など誇大な欠陥報告まで持ち出す始末だ。結局、翌朝の5時までひざ詰めで交渉をまとめ、疲労困憊しながら東京にとんぼ返りして会議に出席することもあった。「上司には『あれ、まだ出張に行ってないの?』なんて言われました(笑)」。

2回目に香港に来たのは99年である。アジア各地を担当した経験から、谷口氏は東南アジア業務の拠点としての「香港ハブ構想」に着手し始めた。中国本土とシンガポールにも事務所を設け、意思決定や経理業務を香港で行い、アジア各地では最前線の営業に専念してもらおうという狙いがある。

リース業は、売ったら、もしくは貸したら終わりという商品ではない。そのためにも、長期的な視野と戦略がカギとなるという。「長期的視点でアジアを見たら?成長トレンドはこれまでも、そしてこれからも変わらないでしょう」――。(香港編集部・西原哲也)

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