

【インタビュー】
逃げ遅れるのは様子見の人だ
高部 正樹
元傭兵 軍事評論家
台湾はきな臭く、ウクライナの戦いは収まる気配がない。アフガニスタン、ミャンマー、スーダンも危うい情勢だ。海外に渡る日本人は、現地での紛争リスクにどう向き合うべきか。世界で戦った元傭兵、高部正樹氏に有事への備えについて聞いた。

高校卒業後、航空自衛隊航空学生教育隊に入隊。訓練中のけがで除隊後、傭兵になることを決意。アフガニスタン、ミャンマー、ボスニア・ヘルツェゴビナなどで従軍し、2007年に引退。現在は軍事評論家として活動(NNA撮影)
――紛争が起きたらどう逃げるべきですか
空路がベストです。飛行機が使えるうちに逃げる。車や船はどこで脅威に遭うか分かりません。敵はもちろん、強盗がいるかもしれない。民間航空機は撃墜の恐れがあれば出ませんから、飛べるうちは大丈夫。
最近のアフガニスタンやウクライナは、脅威が外から中に来るパターンです。逆に、ミャンマーのクーデターは中心部から外側の地方に向かう形。外からの場合はまず陸路や海路が潰され、徐々に脱出路を失います。アフガンではタリバンが地方から首都カブールに近づき、人々が閉じ込められてしまいました。
――有事に最も気を付けるべきことは
「様子見」が一番まずいです。ウクライナで衝突が始まった当初、キーウの日本人の方がニュースに出て「様子を見ます」とテレビで言っていましたが、戦場で逃げ遅れるのは様子見の人です。見てる間に脱出の機会を失います。まずは逃げましょう。
現地に住む日本人は、自分が地元の事情を分かっていると思い込みがちです。でも、多少長くいたところで既に平時ではなく、危機管理のプロでもありません。僕なら、ロシアがベラルーシの国境に兵力を集め始めた時点でキーウからは離れます。様子見をするならポーランドに逃げてからでもいいわけです。
もし会社に様子を見ろとか指示を待てと言われたら、僕なら「様子を見て今から避難することにします」と言います。取り残されたからと会社の同僚が助けに来てくれることはありません。とにかく、外から脅威が来る場合は危ないので素早く行動を。

現役時代の高部氏(本人提供)
特殊部隊は高級時計を持つ
――逃げる際、何を持つといいですか
まずは現金。金額次第で避難を手助けしてくれる人が現れるかもしれない。国境を越えた後に隣国でも使えるかもしれない。
それから身に着けられるぐらいの貴重品。腕時計や指輪とか。軍隊の特殊部隊は、ロレックスなど高価な腕時計をします。例えば、山奥で現地の人と交渉する際に報酬代わりになるわけです。途中で通りかかった車に乗せてもらったり、食糧を分けてもらったりするときにも渡せます。ただし、見える場所に身に着けることはせず、隠し持って行くことですね。
スマートフォンもいまやマストです。現在地が分かり、運よく通信できる場所なら電話や情報収集も可能です。電源の確保も大事。軍隊も現代の装備品で何が重いかといえばバッテリーなんですよ。何本も持ち歩くのではなく、携帯できる太陽光充電式のものが500グラムほどであります。

現役時の思い出の品々。カレン兵が作った竹細工のナタ入れ(左)、フランス外人部隊の友人がくれたベレー帽(上)、ボスニアで支給されたベスト(右)(NNA撮影)
――避難時にお勧めの服装は
周囲に溶け込むよう、現地の人に合わせた目立たない服装です。犯罪者もいるから外国人と思われないものがいい。
足元はなるべくトレッキングシューズみたいなしっかりした歩きやすい靴で。どれだけ歩くか分かりませんから。足を痛めることが結構多いです。登山で使われるサポーターやバンテージとか、足回りを保護できる物はあった方がいい。
ちなみにサバイバルの食事では、現地人と同じ物でも日本人が食べると具合が悪くなることは結構あります。例えば水。ミャンマーで、カレン軍の現地兵が谷川の水を飲むんですが、同じ水なのに日本人は赤痢になりました。彼らはずっとその環境だから抵抗力があるわけです。カナブンをろうそくであぶるだけの半生で食べるとか。それを日本人がやって大丈夫か。何となく合わないなと思ったらやめておきましょう。
検問は拘束するためにある
紛争国の市民は有事の退避先が常に念頭にあり、日本の地震や津波など災害時の避難との共通点も多い。だが高部氏は一方で「災害と紛争は違う」とも強調する。
――軍人やゲリラが来たらどうすれば
言うことを聞くしかないです。手を挙げろと言うなら挙げる。相手もこちらがどういう者か分からず緊張していますから刺激しない。抵抗してもよいことはありません。
検問をスマホで撮るなどもっての外。わざわざ拘束する理由を相手に与えるようなものです。スマホの中身も改められます。不審な通信をしていないか、何か撮影してないか。検問だけではなく、どこも撮らないように気を付けた方がいい。スパイ扱いされる可能性があるので。
僕も検問を行う側の経験がありますが、検問時は「怪しくなければ行かせてやろう」ではなく、拘束する理由を常に探しています。少しでも怪しいやつを逃すと自分が危ない目に遭うので、拘束するためにあるんです。相手はその理由をしらみつぶしに探していると思った方がいい。
――紛争地の市民はどう備えていますか
アフガンやミャンマーとかで具体的にシェルターや物資といった備えをする人は見たことがないです。紛争地の人だからと、ぴりぴりしていることもなく普通に生活するのは日本と変わりありません。
ただ何か起きた際、すぐに動けるかどうかが違います。自分や家族がどう退避するのか目安がある。例えば、カレンの村の人たちなら、村の裏付近まで戦禍が広がったら「あの山の東側に逃げる」とか「あの集落に行こう」と、そういったものがあるんです。日本に例えると「地震や津波が来たらあの広場や高台に集合だ」のように。そういった退避の計画が、頭の中にざっくりあるわけです。
日本人も同様に、地図を見て退避ルートを考えて実際に行ってみることです。行ってみると混んでいて避難には使えそうにないとか、そういうことも分かります。
――日本人の災害避難も応用できそうです
気を付けたいのは、日本人は災害のイメージにとらわれがちです。避難場所まで行けばもう安全だと思ってしまう。そこにいれば助けの手が来ると。地震ならそれでもいいですが、紛争やテロはさらに逃げなければいけないことがあります。
相手は自然現象ではなく人間です。強盗、ゲリラ、テロリストと何が来るか分かりません。日本人にはそういった感覚があまりないのですが、自然災害と人間が起こす紛争を区別しましょう。
避難場所からも、いつでも逃げ出せるよう構えておく。自分が退避すべき先は近所の避難場所ではなく、その国を抜け出すことができる所なのです。
(聞き手=副編集長・岡下貴寛)

子供の頃から釣りが大好き。「山育ちだから海より身近な渓流で。ウナギも3回に1回は捕れる」という。現役の時も、帰国のたび川に入った。夏場はよく捕れるそうで調理も自身で行う。「天然物だから、ぷりっとした歯ごたえがたまりません。最高です」と高部さん(本人提供)