2002/07/26

第4回 経営、即ち人格を問う 江川泰広・東京海上火災保険華南総代表


第4回 経営、即ち人格を問う

数カ月前のことだ。江川氏はインターネットを操っていた時、偶然あるサイトを見つけて息を飲んだ。何の変哲もない、小さなキリスト教会のサイトだったが、そこに、祖父のことが記載されていたからだ。祖父の情報を求め、むさぼるように読んだ。江川七朗牧師。明治時代に、実家に勘当されながらも、赤貧の中でプロテスタント信仰を貫いた信念の人物。父親から伝え聞くだけだった祖父の、人間像が伝わってくるようだった。

宮城県仙台市は、伊達藩の藩政時代から屋敷林や神社林が豊かで、今も「杜の都」と呼ばれる。市街地は終戦直前に仙台空襲で焼け野原となったが、翌年の1946年から復興が始まった。江川氏は、この年に生まれた。江川氏の青年期は、まさに杜の都の復興と共にあったといえる。

平凡なサラリーマンの家庭に育った。高校は男子高の仙台一高。隣の仙台二高はライバルで、一世紀以上の歴史を持つ両校の野球対抗戦があることでも知られる。仙台を舞台にした井上ひさしの文学『青葉繁れる』で描かれたそのままの、多感な男子校生活だった。

「山も怒れば万丈の、煙を吐いて天を衝く」――。応援歌がとどろく中に、応援団副団長を務める江川青年がいた。一高はその年、約20年ぶりの甲子園出場をかけて快進撃を続けた。結局準決勝で敗退したが、「それはもう、受験どころではありませんでしたね。だからというわけじゃありませんけど、翌年浪人しました(笑)」(江川氏)。

■衣類をベトナムへ

大学は東北大学と、また仙台だった。幼稚園から大学まで、自宅から歩いて10分の距離で通学してきた。江川青年は学生時代、国際学生交流会東北支部の委員長を務めていた。当時はベトナム戦争が激しさを増していたが、ベトナム人留学生たちと交流する中で、貧困にあえぐベトナムを支援しようということになった。仙台市内で古着や寄付金の募金活動を始めると、古着はトラック2台分、募金も相当集まった。これを委員長の自分が現地に送り届けたい。だが、それはかなわなかった。「お前は初孫で長男だし、ベトナムでもし万が一何かあったらと、母方の祖母から泣いて止められました」。

就職では当初、保険業界など見向きもしなかった。商社マンとして、世界を飛び回りたかった。だが、短大を出た妹が前年に就職試験で落とされた会社がどうも気になった。東京海上火災――。いったい何をする会社なのだろう。そこにあえて飛び込んでみることにした。

入社すると、輸送保険部門に配属された。その後海外部に移り、82年にジャカルタに転勤する。ジャカルタ勤務中は、暴動や通貨ルピアの切り下げに何度も出くわした。社宅近くに武器弾薬庫があり、ある日、そこに火が付けられたという情報が流れた。大砲の弾がヒューヒューと鳴きながら周辺を飛び交った。その時、鍋を布で包んだ難民たちを初めて見た。学生時代にベトナム難民を支援した江川氏が、保険会社員として初めて難民を見ることになるとは思いもよらなかった。ホテルへの避難命令が本社から出たため家を出ることになった日、雇っていたお手伝いさんたちの寂しげな表情が忘れられないという。

江川氏は、アジア担当の間、シンガポールとバンコクに顧客の事故防止を支援するコンサルティング会社を設立した。顧客のメリットになり、保険商品の付加価値を高め、さらに保険金支払いの減少にもつながるという発想だった。江川氏は「現場に直結したところで、顧客のニーズに対応しなければとかねてから思っていた」と話す。これが、保険業界で先駆けとなるコンサルティングビジネスとなっていった。

東京海上はほぼ98%が日系顧客。非日系企業の経営をどう判断するかは難しい。だが江川氏はバンコク時代から、その非日系顧客に手を付け始める。そしてその割合を次第に伸ばし、ついに一割に達した。香港では現在、約2割まで増えてきたという。

■祖父の思いを継ぐ

国内外のビジネスで痛感していることがある。自分の全人格が即ち、経営に反映するということだ。「口だけでうまく繕っても、現地スタッフには本質を鋭く見抜かれます。保険のように目に見える商品でない以上、会社経営が信頼を失ってうまくいくはずがないですね」。

「人には誠実に、嘘はつかない」――。それを、父親の背中を見て学んだ。その父親も、波乱の人生を生きた牧師の祖父に影響を受けたことは想像に難くない。父は7人兄弟だった。カトリック教徒になった者は1人だけいるが、不思議なことに、誰一人として祖父からプロテスタント信仰を受け継いだ者はいない。それほど自由奔放な環境だったが、祖父の思いは確かに、孫の代まで受け継がれているといえる。

休日は、香港に来たばかりの奥さんと過ごすことが多い。2人で時おり、将来の住居について話すが、仙台を強く主張する江川氏と、東京を主張する奥さんとの間で、意見が割れているそうだ。(香港編集部・西原哲也)

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