NNAカンパサール

アジア経済を視る May, 2020, No.64

【プロの眼】スマホのプロ 田村和輝

第4回 中東でも強いアジア企業
    5Gインフラもリード

これまで、アジアにおけるスマートフォン事情を伝えてきましたが、アジア企業の動向をよく知るには世界の他地域での事業活動にも注目する必要があるでしょう。そこで今回は、アラブ首長国連邦(UAE)やサウジアラビアといった中東のアラブ諸国で存在感を高めるアジア企業の動向を紹介します。

サウジアラビアを代表するランドマークのキングダムセンターと携帯電話キャリアの販売店=2019年12月、サウジアラビア・リヤド(筆者撮影、以下同)

サウジアラビアを代表するランドマークのキングダムセンターと携帯電話キャリアの販売店=2019年12月、サウジアラビア・リヤド(筆者撮影、以下同)

アジアや欧州など多くの地域には地場企業が展開するブランドのスマホが存在しますが、中東は世界的にみても地場ブランドのスマホが少ない地域と言えます。

UAEには地場ブランドのスマホがあるものの、近年は中国と韓国を主とするアジア企業が優勢な状況で、特に中国の華為技術(ファーウェイ)と韓国のサムスン電子が存在感を高めています。アジア企業が世界のスマホ市場を席巻し、牽引する状況は中東も例外ではありません。

中東といえば、オイルマネーのイメージから富裕層を連想するかもしれません。確かに米国のアップルが販売する高価な「iPhone(アイフォーン)」の人気は高いのですが、アジアやアフリカ諸国からの出稼ぎ労働者も多く、実は低価格帯のスマホの需要も大きい市場です。

技術力のあるファーウェイやサムスン電子は製品の完成度が高く、低価格帯から高価格帯まで多様なラインナップを提供することで幅広い客層から支持を得ています。また、両社はUAEやサウジアラビアの主要な商業施設への出店や、携帯電話キャリアの店舗内に専用ブースを設置するなど実店舗の展開を強化しています。

特にファーウェイは、他の企業が見送るような小国への参入にも積極的です。例えば、私が昨年末にレバノンを視察した際、実店舗を展開するのはファーウェイくらいのものでした。採算性が低い小規模な市場での展開には財務力が必要であり、同社の強さを改めて感じました。

内戦の痕跡が残る建物を覆うように広告を掲出するファーウェイ=2019年12月、レバノン・ベイルート

内戦の痕跡が残る建物を覆うように広告を掲出するファーウェイ=2019年12月、レバノン・ベイルート

一方、同じアジア企業とはいえ、ソニーモバイルコミュニケーションズは中東から撤退し、シャープなど他の日本企業は参入しておらず、日本企業の存在感は皆無でした。あくまで中国、韓国の企業が中心です。

アジア企業以外では、ノキア商標を利用してスマホを販売するフィンランドのHMDグローバルが新機種を積極的に投入していますが、中低価格帯のみにとどまる状況です。

5G導入最も進む地域
ファーウェイが存在感

5Gについて、日本では2020年3月下旬より携帯電話キャリア各社が順次サービスの提供を開始しました。中東はUAE、サウジアラビア、バーレーン、クウェート、カタール、オマーンが19年中に商用化しており、最も導入が進んでいる地域の一つと言えます。

世界的に見ても5Gに対応したスマホを発売したのはほとんどがアジア企業です。中東ではファーウェイ、中興通訊(ZTE)、オッポ広東移動通信(オッポ)、小米通訊技術(シャオミ)の中華系各社、そしてサムスン電子が5G対応スマホを投入しました。

5G対応はスマホのみならず、インフラでも存在感を高めています。スマホで通信するためには電波を発射する基地局などの通信施設が必要です。インフラ整備で存在感を高めるのがファーウェイです。

例えば、19年5月に中東初(世界でも10番目以内と非常に早い)の5Gを導入したUAEのエミレーツ・テレコミュニケーションズ・コーポレーション(エティサラート)や、中東最大規模の5G網を構築したサウジアラビアのモバイル・テレコミュニケーション・カンパニー・サウジアラビア(ザイン)などは、ファーウェイから基地局を調達しました。

ヤシに擬態した通信塔。ファーウェイから調達した5G基地局を設置=2019年12月、UAE・アブダビ

ヤシに擬態した通信塔。ファーウェイから調達した5G基地局を設置=2019年12月、UAE・アブダビ

一部の国では中国企業を排除する動きがありますが、全ての国がそうとは限りません。米軍が駐留するUAE、サウジアラビア、バーレーン、クウェート、カタールでさえも中国企業を容認し、実際にファーウェイの通信設備を用いて5Gを導入しました。

ファーウェイは5Gの技術力が高いことで有名ですが、中東での存在感は頭一つ抜きん出ています。

UAEの店員は外国人
サウジの店員は自国民

中東も国ごとに事情は異なります。昨年訪れたUAEの携帯電話販売店では、南アジアで存在感が大きいインドのラバ・インターナショナル、アフリカで攻勢を強める香港のテクノ・モバイルのロゴを見かけました。テクノは中国の深圳伝音控股(トランション)傘下ながらアジアでは存在感が薄いのですが、アフリカを足場として中東に参入した形です。

ラバやテクノのロゴを掲げる携帯電話販売店=2019年12月、UAE・アブダビ

ラバやテクノのロゴを掲げる携帯電話販売店=2019年12月、UAE・アブダビ

UAEは南アジアやアフリカからの出稼ぎ労働者が多く、居住者のうち「エマラティ」と呼ばれるUAE国籍の保持者は全体の2割程度。大半が外国籍です。ラバやテクノは出稼ぎ労働者にとっては馴染みあるブランドで、彼らをターゲットに展開しています。UAEは外国人の労働力を取り込んで目覚ましい発展を遂げましたが、スマホ事情からもそのことを推察できます。

なお、外国籍の住民が多いUAEでは携帯電話販売店の店員も外国籍がほとんどですが、他の中東諸国と比べて外国籍の比率が低いサウジアラビアでは全く異なり、原則として店員全てがサウジアラビア国籍となっています。

店員のサウジ人化政策が適用された携帯電話キャリアの販売店=2019年12月、サウジアラビア・リヤド

店員のサウジ人化政策が適用された携帯電話キャリアの販売店=2019年12月、サウジアラビア・リヤド

国民が政府から石油収入の分配を受けることができ、就業しなくとも生活に困らないサウジアラビアでは若年層の低い勤労意欲が問題視されています。いずれは枯渇する石油資源への依存からの脱却が求められる中、自国民の就業機会の増進が必要となります。

そこで、様々な分野で改革を進めるムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、外国人労働者が担ってきた仕事を自国民へと置換するサウジ人化政策を積極的に取り入れました。携帯電話分野では16年から適用されています。

また、イスラム法を厳格に運用するサウジアラビアでは女性の社会進出は限定的でしたが、男女の分離についてもムハンマド皇太子の下で改革が進みました。女性専用店はもはや過去のものとなり、一般店舗の女性店員も増加しました。

携帯電話販売店だけを見ても、同じ中東といえども各国の事情や政策が色濃く反映されています。


田村和輝(たむら・かずてる)

滋賀県出身。通信業界ウオッチャー。フリーランスで活動。携帯電話関連のウェブサイトを運営し、アジアを中心とした世界の携帯電話事情を発信。東アジアと東南アジアの全ての国で携帯電話回線を契約した。近年はアジア以外にも足を伸ばす。日本人渡航者が少ない国や地域の事情にも明るく、中東ではいち早く5Gを体験。国内外の発表会や展示会も参加。

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