NNAカンパサール

アジア経済を視る July, 2019, No.54

【プロの眼】渡航メンタルヘルスのプロ 勝田吉彰

最終回 海外駐在に不可欠となったメンタルケア

光陰矢のごとし、この連載を始めてはや半年、最終回となりました。今回は、まとめとして、海外駐在員と海外駐在員を送り出す企業の本社側がいずれも意識しておくべきことをおさらいします。

ビジネスマンやOLたちが忙しなく行き交うシンガポールのオフィス街(NNA撮影)

1.海外駐在の時間は「超多忙」と「所在なき時間」の混在

海外赴任あるいは長期出張中の時間は、「超多忙」と「所在なき時間」が混在します。ひとり何役も、本社の多部局から矢継ぎ早に膨大な指示・照会が来る一方で、多数のカウンターパートとミーティングや折衝に明け暮れます。オフィスを出ると、娯楽が無い、行き場がないという条件も相まって、ぽかりと「所在なき時間」が発生してきます。このどちらもがメンタルヘルスに影響を及ぼす要素になります。

2.「超多忙」は過重労働と隣り合わせ

超多忙は過重労働に直結し、メンタルヘルスのみならず心臓など循環器疾患のリスクになります。

時間外労働(残業+休日出勤)が月に80時間を超過すれば労働安全衛生法の規定により産業医面談が義務づけられています。最近のご時勢もあり、日本国内ではきちんと実施する会社が多数派になってきていますが、海外駐在員に対しては手薄になっています。本社側の、長時間労働にかかわる安全配慮義務に対する意識がこれまで以上に求められます。

3.「所在なき時間」に口を開けるアルコール問題

一方で、自宅に帰ると待ち構えるのが「所在なき時間」。ここで、日本国内のようにコンビニエンスストアで手軽にアルコール類が手に入らない海外では、カートンでまとめ買いした「お酒の山」が自宅にできがちです。この「所在なき時間」と「お酒の山」の組み合わせは、アルコール問題の入口になります。アルコール依存症のスクリーニング、CAGEを参照ください(https://www.nna.jp/nnakanpasar/backnumber/190401/topics_006/)

4.2~3カ月目にやってくる危機

これまでとは異なる環境に移ったとき、最初の生活立ち上げの時期を過ぎた着任数カ月後に危機的な時期「不適応期」がやってきます。新たな環境の思わしくない面が目につき、ストレスを特に感じやすい時期が来るのだという情報、その際にはアクセルを少し緩める必要があるのだと、駐在員本人も、本社側も共通認識として共有したいものです。

5.欠かせない現地事情の把握と「フォローの仕組み」

こうした不適応期を含め、いろいろな局面でやってくる海外生活メンタルヘルスの危機。海外に送り出した人財が、いまどのような環境に置かれていて、どのような現況にあるのか、本社側がきちんと把握し、必要が生じれば深刻にならないうちに手を打つ必要があります。そのためには、本社関係者が現地の声に耳を傾け(時間の速度が違う海外では、少し前まで駐在していた「〇〇国通」が認識していることと実際とがずれることがしばしばあります)、巡回し、また、送り出した後は、担当者を決めて定期的に連絡・声を聴いて現状を把握する必要があります。ぜひその体制を構築してください。

今回の連載で、海外メンタルヘルスのリスクや注目点について少々なりとも伝わることができれば幸いです。そうした視点も常に意識しながら、みなさまの海外進出が成功をおさめられますことを心より願っております。

関西福祉大学 勝田吉彰研究室
katsuda@tkk.att.ne.jp

勝田吉彰(かつだ・よしあき)

勝田吉彰(かつだ・よしあき)

臨床医を経て外務省医務官としてスーダン、フランス、セネガル、中国に合計12年間在勤。重症急性呼吸器症候群(SARS)渦中の中国でリスクコミュニケーションを経験。退官後、近畿福祉大学(現・神戸医療福祉大学)教授を経て関西福祉大学教授。専門は渡航医学とメンタルヘルス。日本渡航医学会評議員・認定医療職、多文化間精神医学会評議員、労働衛生コンサルタント、医学博士

新型インフルエンザ・ウォッチング日記〜渡航医学のブログ〜
ミャンマーよもやま情報局

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