NNAカンパサール

アジア経済を視る June, 2021, No.77

【プロの眼】ゲームビジネスのプロ 佐藤翔

第3回 ゲームに見るお国柄
    整い半ば規制と振興

ゲーム産業・市場が多方面に拡大する中で、アジアの国々はゲーム産業に対してさまざまな政策を打ち始めています。今回はアジア諸国のゲーム産業における、業界の自主規制を含む規制策と振興策についてお話しさせていただきます。

ミャンマーで「フィッシュハント」系ゲームに興じる人々(筆者提供、以下全て同)

ミャンマーで「フィッシュハント」系ゲームに興じる人々(筆者提供、以下全て同)

現代の国々は自国経済の発展と社会安寧の維持のため、各種の市場における秩序を作ることを目的として、さまざまな規制や振興策を導入しています。それはゲーム産業も例外ではありません。ゲーム産業は最先端のコンテンツ産業であり、各国の施策は過激な表現の規制と表現の自由の間で揺れ動いています。

一方、ゲーム産業を育てることはプログラマーやアーティスト、ネットワーク技術者などを養成し、第5世代(5G)移動通信システムや人工知能(AI)、XR(仮想現実:VR、拡張現実:AR、複合現実:MRなどの総称)のような最先端の技術者を育成することにもつながります。

中国はハードル高い
厳格な「版号」制度

日本には、特定非営利活動法人コンピュータエンターテインメントレーティング機構(CERO)によるゲームの年齢別レーティング制度(※)があります。

※CEROがゲーム内容や表現を審査し、適切な対象年齢などをマークで表示する制度

このようなレーティング制度や許認可制度は、欧米では業界団体が自主的に行っているケースが多いのですが、新興国では政府や政府系機関の主導で行っているケースをしばしば見かけます。

中国では家庭用やパソコン(PC)、モバイルなどのゲームについて厳格な版号(※)の取得制度が定められており、海外企業にとっては中国でリリースするハードルが高い理由となっています。

※政府による認可。発売や配信に必要

ベトナムにも国主導のオンラインゲームに対するライセンス制度があり、リリースする場合はパートナーとなる現地の会社にライセンスを取得してもらう必要があります。

もっとも、中国の制度はクラウドゲーミング(※)のような新しいゲームの配信形式はグレーゾーンとなっているようですし、ベトナムについてもライセンスを取得せずにゲームを配信している企業がかなりの数存在するようです。

※ユーザーが作品データの所在するサーバーと通信しながら遊べるストリーミングサービスの一種。データをダウンロードして所有する旧来のオンライン販売とは異なる

サウジアラビアのショッピングモールに表示された「視聴覚メディア一般委員会(GCAM)」のレーティングに関する宣伝広告

また、アジアに隣り合う中東のサウジアラビアでは、かつてゲームの体系的な審査制度が存在しませんでした。外国のゲーム会社にとっては何が駄目で何が許されるか基準が分かりにくい状態にありました。

そのため、サウジのゲーム販売店の店先では、アラブ首長国連邦(UAE)やバーレーンなど同じ中東の近隣諸国からの並行輸入品がかなりの比率を占めていました。しかし、2016年にサウジ政府の視聴覚メディア一般委員会(GCAM)が年齢別のレーティング制度を導入したことで、完璧とは言えないまでも市場秩序はかなり改善されたようです。

意外に寛容なサウジ
著作権放置のロシア

ロシア・ウラジオストク市のゲーム店。クローンゲーム機ばかりだが、ほとんどの箱の左下に緑のレーティング表示が見てとれる

サウジでは『グランド・セフト・オート』シリーズ(※1)など、いくつかの著名なゲームが禁止されているのですが、同じ会社の出した『レッド・デッド・リデンプション2』(※2)は、18歳以上のレーティングを受けて正規のルートで販売されています。『サイバーパンク2077』(※3)のような最近の著名タイトルも、きちんとレーティングを受けています。

※1 作品名は「自動車盗」の意。犯罪や暴力など過激な表現が多く成人向け
 ※2 アメリカの西部劇がモチーフで銃撃戦や無法者が多数登場
 ※3 架空の未来都市が舞台。暴力的な表現を多く含む

さらに意外にも、ゴア表現(血しぶきや肉体の損壊などのむごい表現)ゆえにアメリカの年齢別レーティング制度導入のきっかけの一つとなったことで有名な格闘ゲーム『モータルコンバット』シリーズの最新作がレーティングを受けて正規に販売されています。

日本でも未発売となる作品が、厳格なイスラム教国であるサウジアラビアでは合法的に売られているというのは興味深い事実です。

このように、さまざまな国々にあるゲームのレーティング制度ですが、必ずしも市場秩序の形成に役立っているとは言えない地域もあります。

ロシア製ゲーム機「Dendy」用のソフトの山。ゲーム機と同じくそれぞれ左下に規制を表示。人気があるのは日本製『わんぱくダック夢冒険』(右列手前から2本目)など

前の写真で天井まで積まれているのは、北アジア(シベリア)や極東アジアで売られているレトロ風のゲーム機です。このゲーム機はロシア政府による年齢別レーティングがしっかりと行われているのですが、ふたを開けて確認してもらうと中には日本の「ファミリーコンピューター」や「メガドライブ」のようなレトロゲーム機のクローン(模造品)が入っていました。

特に有名なのが「Dendy」という黒いファミコンのようなゲーム機で、小憎らしい象のトレードマークで知られています。ソビエト連邦がロシアへ移行する前後の時期は、著作権を守るための法制度が全く機能していなかったことから、ファミコンの代わりにこのようなゲーム機で人々は遊んでいたのです。

かつて、このゲーム機はロシア全土で人気が出たため、レトロゲーム機の人気が再燃した最近においても復刻版のような形でDendyが再び売れ出しているようです。

インドは規制を強化
業者が続々と海外へ

アジアの国々のゲームに対する規制を見ていると、国によってゲームとギャンブルの境界線の引き方が異なることに気付かされます。

ゲーミングという言葉は「ニンテンドースイッチ」のようなビデオゲームを表すこともありますし、カジノのスロットマシンのようなギャンブルを意味することもあります。ゲームの歴史が浅いアジアの新興国においては、ゲームとギャンブルが未分化の状態なのです。

ベトナム・ホーチミン市で営業する「フィッシュハント」屋の看板

ベトナムやミャンマーのような東南アジアの国で「game」と書かれたお店に入ってみると、オンラインカジノを遊ぶためのPCばかり置かれていることがあります。ベトナムには「フィッシュハント」と呼ばれるパチンコのようなゲーム機のお店がたくさんあったのですが、最近は賭博に使われるということでほとんど取り締まられてしまったようです。

今、こうしたゲーム産業のルール作りという点で最も注目に値するのがインドです。前回取り上げた『PUBG MOBILE』の大ヒットをきっかけにインドのゲーム市場は大きな拡大をみせていますが、それに伴って独特のビジネスモデルが出てきているのです。

例えば、下の画像はインド最大級のeスポーツのプラットフォーム「Mobile Premier League(MPL)」のものです。欧州の投資家などからも出資を受け、時価総額が約1,000億円にも上る有力企業に成長しています。

インドのeスポーツ・プラットフォーム「Mobile Premier League」

「eスポーツ」というと、欧米や日本の人々からすれば『リーグ・オブ・レジェンド』『コール・オブ・デューティ』シリーズ、『FIFA』シリーズのような対戦ゲームを用いた試合が思い浮かぶところです。

しかし、インドのeスポーツのプラットフォームにおいては、そうしたゲームよりもむしろクイズやビリヤードのようにシンプルなゲームが中心で、連日ゲームごとのスコア上位者に賞金を提供するというシステムになっています。

インドのいくつかの州政府はすでにMPLのようなビジネスモデルを禁止しており、連邦政府もおそらく近い将来に何らかの規制を出すのではと筆者は考えています。しかし、こうした国内情勢を見越しているのか、これら「インドのeスポーツ」のプラットフォーム業者は、インドネシアや中東諸国などに次々に進出を始めています。

欧米人や日本人から見ると、インドにおけるこれらの「ゲーム」や「eスポーツ」の位置付けは独特のものに思えますが、将来はもしかするとインド的な意味合いでの「eスポーツ」ビジネスが新興アジアでスタンダードになるかも知れません。

「戦争ゲーム」は合格
国が開発費を大幅補助

ゲームビジネスはクリエイティブ産業とデジタル産業の両方の側面を持っています。このことは先端技術を導入し、増え続ける若者を雇用していかなければならない新興アジアの中堅国にとっては、うってつけの特性と言えます。そのため東南アジアや南アジア、中東諸国では自国のゲーム産業の支援や海外ゲーム企業の誘致が活発になってきています。

マレーシアのゲーム開発者向けイベント「Level Up KL」の様子

マレーシアは東南アジアでもとりわけゲーム産業の発展に熱心な国です。政府系機関のマレーシア・デジタル経済公社(MDEC)はゲームイベントの開催、海外ゲーム企業の誘致、インキュベーションプログラムの開催、東南アジア各国のゲーム開発人材を比較分析したレポートの発刊などを通じて、自国のゲーム産業の発展に力を入れてきました。

こうした多岐にわたる努力の結果、マレーシアはソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)やバンダイナムコなど日本のゲーム会社の誘致に成功するとともに、『No Straight Roads』(※)など優れたインディーゲームを生み出すようになってきています。

※架空の音楽の国を舞台に音楽を通じて敵と戦うユニークな作品

18世紀にオランダと戦ったイランの英雄が主人公のゲーム『MirMahna』

同じくイスラム圏で意外にもゲーム産業振興に熱心なのがイランです。アメリカの経済制裁を受け続けるイランは「西側諸国のプロパガンダから国民を守る」という名目で、ゲーム開発の支援を長年にわたり行ってきました。

具体的には、イラン・コンピューター・ビデオゲーム財団という組織の審査に通過したイラン製のゲームは開発費の相当部分を補助してもらえる、という仕組みを導入しました。すると「イラン・イラク戦争」に関するテーマが審査に通りやすかったことから、「イラン・イラク戦争」を舞台にした出来の悪いゲームが量産されるという奇妙な結果を招きました。

ただ、制度がイランのゲーム開発者の成長を促したのも事実であり、実際に最近の国際的なゲームアワードにおいても、イランの開発者が賞を手にするケースがあります。

次回はゲーム産業の振興と関連する形で、アジアで出てきた政治利用・社会啓発を目的とするゲームについてお話しをさせていただきます。


佐藤翔(さとう・しょう)

京都大学総合人間学部卒、米国サンダーバード国際経営大学院で国際経営修士号取得。ルーディムス代表取締役。新興国コンテンツ市場調査に10年近い経験を持つ。日本初のゲーム産業インキュベーションプログラム、iGiの共同創設者。インドのNASSCOM GDC(インドのIT業界団体「NASSCOM」が主催するゲーム開発者会議)の国際ボードメンバーなどを歴任。日本、中国、サウジアラビアなど世界10カ国以上で講演。『ゲームの今 ゲーム業界を見通す18のキーワード』(SBクリエイティブ)で東南アジアの章を執筆。ウェブマガジン『PLANETS』で「インフォーマルマーケットから見る世界」を連載中。


バックナンバー

第2回 インフラの3大要素 「通信・決済・販促」
第1回 ミャンマーとインド 有望市場の境界とは

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