2002/08/23

第6回 常にプロの意識を 安原二郎・西松建設香港支店長


第6回 常にプロの意識を

1971年香港――。当時、ダム事業で香港政庁の評価を高めていた西松建設が、再び脚光を浴びることになった。後に香港の命綱となる、葵涌コンテナターミナルの第2・第3バース建設事業を落札したからだ。これに伴い、西松は香港支店人員の急拡大に迫られた。そしてその時、愛知県で発電所建設に従事していた28歳の安原氏に白羽の矢が立った。「3年間くらいなら勉強になるかなと思って承諾したんですが、それ以来30年間の駐在になってしまいました」――。

戦争中の1943年、安原氏は横浜市に生まれ、4歳の時に玉川学園に移り住んだ。食糧配給制下で満足に食べられず、遊ぶ物など全く何もない時代だった。父親は玉川学園出版部に勤めており、物心ついた頃から身の回りに本だけはあった。父親は以前、詩人の中原中也、『レイテ戦記』を著した大岡昇平らと同人誌を発行していた。特に中原中也とは親友で、実家に手紙の数々が残っているという。

安原氏は、比較的おとなしい青年だった。幼い頃から野山を駆け回った影響で自然や土に親しむのが好きになり、中学時代は園芸部に所属して盆栽づくりに精を出した。

高校では山岳部に入った。だが、夏の合宿で北アルプスを縦走した時に急性肺炎に見舞われる。幸い、顧問教師が抗生物質を持っていたために九死に一生を得た。その後激しい運動は控えざるを得なかったため、受験勉強に専念して東北大学に入学した。

■葵涌ターミナルで奮闘

土いじりが好きな安原青年は、不人気の土木学科を迷わず専攻する。だが、大学時代は「恥ずかしながら、バイトとマージャンと酒に明け暮れまして、栄養失調から肝炎を患いました(笑)」。

就職の際は、牛後より鶏口となれるよう、大企業には行くまいと思っていた。そして、土木工学のロマンだったダムに定評のある西松建設を選んだ。

入社後は、本社土木部計画課に配属された後、中部支店の東名高速道、知多半島道路、武豊火力発電所建設の一端を担う。安原氏にとってこの間は、測量や施工など現場仕事の全般を身体で覚えた時期だった。香港支店に単身赴任で渡ることになったのはその直後だ。まだ入社6年の28歳で、長男は1歳になったばかりの時だった。

西松建設が香港に名をとどろかせたのは、1962年に沙田の下城門ダムを1番札で落札したことに始まる。慢性的な水不足に陥っていた香港政庁が肝入りで実施した、戦後初めての国際入札だった。テレビドラマ化もされた小説『香港の水』は、この時の話が基になっている。

安原氏は葵涌コンテナターミナルの現場で粉骨砕身、現場監督をこなした。休む間もないほどの毎日だった。香港人労働者は当時、「物を作ることの知識が欠けていたので、自分たちが身体を張って教え込まざるを得なかった」と安原氏。

例えば、干潮時だけにする工事もあることを理解させねばならない。干潮が夜中なら、彼らを出勤させ、照明の中で一緒に地ならし工事に取り組んだ。そうしてでき上がった第2、3号バースは、桟橋構造設計で英国土木学会賞を受けるなど、内外から高い評価を受けた。

安原氏が全身全霊を傾けたと自負できるのが、1979年に落札したラマ島発電所の石炭荷揚げ桟橋だ。安原氏自身が、設計打ち合わせ、積算、施工、工事代金精算に至るまでほとんど全ての業務をこなしたからだ。

■ピンピンコロリ会長

西松が香港でトンネル工事を中心に次第に存在感を強め、次々に大型インフラ事業を受注するにつれ、安原氏はいつのまにか、香港支店で欠かせない存在になっていた。急速な発展を遂げた香港の30年は、まさに安原氏の香港での軌跡でもあった。

数々の工事を手掛けた安原氏は話す。「顧客が要求するものをいかにつかむか。それが分かればコストも下げられる。いい物が必ずしも高いわけではないですね」。部下には、あまり怒らないそうだ。言葉が多くないだけに、逆に厳しいと思われているかもしれない。「常にプロの意識を持って、プロの仕事をしろということだけですね」――。

休日は、単身赴任していた頃から始めたゴルフを、奥さんと一緒に楽しむ。10年以上に及んだ単身赴任のため、子どもの教育を任せきりになった奥さんに感謝しているという。じっとしていられない性格でもある。「長患いせず、死ぬ時はコロリと逝くことを理想とする『ピンピンコロリの会』の会長なんです(笑)」。

余談だが、筆者が安原氏に取材したのは8月7日の夕刻。その翌日、安原氏から筆者にファクスが送られてきた。取材の労をねぎらう言葉と、取材時に確認できなかった経歴などが達筆の手書きで綴られてあり、その配慮にいささか恐縮してしまった。その日、西松は翌日に大型鉄道トンネル事業の入札を控え、安原氏は業務と会合で息つく間もないほど忙殺されていた最中だった。(香港編集部・西原哲也)

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