NNAカンパサール

アジア経済を視る June, 2021, No.77

【アジアエクスプレス】

大麻解禁に市場沸き立つ
タイのヘンプ・ビジネス

タイで今年1月に大麻草の一種であるヘンプ(※)の栽培・加工・販売が解禁された。国際的な市場が拡大する中、タイ政府は新たな換金作物として成長させたい意向だ。「ヘンプ・ビジネス」に参入する企業も相次いでいるが、過剰な参入増が産業としての成長を阻害するとの指摘もある。(NNAタイ Chalermlapvoraboon Valaiporn、須賀毅)
※テトラヒドロカンナビノール(THC)の含有率が一定以下のアサ科植物

医療や食品向けにヘンプから抽出した成分の需要が高まるとみてさまざまな業種からの参入が相次いでいる(タイ製薬公団提供)

医療や食品向けにヘンプから抽出した成分の需要が高まるとみてさまざまな業種からの参入が相次いでいる(タイ製薬公団提供)

タイには古くからの大麻栽培の歴史がある。北西部ターク県の少数民族モン族は、丈夫で柔らかい特徴を持つ麻の茎などを使ってバッグや衣料などを作り、葉や根は伝統的な治療薬として利用してきた。

日本では大麻取締法によって栽培などは規制されている。タイでも麻薬法に基づき、ヘンプを含む大麻草は栽培・加工・販売などを禁止する「第5種麻薬」として指定されたが、2005年ごろから農家の生活向上のためとして再合法化を求めるロビー活動が続けられてきた。

保健省食品医薬品委員会(FDA)は今年初め、ヘンプの葉、茎、幹、根を第5種麻薬の指定から除外し、商業利用を解禁する計画を明らかにした。FDAへの申請を条件に、栽培・加工・販売を認めるものだ。

新たな換金作物として官民の期待を集めるヘンプ(タイ高地研究所提供)

新たな換金作物として官民の期待を集めるヘンプ(タイ高地研究所提供)

ヘンプから抽出される薬理成分は、大きく分けてTHCとカンナビジオール(CBD)の2つ。THCは高揚感や感覚を鋭敏にする作用があり、精神的疾患をはじめ肺がんの進行抑制や線維筋痛症のとう痛の緩和などの効果が確認されている。CBDはけいれんや不安神経症、統合失調症、炎症などの緩和と、がん細胞の成長の抑制に効果があるとされる。なお、CBD成分を多く含む種子や花は指定から除外せず、個人による大麻栽培は引き続き禁じられている。

ヘンプの成分は医療用の他、食品や美容素材としても世界的に注目を集めている。政府はヘンプ産業に高い期待を示し、ヘンプを新たな換金作物にすることを目指して政府内に小委員会を設立した。

同会のパンシリ委員長は「タイの気候風土はヘンプ栽培に適している。タイの農産物は世界的に高い評価を受けており、タイ産のヘンプは国際的な需要を取り込むことができる」と議会で強調した。

アヌティン副首相兼保健相は、世界的な需要増から国際市場は年間5,000億バーツ(約1兆7,400億円)に達する可能性があり、そのうち医薬品と食品向けが70%を占めると指摘。タイ国内市場だけでも、向こう3年以内に6億6,100万米ドル(約720億円)に達するとみている。

食品やスキンケア用品
医療以外の業種も続々

政府が1月29日にヘンプの商業利用の登録受付を始めると、大手財閥チャロン・ポカパン(CP)グループ傘下の食品最大手チャロン・ポカパン・フーズ(CPF、CPフーズ)をはじめ、食品や医薬などさまざまな業種の企業が参入を表明した。

タイの機能性飲料大手セッペは3月、バンコクにある傘下の飲料販売店でヘンプを使った飲料の販売を開始した。ゆで汁を混ぜたコーヒー(69バーツ=約240円)、葉をあしらったクロロフィルソーダとココナツシャーベット水、同じくモヒート風味のココナツ水の計4種(セッペの公式フェイスブックより)

3月には医薬品やサプリメント(栄養補助食品)、スナック、シリアル、飲料、美容製品などへのヘンプ抽出成分の使用を解禁。これを受け、ダイエット用サプリメントや化粧品の製造・販売を手掛けるDODバイオテック、食品事業や米ファストフードチェーン「A&W」のフランチャイズ(FC)を手掛けるグローバル・コンシューマーなどが商業加工および生産企業の認可を受けた。

スープリーム・ファーマテックは、ヘンプから抽出したシードオイルの栄養価を最大化する技術に関連した特許を取得。アボカドやニンジン、スグリなど他の食用油とブレンドしたり、魚由来の油やクリルオイル(南極オキアミから抽出精製した健康食用油)と混合して販売する方針だ。

同社のミリント最高経営責任者(CEO)は「政府の承認を待って生産開始する」と説明。ビタミンやアミノ酸を含む固形製品、ハーブや果物の抽出物を含む製品にもヘンプオイルを使うという。

一方、CP傘下のCPフーズは3月、国内有数の農業大学である北部チェンマイのメージョー大学(MJU)と協力して、ヘンプ栽培の研究に着手すると発表。CPフーズは、ヘンプ成分を加えた調理済み食品を年内に発売する方針も明らかにしている。

タイのノリ菓子大手タオケーノイ・フード・アンド・マーケティングと携帯端末販売会社TWZも4月29日、ヘンプ関連商品の開発・製造・販売に関する覚書を交わしたと発表した。

食品以外の参入も相次ぐ。ドラマなどのコンテンツ供給を手掛けるタイのJKNグローバル・メディアの子会社とDODバイオテックは3月、ヘンプの成分を配合したダイエット用サプリメントとスキンケア商品の事業で協力する覚書を締結。また、タイ、ラオス、カンボジア、インドネシアで商品販売する化粧品メーカーのロジュキス・インターナショナルも、DOD社と覚書を交わした。

天然ガス供給会社スキャン・インターは4月30日、ヘンプ関連事業の新会社を設立したと発表。成分抽出、加工、製品開発、販売を通じて事業の多角化につなげる方針だ。

地元紙によると、金融市場ではヘンプ関連銘柄をテーマとした投資信託(ファンド)を組成する動きが伝えられるなど投資対象としての関心も高まっている。

なお、在タイ日本国大使館は、 「日本の大麻取締法は国外犯処罰規定が適用され、タイを含む海外に居住する日本人が大麻の栽培や輸出入、所持、譲渡等を行った場合に処罰対象となる可能性がある」として、安易に大麻に手を出さないよう注意喚起している。

黒字化まで4、5年
徐々に下がる収益性

そうした中、タイの商業銀行大手カシコン銀行傘下の民間総合研究所カシコン・リサーチ・センターは4月23日、タイ国内のヘンプ産業に関する見通しを公表した。

ヘンプの屋外栽培による生産者の収益については、21年は1ライ(1,600平方メートル)当たり20万~100万バーツと推計。栽培が解禁されたばかりで供給が少ないことから高い収益性が見込まれるといい、栽培事業が黒字化するまでの期間は4~5年と見積もる。

同センターは、ヘンプの抽出成分が今後の有望産業であることは疑いないと指摘する一方、過剰な参入は供給増とともに企業の収益性を悪化させ、産業自体の成長を阻害する恐れがあると警告する。

将来、国外から成分などの輸入が解禁されれば価格競争はさらに厳しくなるともいい、参入に当たっては収益性が徐々に下がることを前提に事業を計画する必要があるとしている。

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