1969年３月東京――。大学２年への進級はできたが、心が空っぽの真鍋青年がいた。学生運動で逮捕されていく友人たちを横目に、沈みきった気分の日々だった。大学では卒業式さえも行われず、早く出ていってくれとばかりに、教室で卒業証書を放り投げるように渡された。卒業の日、巣鴨の焼鳥屋で仲間数人としんみり安酒を飲み、「じゃあな」と言ったきり別れた。そんな時代だった。しかしその後、丸紅の商社マンとなった真鍋氏に、「一生の仕事」が待っていた――。

家庭は６人兄弟の末っ子で、兄弟げんかは日常茶飯事だった。小学生から身体が大きく、走っても泳いでも、腕っぷしでも人に負けない。典型的なガキ大将タイプだった。

高校は都立目黒高校。自由闊達な気風の高校で、真鍋青年はいろんな活動に精を出した。中学でプレ東京五輪大会に出場したこともある陸上競技は、高校のグラウンドが幅60メートルしかなくて断念し、代わりに柔道部で活躍。弁論部にも所属して弁を身に付け、さらに仲間と朝鮮高校の生徒と交流して日朝の歴史を学ぶ社会科学研究会までも立ち上げた。それにもまして、真鍋青年の活発な活動は、この高校で生徒会長を務めたことが何よりも物語っているといえる。

だが、覇気有り余る中学・高校時代を過ごした真鍋青年は、一浪して東京外語大の中国語科に入った1968年から冬の時代に入っていく。

有意義に中国史を学ぶはずだった学生生活が、大学紛争に飲み込まれてしまったためだ。大学に失望して退学したり、全共闘で闘う友人たちも多かった。

２年目を間近に控えたある日、大学当局から試験通知が来た。受ければ全員進級させてやるという旨だ。機動隊が取り囲み、荒れ狂う校内の古びた教室の中、全員に試験用紙が配られた。その時、全共闘の学生が入ってきて叫んだ。「１年間授業もなかったのに、進級試験なんてバカなことがあるか！お前らこんな試験は受けるな！」――。

真鍋青年は、理不尽な大学と卒業の誘惑の狭間で揺れた。そして、悲しくて泣いた。答案には、名前を書いただけだった。後は窓の外を眺め、その後の人生の行方を案じていた。

丸紅に入社すると、さっそく中国語で手紙を書けといわれた。ところが「『君なんだこりゃ。本当に中国語科出たのかね』と言われましたよ。だって大学で勉強しなかったんですから（笑）」。

真鍋氏が属したのは、中国市場戦略を担う海外営業統轄部中国課。これを期に、真鍋氏の人生は再び活気を取り戻す。時は1972年の４月。日中国交回復の目前で、大手商社の社長が北京詣でを繰り広げ、日本企業がこれから大々的に中国進出する先駆けの時代だった。

中国語ができなかった真鍋氏は、否応なくオンザジョブで生の中国語を次第に身に付けていった。商社に行った中国語科の同窓生は数多いが、丸紅は真鍋氏のみ。「丸紅は一番優秀な奴を採ったというわけだね（笑）」。

真鍋氏はその後、化学プラント部に異動する。これが、商社マンの真鍋氏の一生を賭けるビジネスとなる。真鍋氏が飛び込んできたのを待っていたかのように、この年から中国で大プラントブームが到来する。丸紅はその年だけで、約700億円をプラント事業だけで受注した。

真鍋氏は語る。「ついてましたね。ひとつの事業を取る過程で、めまぐるしいビジネス合戦が繰り広げられる。その市場が盛り上がった前線で仕事を覚えられたんですから」。

見渡すかぎりの砂漠が、10年後に行くと、目もくらむような大プラントがそびえている。これが中国の食糧増産を、工業化を助ける。それを自分が手掛けたのだというロマンがあった。冬はマイナス40度の黒竜江省で石化プラントを、エジプトなどでは数千億円の特大プラントも建てた。過去20年間、真鍋氏が関わったプラントは、中国だけで約70件、総額で20億米ドルを下らないという。

真鍋氏のプラント入札の勝率は約６割。なぜそんなに勝てたのか。「いいパートナーと組むことに尽きる。それに、真鍋という男に任したら最後まで面倒見てくれる、そう信用されるのが大事」。

ビジネスは、常にストレート勝負。自分が前線に出てリスクを背負い、自分の言葉で交渉してきた。客に挨拶に行き、天気の話だけして帰ってくるのが一番嫌いだという。

青年時代からの旺盛な人間交流は香港でも健在だ。日本人学校理事長、商工会議所理事、香港芙蓉会会長、香港東京外語大同窓会副会長など何でもこなす。

「僕の人生？それなら恋の話も盛り込まないと」――。（香港編集部・西原哲也）