2001/05/14

第27回 天津中谷酒造<中谷酒造>、真の清酒を中国で



148年の歴史を持つ奈良県大和郡山市の老舗(しにせ)造り酒屋・中谷酒造は1995年1月、中国天津に現地法人「天津中谷酒造有限公司」を設立した。以来、同年12月の初仕込み、96年3月の清酒「朝香」の発売開始、大連、上海、広州、北京での販売事務所開設や日本向け輸出の開始など、事業は順調に発展。今では中国のほぼ全域で「朝香」を味わうことができる。

日本のうまい米と水で造ってこそ清酒――。中谷酒造の中国進出は図らずも、多くの日本人が清酒に抱くイメージに対するアンチテーゼとなった。天津中谷酒造は純米吟醸酒のみを製造。海外で高級清酒だけを造るメーカーは清酒の歴史始まって以来初めてだ。

■真の酒造りのために

「日本で今、本来の製法による清酒は約20~30%に過ぎない。大勢を占めるのは米澱粉(でんぷん)できた糊(のり)を発酵させた液体に、蒸留アルコールや糖類を混ぜた大量生産もので、『朝香』のような蒸した米と水だけで造った純米吟醸酒とは違います」と語るのは、天津中谷酒造の中谷正人総経理。でもなぜ中国で清酒なのか?

中谷総経理によると、日本の米価は世界市場の約10~20倍。この高価格が上述のような蒸留アルコールでのばした清酒の増加につながった。上質の米を使い、かつ40%以上も削って芯の純粋なでんぷんだけを使う純米吟醸酒ではコストが合わないのだ。一方、中国では良質の米を海外市場価格で買える――。伝統の清酒を競争力ある価格で提供し続けるために、中谷酒造は天津での清酒造りに踏み切った。

■天津産清酒「朝香」ができるまで

原料米は河北省産に決めた。緑色食品(政府公認の自然・無公害食品)として認定されている有機栽培米だ。天日干しだから機械乾燥に比べ割れが少ない。中国独特の硬水には少々てこずった。中に含まれる鉄分は酒を変色させる。しかし、これも独自の水処理システムでクリアした。

酒造りは冬が本番。北方の街・天津の低温安定気候は最適だ。工場立ち上げ時には日本から杜氏(とうじ)が駆け付けたが、その後は分析器具の多用と数値化、作業のマニュアル化を推進。中谷総経理自身が毎月現場作業に入り込むことで品質を安定させた。毎年11月に最初の仕込みを開始。酒母(酵母菌の培養液)作り~麹作り~発酵(「朝香」の場合、約40日の長期低温発酵)~圧搾を繰り返し、4月に酒造りを終える。これ以降、次の酒造りまで工場では瓶詰め、設備の補修、梅酒造りなどが行われる。

■挑戦は続く

伝統の酒・純米吟醸酒へのこだわり、そして大量生産ものとの差別化戦略は中国全土の日本料理店、居酒屋などの各顧客に徐々に浸透しているようだ。清酒「朝香」の販売量は年平均10%の割合で増加。夏場を利用して製造する梅酒も好評だ。

しかし、好調ゆえのジレンマも。中谷総経理は「酒造りに妥協はできない。一気に生産規模を拡大することは難しい」と語る。

「朝香」は直販のみ。理由の第一は商品管理の難しさにある。清酒は生きもの。光や熱に弱く、保管状態が悪いと、風味が吹き飛んでしまう。在庫の先入れ先出しは基本中の基本だが、代理店に任せるには不安が残る。「朝香」の味とブランドを守るため、量産と販路の急激な拡大は不可能だ。

高級清酒の海外生産事業におけるトップリーダーは中国の米と水で造った清酒をどこまで浸透させることができるのか?好調ゆえのジレンマを抱えつつ、中谷酒造の挑戦は続く。

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