2014/09/09

現地幹部を一から育てる:良品計画、低い離職率 


V字回復の原動力になった全社マニュアル「ムジグラム(MUJIGRAM)」でも知られる良品計画。これを活用しながら、海外法人の幹部人材を日本で長期にわたり研修し、育成している。「大胆な異動」で日本と海外の人材のコミュニケーションを進める同社の松井忠三会長に話を聞いた。

写真1

◇――幹部はどう育成していますか。

幹部人材は自社で採用して育てるのが基本方針だ。中途採用はあまりない。海外でも同じように、現地採用やアルバイトで入社した人の身分変更を行っている。

例えば中国の場合、一般的に離職率が高い。職務給なので、ポストアップすると給料が上がるが、経験を積むとすぐに給料の高い企業に移ってしまう。これが各社最大の悩みだろう。

当社は中国でも中国人の幹部人材を一から育てている。清華大学や北京大学などを卒業した優秀な人材が入ってきており、彼らは日本で約3年間の研修を行う。店舗での仕事から本社での会議など一通り全ての業務を経験する。そして最後の1年は自分の得意とする分野を勉強している。

2011年卒の幹部候補生から日本での本格的研修を行っており、すでに一部が中国に戻り始めた。日本の事情をよく理解した人が中国で幹部になり、物流センターの運営に携わる者もいる。

これはシンガポールや香港など、アジアの他の国・地域でも同じだ。新卒で入社し、日本で研修後、本国で幹部として育っていく。幹部はできるだけ現地の人材にしたい。いま、台湾、中国、香港は現地人がトップ。シンガポールの社長は日本人だが、営業責任者はシンガポール人の女性だ。

◇――ムジグラムで人材を教育しています。

ムジグラムは日本では全13冊、計2,000ページほどある。新入社員の研修から店舗でのオペレーションなど全ての業務のやり方が載っている。現場の意見を吸い上げて、内容も毎月更新する。ムジグラムに登録された事項は各店舗で確実に実行される仕組みだ。

もちろん海外の法人もムジグラムに基づいて業務を行っている。日本版も参考にするが、各国・地域で独自の仕事のやり方があり、内容はそれぞれの国で異なっている。

中国版は800ページほどある。中国は今年33店舗出店する計画だ。昨年の35店と同程度だが、日本と比べたら約3倍の出店ペース。それらの店舗で採用した大勢のスタッフにいちいちトレーナーをつけるわけにもいかないので、ムジグラムの通りにやれば教育と育成ができる仕組みにした。

◇――大胆な異動があります。

異動については日本と海外では異なる。日本は大胆な異動・配置を行う。当社は「全体最適」と呼んでいるが、一番必要と思われる部署に最適な人材を送り出すのだ。例えば日本の販売部門のエースだとしても、インドの新事業に最適な人材と判断されれば、その人物をインドに送り出す。決して、(エースが日本に必要だからといって)販売部門の二番手、三番手を送るのではない。

一方、海外は職務給なので「この道一本で行く」という人材が多い。このため日本のような大胆な異動はあまりない。

それから、日本にいる約100人の課長は、毎年20人ほどを海外で研修させている。あと1年半もすれば、日本の店舗数と海外の店舗数は同程度になるだろう。そうなると日本のマーケットだけではなく、海外も見る必要が出てくる。課長たちは「大胆な研修」によって言葉も何も全く分からない所に一人で赴任するので、やるべきことが逆によく見えるようになる。日本に戻っても、この「何が必要か」という視点が生かされている。

課長の海外研修は現地オペレーションのレベル向上にも寄与している。例えばシンガポールでムジグラムを導入しようとする。現地はムジグラムをよく理解していないので実行に時間がかかる。そこにムジグラムを熟知している日本の課長が研修で行くと、オペレーションがうまく回り出すようになる。

また、海外の課長クラスも日本に来て、半年~1年滞在する。日本では取締役会以外の全会議に参加するので、日本で何が議論され、決定されているか全て分かる。これにより、日本の考え方が海外に伝わりやすくなっている。9月からは中国の店長約10人が日本で研修する。それぞれの国で幹部になる人が日本に来て情報交換をする、そういうコミュニケーションは非常に大事だ。

◇――海外の離職率はどうですか。

国・地域によってだいぶ違う。2013年実績で、社員の離職率は中国は12%、シンガポールは11%、韓国は5%だった。この率は日本と比較すると高いかもしれないが、みんな職務給で、少し経験を積むとよそから声がかかってすぐに転職する環境では、低い率と言える。

例えば中国の場合、従業員は「MUJIは伸びているので昇進のチャンスがある」と認識しているようだ。だから比較的定着しているのだろう。これまでの3年で幹部候補生として10人以上を採用したが、辞めた者はいない。これは新卒で一から育てていくことの大きなメリットだ。

中国の消費者はMUJIの製品を「日本製である」「環境にいい」「シンプルで使いやすい」などの理由で選んでいる。従業員、幹部も同じように自社の製品が好きなこともあり、低い離職率につながっているのだろう。

人材の育て方や低い離職率などについては近著『無印良品の、人の育て方』(KADOKAWA)でも紹介している。


写真2

◇――新興国で賃金が高騰しています。

中国やアジアの新興国の状況は日本の高度成長期に近い。こういう時期にはどうしても賃金が高騰するが、購買力も上がって、消費市場、経済全体が成長していく形になる。賃金が上がるのは決して悪いことではない。

その分経営は難しくなるものの、生産性が上がり収益をあげればよい。中国の店舗の利益は年間2割程度増えている。賃金の上昇率も2割以内に収まっており、中国事業は増益だ。

もう一つ、賃金高騰対策としては生産拠点のシフトがある。例えば衣料品。つい2年ほど前までは中国で9割を作っていたが、今は東南アジア諸国連合(ASEAN)にシフトし始めている。中国の比率は来年には6割程度に縮小するだろう。

物流も、かつては生産国からいったん日本に持ってきて各国に再度輸出していたが、今は生産国から消費国に直接運んでいる。日本を経由しない分だけ物流費、原価は下がり、賃金高騰分を吸収できる。

店舗賃料も工夫の余地がある。やはり中国を例に挙げると、一般的に賃貸1~3年目は売上高の10%、4~6年目は12%という契約をする。7年目以降は13%からスタートすることになるが、7年目の更新時に店舗を大きくして、新しい契約を結ぶ。つまりまた、「1~3年目は10%」に戻して契約している。

◇――それらの対策でも中国の賃金コストを吸収できなくなる懸念はありませんか。

中国でMUJIの認知度は20~30%程度だろう。日本では今でこそ9割以上の認知度があるが、東京・青山に1号店がオープンした1983年当時、「無印良品」を知っている人は10%もいなかった。

認知度の面で、今の中国は80年代の日本と似た状態にある。「一級都市」「二級都市」と呼ばれる大都市はすでに34カ所へ出店済みで、今後も毎年出していく。さらに中国全土に300カ所ある「三級都市」と呼ばれる地方都市にもこれから進出する。するとブランド認知度は将来も上昇し、よほど大きな間違いがない限り事業は伸びていく。地域別では中国が売り上げの最も多い国になると予想され、賃金高騰のコストは吸収できるだろう。(聞き手・中村正 写真・鳥山愛恵)

<メモ>

良品計画の従業員数は全世界で5,728人(パートタイム社員4,290人を含む)。日本の直営店269店、商品供給店116店。海外はアジア、欧米、中東など計255店。いずれも2014年2月期。


NNAからのご案内

出版物

SNSアカウント

各種ログイン