NNAカンパサール

アジア経済を視る February, 2023, No.97

【LegalOn Technologies 法務レクチャー】

自社商品いざ海外へ
商標権は抜かりなく

商品・サービスの名称やアイデアは、考案した個人や企業の努力の結晶であり大切な財産である。これらは他者に許可なく利用されたり、模倣されたりしないよう法的に保護されている。今回は、知的財産権の基本と海外展開する企業が知るべき商標の取り扱いを中心に、LegalOn Technologies弁護士のTAM氏が解説する。

ミャンマーの都市部には、商標権侵害が疑われる看板や商品が多く見られる=ヤンゴン(NNA)(NNA撮影)

ミャンマーの都市部には、商標権侵害が疑われる看板や商品が多く見られる=ヤンゴン(NNA)

◆Lecture1
意匠、商標、特許
スマホは知財の塊

知的財産権とは財産的な価値のある情報に対する権利であり、平たく言えばアイデアやデザインを保護する権利のことです。著作権、特許権、商標権、意匠権および実用新案権等があり、それぞれ保護の対象が異なります。以下のスマートフォン(スマホ)の例で確認してみましょう。

①意匠権
スマホの形状などのデザインは、「意匠」として「意匠権」で保護されます。

②商標権
商標とは、事業者が、自己(自社)の取り扱う商品・サービスを他人(他社)のものと区別するために使用する文字や図形等のマーク(識別標識)です。スマホに付与されているマークは「商標」として「商標権」で保護されます。

③特許権
スマホのCPU(中央演算装置)やメモリー、カメラ、センサーなどの機能、性能に関する技術は「発明」や「考案」として、それぞれ「特許権」や「実用新案権」の対象となります。

④著作権
「著作物」とは「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」をいいます。スマホで視聴するコンテンツは「著作物」として「著作権」で保護されます。

⑤商号権
スマホを製造販売などしているメーカーの名称は、法律上「商号」として「商号権」で保護されます。

出所:『KEIYAKU-WATCH』「知的財産法とは?知的財産を保護する目的や種類などを分かりやすく解説!」

出所:『KEIYAKU-WATCH』「知的財産法とは?知的財産を保護する目的や種類などを分かりやすく解説!」

◆Lecture2
他人の出願や偽物
知的財産のリスク

知的財産権に関しては例えば、第三者により登録出願されるリスク、模倣品が流通するリスク、第三者の権利を侵害するリスクやライセンス契約等の紛争リスクといった、さまざまなリスクが存在します。近年に判決が出された裁判例を紹介しますと、次のようなものがあります。

(1)コンプレッサーに用いられた技術が、他社の特許の技術的範囲に属するものとして、8,920万円の損害賠償が認容された事件(知財高判令和4年3月14日=特許権侵害)

(2)パチンコ・スロット施設の営業において、パチンコ・スロット店の店名が他社の登録商標に類似すると認められ1億288万1,588円の損害賠償請求が認容された事件(東京地判令和3年6月23日)

(3)化粧クリームの名称が他社の登録商標と「同一又は類似である」と認定され2000万円の損害賠償が認容された事件(東京地判令和3年5月21日)などがあります。

事例から分かるとおり、知的財産に関連した裁判で認容される損害賠償額は多額に及ぶことがあります。事業者は、知的財産権に関する法的リスク管理の必要性を強く意識すべきといえます。

特許庁の『特許行政年次報告書』2022年版によると、12年の商標出願件数は11万9,010件だったのに対し、21年は18万4,631件と大幅に増加しています。この数字を見る限り、事業者の商標登録に対する意識が強まっていることがうかがえます。

また、直近の動向としては近年急速に拡大するインターネット上の仮想空間「メタバース」での販売市場における模倣品の販売規制に対応するため、知的財産関連法令の改正が検討されているところです。現時点では具体的にどのような改正内容になるかは不明ですが、知的財産権に関しては最新の情報をフォローアップしていくことも重要です。

出所:特許庁『特許行政年次報告書』2022年版

出所:特許庁『特許行政年次報告書』2022年版

◆Lecture3
自社商品の海外展開
まずは商標権を調査

商標は、商品やサービスのブランドイメージを構築し、商品やサービスに対する信用性を確保するためのもので、これを保護する商標権は事業上、極めて重要な権利といえます。商標権は、単に事業で利用しているだけでは知的財産権として保護を受けることはできません。特許庁に商標登録することで、初めて法的に保護されます。

実際の業務での検討事項を、事例に沿って見ていきましょう。

【ケース1】甲社の国外事業展開の相談

弊社(甲社)は「Legal Force」という名称の清涼飲料水の製造販売事業をしています。当初は小規模な事業だったので、商標権については特に検討する必要がないと思っていました。しかし、事業規模が拡大してきたので商標権の法的リスクについて確認する必要があると考えています。また、弊社は近いうちに東南アジア地域を中心に国外展開することも計画しています。商標権につき、どのような対応をしなければならないのでしょうか。

(1)商標権の調査

ア 方法や必要性
 甲社は商標権の調査をしないまま事業を行っているため、まずは調査する必要があります。第三者の商標権侵害のリスクは事業規模に関わらず存在するため、甲社は事前に調査した上で事業を開始した方が適切だったかもしれません。商標権は、独立行政法人工業所有権情報・研修館が運営する「J-PlatPat」という検索サービスを利用して確認することが可能です。ユーザー登録等なく無料で利用できるサービスなので、利用したことのない方は自社の商標について一度調べてみてもよいでしょう。

イ 注意点
(ア)商標の調査では、商標権が同一のものだけでなく類似した範囲にまで及ぶことに注意が必要です。類否判断に当たっては、外観、呼称や観念を比較し、取引の実情を考慮した上で判断されます。本事例の「Legal Force」について考えると、例えば大文字と小文字の違いしかない「LEGAL FORCE」や単語間の空白を埋めた「LegalForce」等は、類似する商標と評価される可能性があります。

(イ)商標登録には、それぞれ「指定役務」や「指定商品」が定められており、調査では指定役務等についてもしっかり確認する必要があります。本事例の「Legal Force」は清涼飲料水の商品名であるため、例えば第三者により指定商品を「たばこ」とした「Legal Force」という商標権が登録されていたとしても、商標権の侵害はないと考えられます。

(2)商標登録

商標権調査の結果「同一又は類似した商標」が登録されていないことが確認できた場合、商標の出願を行います。もっとも、どのような名称やマーク等でも商標登録が可能というわけではなく、①自己の商品・役務と、他人の商品・役務とを区別することができないもの②公益に反する商標や③他人の商標と紛らわしい商標――といったものの出願は認められません。

また、出願においては上記で説明した指定役務や指定商品の選択についても十分に注意する必要があります。指定役務や指定商品については、特許庁の「類似商品・役務審査基準」や、世界知的所有権機関(WIPO)の「ニース分類」があります 。指定商品や指定役務の全てがこれらに記載されているものであれば、ファストトラック審査によって通常よりも早く登録することが可能となります。

甲社の「Legal Force」は清涼飲料水の商品名であるため、類似商品・役務審査基準の区分32類に記載されている「清涼飲料水」を指定商品として登録することが考えられます。

 

(3)海外の状況

商標権の法制度や登録は国ごとに独立しています。そのため東南アジアへ向けた事業展開を考える甲社は、他国の知的財産の法制度や登録商標を調査し、商標を取得する必要があります。事業を展開した後に対策を取ろうとしても、冒認出願や模倣品の流通といった被害を防げない可能性があるため、事前の対策が必要という点にも留意しましょう。

商標登録に関しては、国際協定であるマドリッド協定議定書に締結した国家間では、国際商標の登録により保護を受けることができます。東南アジアにおいては、ミャンマー以外の国が締結している状況であり、同制度の活用も有用です(23年1月現在)。登録された国際商標は、WIPOの「Global Brand Database」から調べることが可能です。

◆Lecture4
ライセンス契約
さまざまな事情を加味して交渉

【ケース2】甲社と乙社とのライセンス契約

ケース1の相談後、事業展開先の国の商標権の調査を行ったところ、乙社が「LegalForce」に類似した商標を登録していることが確認できました。そのため、弊社(甲)は乙社にコンタクトを取り、ライセンス契約の締結に向けて交渉を開始する運びとなりました。ライセンス契約に当たって、どのような点に注意すればよいでしょうか。

(1)契約条件の検討

商標使用のライセンスを受ける際、一番問題となるのがライセンス料です。商標権の通常使用権は3~5%程度と言われることがありますが、相当なライセンス料は事業規模、事業種別、ブランド価値や使用条件等によって変わってきます。これらの事情をよく加味しつつ契約交渉しなければなりません。

また、金額以外の事項についても、使用の期間や可能範囲などについて自社の想定と異なる条項が付される場合があります。このような条項を見落としてしまうと事業継続が困難な事態に陥るリスクもあり、十分に注意しなければなりません。

(2)AI審査ソフトの活用

ライセンス契約のような知的財産権に関する契約は専門性が高く、見落としを発見することが困難なリスクも存在します。AI契約審査プラットフォーム「Legal Force」を利用すると、契約上の致命的な抜け落ちや一方の当事者にとって不利な事項を把握し、契約条項の不利な内容の合意や抜け落ち等を防ぐことが可能となります。

また、弁護士が監修した700点以上のひな型や、ライセンスに関連するひな型も多数提供しています。このようなサービスを積極的に活用してライセンス契約に関する法的リスクを最小限に抑えていきましょう。


     

TAM

株式会社LegalOn Technologies 法務開発部、弁護士。2013年司法修習修了。東京都内の企業法務系法律事務所で勤務し、不動産や知的財産権等に関する事件を中心に交渉・訴訟事件を担当した。22年11月から現職。


株式会社LegalOn Technologiesは2017年、大手法律事務所出身の弁護士2名によって創業(旧称LegalForce、22年12月に社名変更)。弁護士の法務知見と自然言語処理技術や機械学習などのテクノロジーを組み合わせ、企業法務の質の向上、効率化を実現するソフトウエアを開発・提供する。京都大学との共同研究をはじめ、学術領域でも貢献。19年4月よりAI契約審査プラットフォーム「LegalForce」、21年1月よりAI契約管理システム「LegalForceキャビネ」を提供している。


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