NNAカンパサール

アジア経済を視る April, 2019, No.51

【プロの眼】渡航メンタルヘルスのプロ 勝田吉彰

第3回 海外赴任とアルコール問題
サインをキャッチするノウハウ「CAGE」と要注意ポイント「HALT」

アジア各大都市には日本人駐在員行きつけの歓楽街や飲み屋街もある(写真はマニラ・ブルゴス)

海外勤務では一人何役で走り回り、本社から矢継ぎ早に入ってくる連絡に叩き起こされる、という多忙な状況がある一方で、やる事がない暇な時間もやって来ます。多忙なオフィスアワーが終わり帰宅してみると、娯楽がない、行くところがない。これまで日本の生活でなじんでいた遊び場もない、映画館に行っても早口英語や現地語ばかりで理解できない、ましてやパチンコ屋なんてあろうはずもない……というところで、「独り酒のワナ」が口を開けて待っています。

単身赴任の自宅、話す相手もいなければいきおいアルコールに手が伸びるというもの。多くの途上国では(先進国でも)、日本のように24時間あらゆる場所でアルコールが手に入るわけではありませんから、ケース買い、カートン買いになる傾向。飲酒の戒律が厳しいイスラム圏では、外国人だけがあるルートで買えるという国もありますが、それもカートン買いです。すると、自宅に「所在なき時間」と「お酒の山」の組み合わせができてしまいます。

依存する日本人がごろごろ

長期間、過量の飲酒が続けば、お酒のブレーキが故障した状態になってしまい、適量でやめることができなくなる。これがアルコール依存症です。だから通常ならアルコールを飲まない朝方からアルコール臭が漂ったり、決まった時間に職場に行くことができなくなったりもします。

筆者がタイのバンコクで開催された国際学会で発表した際、地方都市で開業するごく普通の(特に外国人を対象に診ているわけではない)精神科医が近づいてきました。そしていきなり「日本にはアルコール依存症の患者がいっぱいあふれかえっているのか?」と想定外の質問を向けられました。聞くと、彼の診療所では朝からアルコール臭を漂わす日本人や、酔って階段から足を滑らせた日本人、さらに上司に連れて来られた駐在員らがお世話になっていることが判明。地方のごく普通の臨床現場にまでこうした邦人が入り込んでいることからも、その深刻さが分かるかと思います。日本の本社は、駐在員のアルコール摂取状況もフォローすべきでしょう。

当人にアルコール問題があるか、4つの簡単な質問「CAGE」で当たりを付ける方法があります。

フォローに使ってみてください。これから海外赴任に出る人はぜひ思い出してください。

また、ついお酒を飲んでしまう要注意なシチュエーションが「HALT」です。アルコール依存症の患者さんに対しては、これらの状況を避けましょうと伝えるのですが、依存症まで進んでいなくても応用できます。

海外勤務の孤独を癒やしてくれる友だと思っていたら、知らぬ間に牙をむいていた……というのがアルコール問題の難しいところで、ここは同僚だけでなく本社も含めて目を向けて早期発見・早期対処に努めていきましょう。


勝田吉彰(かつだ・よしあき)

勝田吉彰(かつだ・よしあき)
臨床医を経て外務省医務官としてスーダン、フランス、セネガル、中国に合計12年間在勤。重症急性呼吸器症候群(SARS)渦中の中国でリスクコミュニケーションを経験。退官後、近畿福祉大学(現・神戸医療福祉大学)教授を経て関西福祉大学教授。専門は渡航医学とメンタルヘルス。日本渡航医学会評議員・認定医療職、多文化間精神医学会評議員、労働衛生コンサルタント、医学博士。

新型インフルエンザ・ウォッチング日記〜渡航医学のブログ〜
ミャンマーよもやま情報局

出版物

各種ログイン