NNAカンパサール

アジア経済を視る March, 2022, No.86

【アジアエクスプレス】

「輸出専用」の日本酒
激戦市場・香港に挑む

2021年11月、日本政府が初めて認めた「輸出専用」の日本酒が香港に出荷された。輸出専用の日本酒製造免許を取得したのは、福島県の米焼酎メーカー。なぜ日本酒を造り、海外に挑むのか。海外有数の日本酒の激戦市場、香港での勝算は。現地展開に協力した香港の「国際きき酒師」が、未知の日本酒の可能性を語った。(NNA香港版 李綺霊、鈴木健太)

ねっかの米焼酎(左)と日本酒の瓶1本ずつをセットにした新ブランド「流觴」=2021年12月9日、福島県只見町のねっかの酒蔵(NNA撮影)

ねっかの米焼酎(左)と日本酒の瓶1本ずつをセットにした新ブランド「流觴」=2021年12月9日、福島県只見町のねっかの酒蔵(NNA撮影)

福島県只見町の米焼酎メーカー「ねっか」は昨年11月、日本政府が初めて認めた「輸出専用」の日本酒を米焼酎と共に香港へ出荷した。その際、日本で販売実績がない未知の製品に魅力を見いだし、販路開拓に協力したのが、香港で日本酒の輸入事業などを手掛ける楊帆(アイバン・ショーン)さんだ。「国際きき酒師」の資格を持ち、酒造りの方向性や販売戦略を助言した。楊さんが、記念すべき展開の経緯や日本の酒が世界で勝負するためのヒントを話してくれた。

――「ねっか」を知ったきっかけは。

ある見本市で、日本にいる私の事業パートナーがねっか代表社員の脇坂斉弘(よしひろ)さんと知り合い、21年から正式に協業が始まりました。ねっかは日本政府の新しい酒造免許である輸出専用の日本酒製造免許取得を目指し、海外市場を開拓しようとしていました。ただ、彼らは規模の小さなメーカーであり、輸出ということに関しては手探りの状態だったと思います。

――楊さんはどのように参画したのか。

ねっかは米焼酎のメーカーです。コメが原料の焼酎も日本酒も途中までの工程は同じ。おおざっぱに言うなら、まず日本酒を造ってそれを蒸留すると焼酎になります。

そこで私は、彼らの米焼酎と日本酒をセットにして香港へ輸出することを提案しました。こうすれば「この日本酒からこの焼酎が生まれました」と消費者に訴求しやすくなりますし、日本酒に米焼酎を少し混ぜて飲むといった新しい飲み方も提示できます。

酒造りの仕込み作業をするねっかの蔵人=21年12月9日、ねっかの酒蔵(NNA撮影)

酒造りの仕込み作業をするねっかの蔵人=21年12月9日、ねっかの酒蔵(NNA撮影)

ねっかの側から見れば、日本酒で香港市場に参入すると同時に、主力の米焼酎も香港市場に広めることができるわけで一石二鳥です。私たちはこのアイデアを「親子丼」と呼びました。

香港輸出に伴う新しいブランド名は「流觴(りゅうしょう)」です。中国起源で日本にも伝わった酒杯を使う歌遊び「流觴曲水(きょくすい)」から取ったもので、日中両国の酒によるコミュニケーションを表す言葉として提案しました。

流觴は春、夏、秋、冬の四季にちなんだ季節限定酒を販売しようと考えています。今回、初出荷された日本酒と米焼酎(各720ミリリットル)のセットは冬季版で、雪深い福島と中国で神聖視される龍から「雪龍(スノードラゴン)」と名付けました。

香り華やかで味甘め
「薫酒」が好まれる

――日本酒の醸造方針への助言は。

日本酒には「薫酒(くんしゅ)」「爽酒(そうしゅ)」「醇酒(じゅんしゅ)」「熟酒(じゅくしゅ)」の4タイプがあるとされますが、香港で現在人気があるのは薫酒です。華やかな香りがあり、口当たりが甘めで、時には白ワインのような酸味を併せ持つ、そんな酒がとても好まれています。香港における近年の日本酒ブームは、薫酒に負うところが大きいと言えるでしょう。

そこで私はねっかに対し、できれば最初の酒は香港の日本酒初心者にも受け入れられやすいように、そうした方向性で醸造できないかと提案しました。ねっかは仕込みを始めるのに先立ち、約3,000種の酵母から3種を厳選し、これに醸造アルコールを添加して作ったサンプルを50~60種類も送ってくれました。

私は香港のきき酒師仲間と一緒にこれらサンプルをテイスティングした上で、さまざまな年齢層に好まれそうないくつかのサンプルを選び出して日本側へフィードバックしました。脇坂さんはそれを手がかりに最終的な方針を定め、正式に日本酒造りを開始しました。

日本の杜氏(とうじ)には自らのやり方へのこだわりが強い職人が多いですが、脇坂さんは新しいアイデアを積極的に受け入れてくれます。今回の日本酒は輸出専用であることから、海外でどのような酒が受け入れられるかを知りたい気持ちが強いのだと思います。私はこれまでも酒蔵と提携した経験がありますが、今回ほど深く酒造りに関われたのは初めてです。

――今回届いた「雪龍」をきき酒師として味わった感想は。

特別な酒だと思います。これは予想外のことでしたが、「開(ひら)かせる」ことでそのおいしさが最大限に発揮されるのです。

一般的な日本酒は開封したらそのまま飲みます。ですが雪龍の真価を味わうなら、ワインのデキャンタージュのように、開けた後で少し空気に触れさせることがお勧めです。そうすることで角が取れ、バナナのようなフルーティーな香りが立ち上ってくるのです。

――初回輸入は500セットに限定した。

最初の商品ということで希少価値を重視しました。ねっかの側にも品質に万が一のことがあっては困るとの思いがあり、検討を重ねて数量を抑えました。

もちろん、500セットを売り切ることは全く難しくありません。ただし今回の日本酒は熱処理をしていない「生酒」で、輸送と保管には細心の注意が必要。ねっかとの協業を始めるに当たっては、私たちが提供できる酒の取り扱い環境を納得してもらってようやく協業に至った経緯があります。

そこで今回の500セットは、主に私の人脈を通じてきき酒師の仲間らへ販売しています。取り扱いを希望する小売店もありますが、低温で保管できる設備を備えていない店には販売できません。

未開拓の焼酎市場
酎ハイから広める

――ねっかは焼酎メーカーで、今回の商品も日本酒と焼酎がセット。香港の焼酎市場はどのような状況か。

香港で日本の焼酎を分かっている人は多くありません。ほとんどの人は焼酎をどう飲めばいいかも知らないのです。

香港に到着した「ねっか」の日本酒をテイスティングする楊さん(NNA撮影)

香港に到着した「ねっか」の日本酒をテイスティングする楊さん(NNA撮影)

日本の焼酎を香港で広めるには、私はウイスキーの歴史が参考になると考えています。20年前、30年前はウイスキーも香港人にあまり理解されていませんでした。アルコール度数が高く、飲みにくいという印象を持たれていたもので、これは現在の焼酎に対するイメージと似ています。

ウイスキーはその後、一部のバーや娯楽施設で「緑茶割り」が飲まれるようになったことでイメージが変わりました。いったん受け入れられ始めると、今度は本当に良いウイスキーはストレートやロックで飲む方がおいしいと認識する人が増え、香港でもウイスキーが人気になりました。

焼酎にも酎ハイという飲み方があります。まずは酎ハイを広めることが、香港で焼酎の市場を作ることにつながるのではないでしょうか。

楊帆(アイバン・ショーン)

日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会(SSI)の国際きき酒師で香港支部支部長。2016年にきき酒師仲間と「香港きき酒師協会」を設立して日本酒文化の普及に力を入れている。日本酒輸入業のほか、日本酒関連のセミナーやイベントの開催、コンサルティング業なども広く手掛ける。

新たな酒文化「流れ」つくる
福島・只見町 合同会社ねっか

「酒造りを通じ、只見の田んぼを守りたい」と話す、ねっか代表社員の脇坂斉弘さん=21年12月9日、只見町の自社田(NNA撮影)

「酒造りを通じ、只見の田んぼを守りたい」と話す、ねっか代表社員の脇坂斉弘さん=21年12月9日、只見町の自社田(NNA撮影)

ねっかは2016年、代表社員の脇坂斉弘(よしひろ)さんと地元のコメ農家4人の計5人で設立した。日本のコメ消費量の減少や只見の人口流出、高齢化、耕作放棄地の増加が日増しに進む中、美しい田園風景を次世代にどう受け継ぐか。5人は、食用だけでなく、地酒によるコメの消費拡大が必須だと考え、起業を決意。国は過当競争を防ぐため、焼酎や日本酒の製造を簡単には認めていないが、特産品を主原料にすれば焼酎を造ることができる免許に目を付け、米焼酎の製造からスタートした。地元、福島県只見町の自社田のコメを使い、日本酒をしのぐフルーティーな風味を志向。17年に発売し、18年には英国輸出も始めた。

転機は19年後半。親しい業界関係者から「国が近い将来、輸出用に限り日本酒を製造できる免許をつくるかもしれない」との話を耳にした。脇坂さんは心が躍った。というのも、英国に続く輸出先の商談が浮上するたび、販売側から「日本酒は造っていないのか」と問われることが多かったからだ。海外で焼酎の知名度は低く、日本酒の問い合わせを受けるごとに知り合いの酒蔵を紹介していた。21年4月に新免許の申請受け付けが始まると真っ先に手続きし、5月28日付で交付第1号になった。

輸出先は多彩な日本酒がひしめく激戦地の香港。アルコール度数30度以下の酒類輸出は無課税で日本と同じ米食文化があるなど、競争にさらされても挑戦するメリットは少なくない。

田んぼ維持は輸出が不可欠

庭園の折れ曲がったせせらぎに杯を浮かべ、杯が自分を通り過ぎる前に歌を素早く詠む――。そんな、風流な中国起源の歌遊び「流觴曲水(りゅうしょうきょくすい)」にならい、香港輸出の新ブランドを「流觴」と名付けた。名称には新しい酒文化の「流れ」を創りたいとの思いも込めた。

田んぼへの思いや自社米を使うストーリー性をはじめ、農産物の生産管理基準「JGAP認証」、完全菜食者向けの「ヴィーガン認定証」の取得をアピールし、差別化を狙う。セット販売する米焼酎と日本酒を少しずつ混ぜて飲むなど、新しい酒文化の「流れ」も提案している。

米国やスペインなど新規の商談も動き始めている。日本のコメ消費量の減少傾向を踏まえると、只見の田んぼの生産量を維持・拡大するためには輸出強化が不可欠だ。海外でも品質管理しやすい酒を増やそうと、コメを原料にしたウイスキー、ジンの研究にも力を入れている。

(鈴木健太)

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