NNAカンパサール

アジア経済を視る December, 2020, No.71

【東南アジア人材の勘所】

第5回 異文化理解力とは

「私は悩んでいた。当時、米国赴任中だった私が作成した資料に関して、米国人上司からの修正指示をいつも聞き逃してしまっていた。英語力の問題?それも否定できないが、もっと大きな問題があった」―――今回は日本企業の海外拠点に勤務する日本人社員が直面した、アジア各国と日本とのビジネス文化の違いについて、エリン・メイヤー著『異文化理解力(原題:The Culture Map)』の八つの指標から読み解いていきたいと思います。

異文化を理解する八つの指標

『異文化理解力』(英治出版)は、欧米の著名なビジネススクールINSEAD(インシアード)で教鞭(きょうべん)を執るエリン・メイヤー氏が2014年に著した、異文化マネジメントに関する代表的なビジネス書です。その中で、著者は以下の八つの指標をもとに世界各国のビジネス文化を可視化しています。

1. コミュニケーション:ローコンテクストvs.ハイコンテクスト
2. 評価:直接的なネガティブ・フィードバック vs. 間接的なネガティブ・フィードバック
3. 説得:原理優先 vs. 応用優先
4. リード:平等主義 vs. 階層主義
5. 決断:合意志向 vs. トップダウン式
6. 信頼:タスクベース vs. 関係ベース
7. 見解の相違:対立型 vs. 対立回避型
8. スケジューリング:直線的な時間 vs. 柔軟な時間
 

各指標の定義や評価に関する説明は割愛させて頂きますが、ここでは私が見聞きした事例をケーススタディとして紹介できればと思います(ご本人のプライバシーのため、お聞きした内容から一部変更および脚色しています)。

アジア各国地域で仕事をしていて困った場面

事例1: シンガポール人から提出された見積りの内容が想定と違っている

お客さま向けノベルティを製作してマレーシアに送るため、シンガポールのベンダーに見積りの作成を依頼した。以前に同様の依頼を行ったことがあるので、前回同様、税金やマレーシアへの送料についても見積りを出してくれると思っている。3日後、ベンダーのシンガポール人担当者から見積りが提出された。税金や送料の見積りが含まれていない。必要な項目を網羅して見積りを依頼しておけばよかったと後悔した。

日本は、コミュニケーションを図るときに前提となる文脈(言語や価値観、考え方など)が非常に近い状態である「ハイコンテクスト(高文脈)」なコミュニケーション文化を持つ国の一つ。ビジネスに限らず全てのコミュニケーションにおいて、空気を読み、文脈を読むことが求められます。一方、シンガポールは欧米諸国ほどではないものの、アジア圏の中では明確なコミュニケーションを好む文化です。(図1)

そのようなシンガポールのビジネス文化では、細かいところまで指示・依頼を行わないと、思い通りのアウトプットが得られないことがあります。

事例2: 中国人部下に冷たい上司だと言われる

中国に駐在を開始して3カ月。日本人と中国人の混成チームをマネジメントしている。日本で蓄積した知識やノウハウも新しい仕事に生かせており、部下は上司である私を信頼し始めたよう。定期人事評価のため、メンバーと個別面談を行った。自分は日本人だが、日本人か中国人かといったような私情を挟まないよう、公平な評価を心掛ける。良い点は良い、悪い点は悪いと明確に評価を下した。しばらくして、中国人部下が辞表を出してきた。面談での厳しい人事評価に不信感を募らせ、「冷徹な上司とは働いていけない」と言われてしまった。

同著の「信頼」の指標において、アジア圏における日本は「仕事ができるかできないか」という観点で信頼を獲得していくタスクベースの文化に寄っています。それに比べると、中国では懇親会や社員旅行など、社員同士の家族的な関係性で信頼感が醸成されていきます(図2)。

シンガポールに進出した中国系企業に、中華系シンガポール人の営業担当者が足しげく通っても取引を獲得できず、担当者を中国人に変えた途端に大口の契約を獲得することができた、などという話も聞きます。違う国籍・文化を持つ他者からは信頼が得られにくいことも考えれば、中国人部下から個人的な相談をされる程度まで信頼感が深まっていない場合は、日本人向け以上に慎重な人事評価のフィードバックを行う必要がありそうです。

事例3: ベトナム人部下から積極的に意見が出てこない

中国からベトナムに赴任して3年が経った。日本人とベトナム人の混成チームをマネジメントしている。メンバーは皆年齢が近いこともあり、フラットな雰囲気で業務ができていると思っている。週に1度の定例会議。今後の方針に関して、日本人からは活発に意見が出てくる。上司である自分に反対する意見も遠慮なく述べられる。しかし、ベトナム人からはあまり意見が出てこない上、どこか居心地悪そうにしている。

同著においてベトナムのビジネス文化については触れられていませんが、当社のある日本人社員に聞いてみると、ベトナムにおけるビジネス文化は「1970年代の日本に似ている」と表現されるようです。中国圏にも赴任していたことのある同社員によると、中国と比べても、上下関係を守り、意見の対立を避ける傾向が強いとのことでした。

同著によると、日本のビジネス文化は「リード」の指標においては最も階層主義的(図3)、「見解の相違」については最も対立回避型(図4)に位置しています。しかしながら、当社の生い立ちからして、日本企業としてはかなり平等主義寄りであると感じております。ベトナム人メンバーからすると上司に反対意見を述べる日本人メンバーに対して居心地の悪さを感じたのかもしれません。

事例4: タイ人部下が報告・連絡・相談のどれをしたいのか分からない

タイ人従業員ばかりのチームをマネジメントして3年になる。タイの事業環境に関する知識やお客さまやチームメンバーとの関係性も深まったと感じている。ある日タイ人部下から、ある受注案件について話がしたいと切り出された。タイ人部下はお客さまへの訪問日時、受注内容の詳細について説明を始める。5分経過。さらに先方の担当者とタイ人部下の関係性、お客さまの置かれた状況について説明を始める。10分経過。結論としては、受注内容に気になる点があるため、今後の進め方について相談がしたかったよう。まず報告なのか連絡なのか相談なのか明確にした上で、結論から話してもらえれば、心づもりの上で相談に乗れるのに、と困惑した。

同著においてアジア圏は「包括的な」思考パターンを持っているという観点を紹介しています。例えば、ビジネスにおいて何らかの問題が発生した場合、欧米各国ではその特定の問題の解決を最優先にミクロな観点で取り組むのに対し、日本・タイを含むアジア圏では、他部署やお客さま、ベンダーなどへの影響を最小限に留めるよう、マクロな観点からのアプローチを行います。

しかしながら、アジア圏内でもその思考パターンには濃淡があり、日本人は欧米的な結論ファーストのホウレンソウ(報告、連絡、相談)に慣れている傾向があるため、アジア圏の他国で仕事をすると、「包括的な」アプローチに困惑することもあるようです。

タイは日本同様、直接的なネガティブ・フィードバック(被評価者にとって望ましくない内容のフィードバック)を好む文化ではないため(図5)、さりげなく結論ファーストのホウレンソウを指示することが必要かもしれません。

日本人グローバル人材として

さて、米国人のコミュニケーションについてどのようなイメージを持っていますか?率直、具体的、明快な印象を持っているのではないでしょうか?

多民族文化という背景から、米国は「コミュニケーション」の指標において世界で最もローコンテクスト(低文脈)な文化に位置します。一方、ローコンテクストな文化を持つ欧米各国においては珍しく、「評価」の項目については直接的なネガティブ・フィードバックを好みません。

一般的に、米国人が部下に資料の修正を求める際、明確な言葉で、具体的な部分について「称賛3回+修正1回」の順序で指示を行います。私が米国に駐在していた際、米国人上司から「素晴らしい出来だ!」と三つも四つも良い点を褒められた資料に関して、修正指示を聞き逃していることが頻繁にありました。ハイコンテクストな文化で育った私は、明確かつ具体的に3回も褒めてもらえた!と舞い上がってしまい、最後の大事な修正指示(「それはそうと、ここはこう直した方がより良いと思う」といった言い回しが多い)を聞き逃していたというわけです。

同著の序文では、個人は出身の文化に関係なくさまざまな個性を持っていることは認めつつも、グローバル社会で世界各国の人々と働いていくためには、個性の違いだけでなく相手と自分の文化の違いを理解する必要がある、と述べています。

私が今シンガポールで所属する部署は、タイ人上司にベトナム人、マレーシア人と日本人の私という多民族メンバーで運営されています。タイ人の上司はいつも結論ファーストであり、端的で的確な指示を出してくれますし、ベトナム人の同僚はいつも建設的な意見を積極的に述べてくれます。シンガポールという多民族文化に身を置く中で、柔軟に自分のあり方を変えてきたのかもしれません。

日本人グローバル人材として、世界の異なるビジネス文化を理解し受容しながら、柔軟な個性を確立していきたいものです。


田村祐紀(Teddy Tamura) PERSOLKELLY Pte. Ltd. 経営戦略部

大学卒業後、株式会社三井住友銀行に入行。国内法人営業部門、国際部門を経て、株式会社豊田自動織機に入社。海外販売金融事業の立上げに携わった後、米国の販売金融子会社に赴任。その後、パーソルホールディングス株式会社に入社し、豪州Programmed Maintenance Services Limitedに出向。現在はPERSOLKELLY経営戦略部(Strategic Initiatives)のリージョナルマネージャーとして、アジア太平洋(APAC)10拠点の経営企画業務に従事

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