2014/06/16

労務人事も現地化促進:イオン、人材の多様性バネに 


グループ従業員が42万人に上り、日本を除く海外13カ国だけでも4万人以上のスタッフを抱えるイオン。日本と中国、東南アジア諸国連合(ASEAN)の3本社制に移行し、労務人事面でも現地化を推進中だ。日本と同様に「教育が最大の福祉」だという考えを基にしたアジアでの人事・労務戦略について、執行役・グループ人事最高責任者の石塚幸男氏に聞いた。

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---アジアの労務戦略を教えてください。

今日に至るまで100社を超えるM&A(買収・合併)、資本提携によってイオンが成り立っているが、当初から性別や年齢、学歴、国籍、出身企業にかかわらない機会均等を推し進めてきた。そういった多様な人材がぶつかり合うことによって生まれる革新を成長のバネにしてきたという歴史がある。国内だけでなく、中国、ASEANの事業展開においても基本的には同じ人事理念を踏襲し、日本に追いつけ追い越せという形で、各国の労務人事管理が行っている。

---全社共通ではなく、地域ごとに任せるということでしょうか。

2011年に開始した3カ年の中期経営計画でシニアシフト、都市シフト、デジタルシフト、アジアシフトの4つのシフトを推進した。その中でも大きな柱がアジアシフト。3本社制ということで日本本社に加え、中国の北京に中国本社、マレーシアのクアラルンプールにASEAN本社を置いた。国が違えば法律も異なり、文化、生活習慣、考え方、言葉だって違う。特に人事労務面での管理は日本からだと限界がある。ASEANでは、マレーシアから始まり、タイに広がっていったビジネスが、ここ1年でベトナムとカンボジアへの進出、さらにインドネシアの出店計画まで、はっきりと事業展開が見えている。ビジネスの展開が小さいうちは日本主導でよかったが、今は各エリアの実情に合った人事労務戦略を進めていく体制に切り替わってきた。

---マレーシアではトップをはじめ、各事業の責任者が現地の人で占められています。どのように育成してきたのですか。

前身のジャスコの時代は総合スーパーマーケットという単一業態で日本国内に展開していたから、「商業を通じて地域社会に奉仕しよう」という社是ですべてを言い表すことができた。だが、国の展開が広がり、業態も小型のスーパーから総合金融事業やデベロッパー事業、あるいは電子商取引といったように広がってきた。こうした状況の中で、働く人たちの求心力をイオンの経営理念に集約させようというのがわれわれの考えだ。

海外進出の初期には、社員が辞めてしまうことを前提に教育をしないという選択肢もあったが、辛抱強く理念を浸透させるために育てることで企業を強くしていく道を選んだ。そうした初期の苦労があり、イオン・マレーシア社長のメリー・チューのようにステップを踏んでトップに上り詰める例も出てきた。「人を育てたい、人は育つんだ」と信じて教育を続けてきた結果、今がある。

---理念を浸透させるための具体策はあるのでしょうか。

朝礼の際に現地語に訳した「イオン宣言」や「イオン行動規範宣言」を一斉に唱和して一体感を高めるが、むしろ大事なのはいかにその理念をかみ砕いて、日常のビジネス行動の中で具現化させるか。繰り返し唱えるだけでは難しいので、必ず年に一度は従業員を集め、「理念」をテーマに研修を行う。昨年は延べ36万人が参加し、幹部からパートタイマーまで、ケーススタディーの形であらゆる場面でどのように行動するかということについて、互いに理解力を高め合った。

---研修制度のイオンビジネススクールについて教えてください。

前身のジャスコ時代の1970年に日本で作った公募制の「ジャスコ大学」が基になっている。何を持って福利厚生の目玉にするのかというときに、当時からイオンは「教育は最大の福祉なり」と考えていた。物理的な報酬は消費した時点でなくなるが、教育ならば将来イオンで働いていなくても、ほかの企業で生かすことができる。それこそが最大の福祉だという考え方だ。会社にとっても、必要な人材を育成するという意味で一石二鳥となる。

1970年には、当時はまだ日本の国内事業のみだったのだが、国際分野で活躍する社員を育成するためインターナショナル社員コースも設定した。海外から仕入れることはあっても、日本以外に事業所もないのに「いったい何をするんだ」と言われていたが、将来的に海外を含めた事業展開が始まるという経営者の先見性だったのだろう。1985年にマレーシアの海外初出店で現地に乗り込んだメンバーは、このコースを修了した人たち。海外進出の際にはぜひ活躍したいと手を挙げた人たちが、その草分けとなった。

---世界の3本社体制になって、ASEANはASEAN本社、中国は中国本社が育成も担当するのですか。

イオンのグローバル人材のキーワードは「グローカル」。地球レベルで考えて、地域レベルで行動できるということだ。その地域の言葉が話せて、生活・文化・風習から法律まで理解している現地の人には、はるかに大きなアドバンテージがある。そこにマネジメントスキルを付加すれば、日本人には絶対に負けない。小売りは生活産業で、日本国内でも関東と関西では味噌のような商品の取り扱いだけでも全然違うので、国が異なればなおさらだ。かつては日本へ研修に来て、3割は日本でしか通用しないような話を聞かせていたが、経営者の育成も現地化して効率を上げていく。

---労働争議の対策について教えてください。

今は顕在化したものはないが、将来的なリスクとしてはある。現在は、少なくとも従業員の声を聞くということを基本にしている。アジアでは日本と違い、まだ労働組合が組織されていないが、将来的なことを想定すれば、日本にイオングループ労働組合連合会(イオン労連)があり、「海外で働くスタッフも仲間」だという日本と中国、ASEANの従業員同士の連帯感という意味で、コミュニケーションをいろいろな形でとりながら準備を進めている。

■人材獲得競争の中で生産性向上へ

アジアでの人材不足や人件費高騰に見舞われているのは、マレーシア進出を皮切りに既に海外で30年の歴史を持つイオンでも例外ではない。イオングループアセアン本社で人事を担当する稲垣武志氏にマレーシア事業の現状と採用・育成戦略を聞いた。

写真2

---ASEANの製造業で人手不足といった話を聞きますが、小売業ではいかがでしょうか。

人材マーケットの業界内での獲得競争は激しい。あるレベルのマーチャンダイザーはマレーシアであれ、ベトナムであれ、日本と変わらない賃金水準の場合がある。高額を支払って雇うなら簡単な話だが、そういう人はまた給与次第で他社に移ってしまう。基本的には制度の中で、イオンの理念にきちんと理解を示してもらえる人を採用していく。

エリアの成長スピードが速いので、若干人材の供給が追い付かないという状況は起きている。アジア発の小売業も元気が出てきており、そうした企業との人材獲得合戦が加熱している。

---人件費などのコスト上昇にはどのように対処するのでしょうか。

われわれのビジネスは、労働力を投入してどれだけサービスを提供するかという労働集約型で、基本的に人件費はかかる。マレーシアでは、生産性の向上が大きなテーマだ。市場が成熟して国内総生産(GDP)が伸びてくると、賃金を上げなければならない。そうなると一人当たりの生産性をどう上げるというのが重要になり、作業計画を英語からマレー語に変更して翻訳の手間を省いたり、ある店舗の成功事例を他店舗でも応用したりといった取り組みをプロジェクトベースで試行錯誤している。日本でもやってきたことだが、これを乗り越えないと競争には勝てない。

---13年1月に結んだマレー大学との戦略提携について教えて下さい。

若いうちにきちんと採用しなければいけないのは、日本と同じ。日本の東京大学に当たるようなマレー大学と戦略的パートナーシップを組み、インターンシップなどを提供しながら、徐々に採用へとつながるような取り組みを始めた。(社会への)入り口のところで採用して長い目で育てていくということだ。

---各国でだいたい何年くらいの期間で経営の現地化が進むと考えていますか。

30年前に進出したマレーシアはここにきてようやく完成したが、店がオープンしたばかりのカンボジアがいつになるのかと言えば、社長に見合う人が出てきたらとしか言いようがない。小売業が現地に根付くビジネスであり、対外的な交渉などの必要性を考えても、顧客のニーズなどくみ取って経営に反映させる現地人の経営者の方が適している。これまでの経営者教育は日本に各国から5~6人を集め、英語と中国語の同時通訳によって実施していたが、これでは数もスピードも追いつかない。そのためにも、12年から中国で、昨年からはASEANでも、それぞれ経営者教育をスタートさせている。

---ASEAN版の経営者教育について詳しく教えてください。

本格的に始めたのは今年からだ。日本でやっていたころより多い20人余りのメンバーをマレーシアだけでなく、インドネシア、ベトナムからも集めている。10年で適材が現れるのか、あるいは5年経ったら現地トップに見合う人が出てくるのかは分からない。社長は無理やり作るものではない。国籍にかかわらず良い人が育てば昇格してもらう、日本人ありきではない、ということだ。(聞き手・竹内知則 写真・鳥山愛恵)

<会社概要>
(イオングループ)

  • 総従業員数:42万人
  • ASEAN従業員数:2万5,000人
  • 中国従業員数:1万7,000人
  • 海外13カ国に3,078拠点


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