第28回 誇るべきわが香港陣営 福田敏夫・東芝電子アジア社長


第28回 誇るべきわが香港陣営 福田敏夫・東芝電子アジア社長

1978年4月、東京――。高校時代からオーディオマニアだった福田敏夫青年が、大学の電気工学科を卒業して東芝に入社した。自分なら優秀な技術開発者になれるに違いない。ところが、ここで運命のいたずらが待っていた。入社直後に連れて行かれた配属先は、なんと国際営業部だ。「エイギョウブ?!これは何かの間違いだ!」。だが人事は動かない。予想外の配属に途方に暮れながらも、福田青年はこの時から、東芝グループを牽引する半導体ビジネスにのめり込んでいった――。

1955年、群馬県邑楽郡の専業農家の3男として生まれた。幼い頃は目立たない子だったが、農作業の手伝いをよくこなし、勉強もよくできる。「『郷党の奇才』と呼ばれてました(笑)」。

だが走るのは苦手だった。運動会ではいつもビリだ。福田少年は、こればかりはみっともないと幼心に一念発起し、毎朝自宅前の川べりを走って練習し始めた。するとどうだ。忘れもしない小学5年秋のマラソン大会で、クラスのトップになってしまった。「『練習』は必ず『成果』を伴うものなんだなあ」。そんな意識が芽生えたのはこの時からだ。

その後、埼玉県の熊谷高校に入学。公立の男子校だ。「だから今でも女性への接し方がわからないんです(笑)」。

福田氏は、その後入学した早稲田大学理工学部を通じてオーディオ研究会に所属し、スピーカーやアンプを自分で製作した。大学4年時には朝から晩まで半導体作りに明け暮れ、いずれ日本を背負う開発者になるのだと確信していた。

■急拡大する韓国市場で

不意に配属させられた東芝の国際営業部では、戸惑いの連続だった。なにしろ肝心の英語が苦手で、貿易実務もわからない。

入社1カ月後のある日、海外からの取引客を深谷のテレビ工場に連れて行く任務を言い渡された。「これには参りました。工場までの電車の時間が長いこと長いこと(笑)」。工場責任者の説明もろくに通訳できず、ほうほうの体で退散した。これ以来、暇を見付けては英語の独学に時間を割いたという。

国際営業部には当初違和感はあったものの、よく考えてみると、自分が扱っている製品は電子部品で、製品に関する知識なら部内の誰にも負けないという自負もある。つまり、自分の知識の共用で貢献できるはずだ。そこで、「半導体」などの専門知識に関するテーマを後輩たちに教えるため、分野別のテキストを自主制作して配った。

東芝は86年、韓国の半導体市場が将来大きくなるはずだとにらんでいた。韓国は80年代後半から、約10%の経済成長率を達成し、鉄鋼、造船、電機、自動車といった重化学・機械工業の分野でも飛躍的な発展を遂げていた。そこで、電子部品販売を担う香港拠点の東芝電子アジアのソウル支店を開設した。この新規支店の支店長として派遣されたのが福田氏だった。

経済発展と共に、韓国では政治面の民主化も一気に進んでいた。87年に盧泰愚大統領が就任して民主化宣言し、政権は労動法を改正した。この結果、韓国政府が民間の労使紛争を統制できなくなり、賃金上昇を求めて太鼓や銅鑼を鳴らすストライキが国内各地で頻発した。

福田氏の支店も例外ではなかった。50%もの昇給を要求する社員もいる。「毎年の賃金交渉の度に胃を痛めました。一番辛い任務でしたね」。

■グループ最大の現法に

だが、支店の営業は韓国経済と共に順調に伸びた。支店長である福田氏自ら、サムスン、LG、大宇、現代グループとトップ4社に、支店長自ら足繁く通い、半導体受注の山を築き上げていく。

その結果、半導体売上高は支店設立時のゼロから、4年間で実に200億円にまで拡大した。半導体生産で現在は世界最大手の一角を担うサムスンに対して当時は半導体を売りながら、間近でその急成長ぶりを見てきた。

福田氏は帰国後、今度は東芝電子アジアの副社長としてシンガポールに赴任し、電子部品の需給を管理。その後2000年に香港に来た。同社売上高は拡大を続け、東芝グループ内では昨年米国法人を抜き、世界最大の現地法人に踊り出た。中華圏の半導体市場では、インテル、サムスンに次いで3位のシェアを誇る。

福田氏は、香港現法の陣営を「わが地元社員はタフでバイタリティがあり、最高ですね」と絶賛する。今回の新型肺炎SARS騒動で、社内のチームワークも再認識できたという。

シンガポール赴任時に、フルマラソンの完走を果たした。「一時は日本で83キロまで太り、まだ幼稚園児だった息子とかけっこして負けたことがショックで、その翌日から練習し始めたんです(笑)」。練習は必ず花開くという法則を再認識したようだ。

年初の書き初めで「桐一葉、落ちて天下の秋を知る」と書いた。「半導体時代の先を読まなくちゃと思って(笑)」――。(香港編集部・西原哲也)

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