NNAカンパサール

アジア経済を視る December, 2022, No.95

【LegalOn Technologies 法務レクチャー】

アジア進出では熟知すべき
不正競争防止法の「肝」

職場からの営業秘密の持ち出しや他社と紛らわしい類似品の製造販売など、公正な競争を妨げる行為を禁じる「不正競争防止法」。外国の公務員への贈賄など国際的な禁止行為も定めており、アジア進出する日系企業は熟知すべき法律だ。LegalOn Technologies(旧称LegalForce)の谷口香織弁護士が、最近の事件や起こしがちな事例を示しながら解説する。

タイにある模倣博物館では、さまざまな有名ブランドのコピー商品が展示されている=バンコク(NNA撮影)

タイにある模倣博物館では、さまざまな有名ブランドのコピー商品が展示されている=バンコク(NNA撮影)

◆Lecture1
海外での賄賂も摘発
不正競争防止法とは

「不正競争防止法」とは、事業者間の公正な競争とこれに関する国際約束の実施を確保し、経済を健全に発展させるための法律です。法律名はニュースで聞くことも多いため、ご存じの方も多いかもしれません。

最近では、ある飲食チェーン店の社長が前職であるライバルチェーン店の仕入れ原価などのデータをコピーして不正に持ち出し、自社の仕入れ原価と比較するなどして同法違反により逮捕されました。また、アジアのある国に子会社を設立した日本企業が、現地の公務員から現金(賄賂)を要求され、子会社を通じて賄賂を提供。社長らが起訴されました。

不正競争防止法は、公正な競争を妨げるようなさまざまな行為を「不正競争」と定義して禁止しています。加えて、外国の公務員への贈賄など国際約束(条約や協定)により禁止される行為についても規定しています。同法により禁止される行為は以下の通りです。


出所: 経済産業省 知的財産政策室『不正競争防止法 2022』10ページ

出所: 経済産業省 知的財産政策室『不正競争防止法 2022』10ページ

◆Lecture2
起こりがちな事例1
類似製品の海外輸出

それでは、具体的にどういう場面で不正競争防止法が問題になるのか、起こりがちな事例を見てみます。

日本とシンガポールで酒類の販売を行っているA社は、特にシンガポールでの認知度を上げるため、日本とシンガポールの愛好家の間で一定の知名度を得ているB社の日本酒に似た名称の商品を売り出し、シンガポールに輸出することを検討しています。

不正競争防止法は、他人の商品・営業の表示(商品等表示)として需要者の間に広く認識されているものと同一又は類似の表示を使用し、その他人の商品・営業と混同を生じさせる行為を禁止しています(2条1項1号)。

「商品等表示」は、人の氏名、商号、商標、標章、商品の容器や包装などを指します。自他識別力や出所表示機能を有するものでなければならないとされているため、単に商品の用途や内容を表示するに過ぎない表示の場合は「商品等表示」に当たりません。また「需要者の間に広く認識されている」は、全国的に認識されていなくても一地方で認識されている場合も含みます。

本件の場合、B社の日本酒の名称や認知度にもよりますが、B社の日本酒に似た名称の商品を売り出すことは、不正競争防止法上の「不正競争」に当たる可能性があります。

では、それを知らずにB社の日本酒と似た名称の商品を作り、シンガポールに輸出した場合、どうなるでしょうか。

B社はA社に対し、新しい商品のシンガポールへの輸出の差し止め(不正競争防止法3条1項)と、シンガポールに輸出する目的で商品を製造する行為の差し止め(同法3条2項)を求めると考えられます。また、A社に対し、損害賠償も請求するでしょう。

A社としては、B社の日本酒の名称や認知度を理由に争うことも考えられますが、訴訟対応しなければならないこと自体が大きな負担です。他方、B社の側から見ると、A社のような行為を未然に防ぐため、商品の名称を商標登録しておくことが考えられます。

◆Lecture3
起こりがちな事例2
営業秘密の不正利用

日本と中国で投資用マンションの販売業を営むA社の従業員Bさんは、退職して同業他社であるC社に転職しました。その際、A社が予定している合併・買収(M&A)に関するデータをコピーして勝手に持ち出し、C社の幹部らと共有しました。このことを知ったA社は、どういう対応をすべきかについて緊急に会議を開きました。

不正競争防止法は、不正の手段により「営業秘密」を取得することや、不正に取得した「営業秘密」を自ら使用したり第三者に開示したりすることなどを禁止しています(2条1項4号~10号)。

「営業秘密」とは、①秘密として管理されている②生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、③公然と知られていないもの――をいいます(不正競争防止法2条6項)。

Bさんが持ち出したA社のM&Aに関するデータは、②事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、③公然と知られていないものでした。

では、①の秘密管理性の要件は満たしているでしょうか。①の要件が求められる趣旨は、企業が秘密として管理しようとする対象(情報)が従業員や取引先に対して明確化されることにより、従業員らの予見可能性、ひいては経済活動の安定性を確保するためとされています。

そのため以下のような措置をして、営業秘密とそれ以外の一般の情報が区別されていたか否かがポイントになります。

・その情報に「マル秘」「社外秘」など秘密であることが表示されている

・パスワード等によりその情報へのアクセス権限が制限されている

・誓約書や秘密保持契約によって守秘義務が明らかにされている

A社では、M&Aに関するデータにはアクセス制限がされていました。また、M&Aに関する資料には「社外秘」と記載されていました。従って、Bさんが持ち出したA社のM&Aに関する情報は、①~③の要件を満たす「営業秘密」に当たります。

そして、Bさんが不正の利益を得る目的でA社の営業秘密をC社に開示した行為は、不正競争防止法2条1項7号により「不正競争」に当たります。またC社が、Bさんの行為が違法であることを知りながらA社の営業秘密の開示を受けていたとしたら、C社の行為も同法2条1項8号により「不正競争」に当たります。

不正競争防止法は、3条で差し止め請求権について、4条で損害賠償請求権について規定しています。また、21条は罰則について定めています。従って、A社はBさんやC社に対して、差し止め請求や損害賠償請求、場合によっては刑事告訴をすることが考えられます。

もっとも、営業秘密が侵害された後で対応に追われるのは大変なので、そもそも営業秘密が勝手に持ち出されないような対策を取ることが重要です。独立行政法人・情報処理推進機構が実施した調査によると、営業秘密の漏えいルートで最も多いのは「中途退職者(役員・正規社員)による漏えい」が近年増加しており、対策が必要といえます。

出所:情報処理推進機構『企業における営業秘密管理に関する実態調査2020 調査実施報告書』28ページ

出所:情報処理推進機構『企業における営業秘密管理に関する実態調査2020 調査実施報告書』28ページ

◆Lecture4
営業秘密どう守る?
秘密保持誓約が必須

営業秘密を守る方法としては、データのコピーを制限したり、不自然なアクセスを検知するシステムを入れたりするなどの物理的な方法とともに、従業員らに対し、漏えいしてはならない営業秘密であることを再度認識させることも重要です。

その方法の1つが、入社時や退職時に従業員らに提出させる秘密保持誓約書です。特に、中途退職者に対して退職前に秘密保持誓約書を提出させることは、営業秘密を漏えいしてはならないという意識づけに効果があります。また、秘密保持誓約書によって守秘義務を明らかにすることで秘密保持管理性が認められやすくなり、守りたい情報が「営業秘密」と認められやすくなります。

当社が提供するAI契約審査プラットフォーム「LegalForce」には、従業員ら向けの秘密保持契約書のひな型も搭載されています。また、作成した契約書に抜け漏れがないかをAI(人工知能)を使って確認することもできます。

また、当社が提供する「LegalForceキャビネ」は、契約書のPDFファイルをアップロードするだけでAIが自動で全文をテキストデータ化し、データベースを生成します。新入社員や中途退職者から秘密保持誓約書を取得したかどうか、特定の条項が入っているかどうか、すぐに確認することができます。

今回解説した不正競争防止法のように、取引に関連する法律は多々あります。「知らなかった」では済まされず、事業停止や取引の停止、多額の損害賠償請求、挙げ句の果てには倒産といった甚大な不利益が生じる可能性も秘めています。

とはいえ、法律は用語的にも文章的にもなかなか難解で、とっつきにくいと感じられる方も多いかもしれません。当社では、契約や法律について分かりやすく解説する情報メディア『契約ウォッチ』を運営しています。取引に関連する法律の概要だけでも把握をしておくことで、スムーズな取引につながるものと考えています。


     

谷口 香織(たにぐち・かおり)

株式会社LegalOn Technologies法務部、弁護士。2006年上智大学法学部卒業。09年弁護士登録(第二東京弁護士会)。同年、第二東京弁護士会の公設事務所である弁護士法人東京フロンティア基金法律事務所に入所。11年、日本司法支援センター(通称法テラス)に入所、各地の法テラス事務所に赴任。17年、参議院法制局に任期付き弁護士として入局。19年、法務省訟務局に任期付き弁護士として入局。22年4月から現職。


株式会社LegalOn Technologiesは2017年、大手法律事務所出身の弁護士2名によって創業(旧称LegalForce、22年12月に社名変更)。弁護士の法務知見と自然言語処理技術や機械学習などのテクノロジーを組み合わせ、企業法務の質の向上、効率化を実現するソフトウエアを開発・提供する。京都大学との共同研究をはじめ、学術領域でも貢献。19年4月よりAI契約審査プラットフォーム「LegalForce」、21年1月よりAI契約管理システム「LegalForceキャビネ」を提供している。


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海外の有事に備える 不可抗力条項とは?

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