NNAカンパサール

アジア経済を視る May, 2022, No.88

【NNAコラム】各国記者がつづるアジアの“今”

テイクオフ

アジア各国・地域の拠点から届いたNNA記者のコラムを紹介。韓国からは、新型コロナ禍で人気に火がついた自宅トレーニングにまつわるエピソード。インドネシアからは穴場的な温泉地の訪問記など、計11本をピックアップ。

インドネシアの西ジャワ州ガルットにあるタラガボダス火口湖。湖畔には小さな温泉があり、水着着用の上で入ることも可能(NNA撮影)

インドネシアの西ジャワ州ガルットにあるタラガボダス火口湖。湖畔には小さな温泉があり、水着着用の上で入ることも可能(NNA撮影)

中国

あいみょんの「マリーゴールド」。2年ほど前、中華圏出身の妻が「日本の最近のヒット曲を教えて」と聞いてきたので、そう答えた。以来、妻はよくこの歌を口ずさむ。2歳の娘にとっては人生で最も多く聴いた曲だろう。

その娘が最近よくごねる。「ママ、さんぽ!」。上海の自宅の一室にこもって仕事をしていると、朝も昼も娘のそんな声がする。「今は外に行けないのよ」。そう諭す妻の声にも焦燥感が漂う。ミルクはあと何日もつだろう、おむつはどうしよう。そんなことが頭をよぎるようで、リビングに様子を見に行くと、2人して泣いているなんてことも。

そんなときは3人でベランダに出て、あいみょんをまねて歌ってみる。すると、娘は駄々をこねるのを忘れてほほ笑む。そういえば、マリーゴールドのミュージックビデオの撮影地は上海だ。春の陽気の中、ロケ地に遊びに行けたらどんなに良いか。(陳)


香港

友人の家族が深センに近い新界地区・沙頭角に引っ越した。香港では「田舎」といえるエリアで、村の中に村民たちが共同管理する畑があるそうだ。

「家族が収穫したものだ」。そう言って友人が渡してくれた袋の中には、ダイコンやパクチー、レタスなどがぎっしり。家に持って帰り早速料理に使わせてもらったところ、さすが自家栽培、いつも食べている野菜よりも甘くて香りがいい。おでん、ギョーザ、炒め物などさまざまなレシピに生かし、感謝の気持ちを込めて完食した。

オーガニック野菜には値段が高いイメージがあり、普段はなかなか手が出せない。加えて最近はコロナの影響で生鮮食品の香港への供給が滞り、野菜や魚などの価格が高騰している。「田舎の畑がお金を生む土地になったね」と友人と笑い合い、早く普通の状況に戻ってほしいとため息をついた。(伊)


台湾

台湾では日本語を話せる人と出会うことが多い。話を聞くと「親が日本語世代だった」「大学で勉強した」――など背景はさまざまだ。

ある休日に台北の公園で話しかけてきた70代半ばくらいの台湾人男性は日系企業に勤めていたという。職場は某大手電機メーカーの台湾工場だったこと、工場ではクーラーを製造していたこと。懐かしそうに、生き生きと自身の会社員時代の体験を日本語で話してくれた。10分ほどたつと男性はこちらに遠慮した様子でそばにいた家族の方へ戻って行ったが、日本語を話すのが久しぶりだったのか、その表情はどこかうれしそうにも見えた。

自身は中国語を学び始めてちょうど20年。話すのも聞くのも難しさを痛感する日々だが、果たしてあの男性くらいの年になっても忘れず話すことができるだろうか。偶然の出会いからやる気をもらったのだった。(祐)


韓国

久しぶりにSNSにログインすると、下着姿の男性の写真が目に飛び込んできた。ハッキングかと冷や汗をかいたが、よく見ると投稿主は知人で、趣味のボディービルで大会に出場したとの報告だった。あー、びっくりした。

韓国では「モムチャン(モムは体、チャンは最高の意)」という言葉が広く使われ、モテる男性の条件に肉体美を挙げる人は多い。さらに新型コロナウイルス感染症の拡大以降は、ピラティスなど自宅でできるトレーニングから人気に火がつき、男女問わず肉体改造に励む人が急増した。

筋肉ブームに後押しされ、当方もついに室内自転車を購入した。憧れの肉体を手に入れるのが先か、「どうせペダル付き『衣紋(えもん)掛け』になる」という夫の予言が的中するのが先か。SNSで知り合いじゅうに筋肉自慢ができるその日まで――鼻息ばかりが荒くなった。(瑞)


タイ

両替店の前にできた長い行列。2015年以来の円安バーツ高水準とあって、バーツを円に両替する人が増えている。筆者もバーツ高が進みはじめた3月から少しずつ両替しているが、まるで底が抜けたように円安の進行が止まらない。

円安は対バーツに限らない。米ドル、ユーロ、豪ドルなどほとんどの通貨に対して大幅に値を下げている。世界の主要25通貨のうち、日本円の1~3月の下落率は、ウクライナ侵攻により国際的な経済制裁下にあるロシアのルーブルに次ぐ水準だという。資源高で日本の輸入額が膨らみ、経常収支が悪化していることが背景として考えられている。

海外駐在員として、現地通貨の円への換金率が高まるのはうれしい半面、裏を返せば日本人の購買力がそれだけ低下していることになる。「日本の国力の低下」を象徴しているようで手放しで喜んでばかりもいられない。(須)


ベトナム

「宝くじを買わないか」「ラッカセイはいらないか」――。ローカル料理店が多く連なる通りで夕飯を食べていると、さまざまな物売りがひっきりなしに声を掛けてくる。一度断っても数分後にまた同じ物売りが近寄ってくるので、苦笑いしてしまう。こちらがエビの殻をむく際に手を汚した様子を見逃さず、にやりと笑いながら「これを買わないか?」と紙ナプキンを差し出してきたタイミングの良さには思わず感心した。

最近ホーチミン市で急増していると話題の口から火を吹く大道芸人も店先に出没。火のついた棒を手に持って、口に含んだ灯油に引火させる火吹きパフォーマンスは迫力満点で、多くの投げ銭が足元の集金箱に放り込まれていた。

それぞれが生計を立てるために店先を行き交う情景は独特な熱気にあふれている。落ち着いて食事を楽しむのには不向きだが、しゃれたレストランでは味わえない雑多な雰囲気が妙にくせになる。(濱)


インドネシア

西ジャワ州の州都バンドン市から南東に、直線距離で約50キロ離れた町ガルット。ジャカルタから車で6時間ほどかかる温泉街だ。この町の中心部から、さらに東方の20キロほど先のタラガボダス山に、火口湖の観光地がある。

スマホの地図でナビゲーターを頼りにするも、民家が連なる砂利道に差し掛かると、経路が正しいのか不安になる。車がギリギリすれ違える細道が延々と続き、穴だらけの悪路にガタガタ揺られること数キロ。さらにバイクタクシーに乗り換えてようやく到着。視界に水色がかった乳白色の湖面が開けた。

湖畔には小さな温泉もある。水着着用だが、自然に囲まれて漬かる湯は快適だ。ナビは迷わず目的地に案内してくれた。だが問題は道路インフラ。穴場の観光地のままにしておくのがもったいない場所が、この国にはまだたくさんありそうだ。(麻)


シンガポール

バタン、バタン――。当地の集合住宅に住んでいると、近隣の世帯が窓を慌てて閉める音で雨が降り出したことを知る。スライド式ではなく、ちょうつがいで開け閉めするタイプなので音が大きい。5分前までカンカン照りでも、突然バケツをひっくり返したような大雨が降ってくる。窓の外に洗濯物を干している世帯からは、ガツガツと高い音を立てて物干しざおを取り込む音も聞こえてくる。

家人にそんな話を振ると「昔はもっとうるさかったよ」と返ってきた。世話好きの人が「下雨了!(雨が降ってきたぞー!)」と窓から大声で叫ぶのが普通だったからだという。さすがに現代になってそういうコミュニケーションは廃れてしまったようだが、なんだか昔のドラマや映画のようですてきだ。

さて、また雷が鳴り始めた。少し大きな音を立てて、ご近所に雨が降ってきたことを知らせようか。(薩)


マレーシア

「あなたの荷物は現在、お届け先から900メートルの位置にあります。1時間以内に到着します」。コロナ禍のここ2年で、当地の電子商取引(EC)は格段に便利になった。オンライン通販では店頭よりも多くの商品の中から選べるし、配送も早い。

先日頼んだキッズ用タブレットの発送元は中国。アプリで配送状況を確認すると、北京付近から出発し、ラオスを通ってタイに抜け、マレーシアへとはるばる陸路で運ばれてきたようだ。クアラルンプールまでの所要日数はたった3日。これが、中国政府が推し進める「一帯一路」の成果だろうか。

すっかり感心して人に話すと、「いくらなんでも中国から陸路で3日は無理。航空便だよ」と一蹴されてしまった。「現代版シルクロード」のロマンは吹き飛んだが、空路だろうと陸路だろうと便利なことには変わりない。(旗)


フィリピン

数カ月前にシンガポールにあるフィリピン大使館に足を運んだ。事前に行き方や持ち物を見ておこうと、ウェブサイトを開くと「来館者のドレスコード」という項目が目に入った。

確認すると「ふさわしい格好で来てください」とある。当時すでに東南アジアに約3年住んでいたため、普段は南国らしい楽な格好が多く、仕事でもジャケットを着る機会は少なかった。ただ服装を理由に入館を断られては困ると考え、その日ばかりは身なりを整えて出かけた。

ところが、いざ行ってみると入り口でうろたえてしまった。ほぼ全員がTシャツやサンダルなどカジュアルな服装で来ていたからだ。黒のジャケットにパンプスの身なりは明らかに浮いていた。そこまで堅くなくてよいと書いてほしかったと思いつつ、当地の文化への理解がまだまだ足りないと反省した。(真)


インド

クラシカルな内装の部屋でゆったりと旋回する――。シーリングファン(天井扇)といえば古い映画に出てくる小道具の一つ。優雅に風を送る装置というイメージを抱いていた。

当地へ引っ越してきて、その印象は変わった。都会の家庭には多くの場合、天井扇が備え付けられているが、かなり風速が強い。5段階ある設定のうち、落ち着いて過ごせるのはレベル2まで。3や4はファンが騒々しくうなり、机の上の軽い紙が飛んでしまうほど。5ともなるとヘリコプターさながらの高速回転になり、そのうち部屋が飛び立ってしまうのではないかとはらはらする。

近所の集合住宅を眺めると、どの窓から見える天井扇も4以上の速さで回っている。うるさくないのかと見ていて心配になるが、いや、夜通し響く旋回音が子守歌くらいに感じられるようになったら、インド生活になじんだといえるのかもしれない。(成)

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