NNAカンパサール

アジア経済を視る November, 2019, No.58

【イベントレポート】

NNA創業30周年記念セミナー

元グーグル本社副社長の村上憲郎氏など登壇

NNAは9月13日、創業30周年記念レセプションセミナー「アジアの30年~これまでとこれから~」を東京都港区の虎ノ門ヒルズで開いた。元グーグル米国本社副社長兼グーグルジャパン代表取締役の村上憲郎氏など、グローバルビジネスに詳しい3人が登壇。約250人の参加者は、めまぐるしく変化する世界情勢を理解し、日本企業として積極的に関わっていく必要性を認識し合った。
以下に登壇者3人の講演の要旨をお伝えする。

NNA30周年記念セミナーはアジアビジネスの関係者ら約250人が聴講した=9月14日(NNA撮影)

NNA30周年記念セミナーはアジアビジネスの関係者ら約250人が聴講した=9月14日(NNA撮影)



「グローバル時代に求められるリーダーとは」
元グーグル米国本社副社長兼グーグル日本法人代表取締役
村上憲郎氏

情報をポータルサイトに「目次」という形で整理したヤフーと、「索引」という形で世界中の誰でもアクセスできることを目指したグーグルとのビジネスモデルの違いがある。米グーグルはこれまでに数々のイノベーションを繰り返してきたが、イノベーションだけでは十分条件ではなかった。このようなビジネスモデルが最重要だった。グーグルのミッションである「世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセスし使えるよう努力し続けること」「サービスを無料で提供すること」は、同時にビジネスモデルでもあった。

人工知能(AI)やロボットなどが主役となる第4次産業革命では、全ての産業はレイヤー(階層)構造に再編される。リーダーの最も重要な役割は、自社のビジネスモデルをどのレイヤー=主戦場に存在するか決定することだ。

イノベーションをコア・コンピタンスへ

インターネットの主流はモバイルからウェアラブルへと変わりつつあり、次に予測されるのは神経系統と接続する「インプランタブル・インターネット」だ。脳神経と外骨格や義肢などIoT(モノのインターネット)に接続したデバイスを融合させることで、人類の身体機能の回復と強化・向上を目指す。脳からの指令と機械で受けた触覚情報を双方向的で伝達(BMBI)しあえば、「口紅を差す」といった繊細な動作すらも可能となる。米国防省の国防高等研究計画局(DARPA)でも兵士に外骨格を装着させて能力を強化させるための研究がされており、人体のサイボーグ化は現実味を帯びつつある。

IoTの最大恩恵を受ける自動車産業

つくる側と提供する側にも関わる消費者「プロシューマー(生産消費者)」に対応するには、サプライチェーン(供給網)からデマンドチェーン(需要連鎖)に視点を改める必要がある。それぞれの消費者の好みに合わせた特注品を大量生産時と同以下のコストで製造するには、自動化が不可欠だ。

AIを使いこなせない専門業務従事者も人員削減の対象になりうる。最もIoTの影響を受けるのが自動車産業だ。電動化や自動運転、次世代の移動サービス「MaaS」(モビリティー・アズ・ア・サービス)は、人だけでなく荷物の移動もメインになるだろう。同産業は車体(モノ)の販売から移動(コト)の提供にシフトし、ラストワンマイルの荷物配送まで請け負おうとしている。


村上 憲郎氏

元グーグル米国本社副社長兼グーグル日本法人代表取締役
1947年生まれ。京都大学で工学士号を取得。日立電子株式会社のミニコンピュータシステムエンジニアを経験後、米DECマサチューセッツ州の本社人工知能技術センターに5年勤務。帰国後、DEC Japanのマーケティング担当取締役を経て、97~99年Northern Telecom Japan社長兼最高経営責任者を務めた。Bay Networks Japan(Nortel Networks Japanと改名)との合併を成功させた後も2001年中頃まで社長兼最高経営責任者を務める。同年にDocent Japan(Docent日本法人)を設立し、社長としてe -ラーニング業界を先導する。03年、グーグル米国本社副社長兼グーグルジャパン代表取締役社長として同社入社。11年1月まで日本におけるグーグル全業務の責任者を務めた。



「アセアンからアフリカへのビジネス展開について」
SOLTILO 営業部部長
二村元基氏

SOLTILO 営業部部長 二村元基氏

SOLTILOは、プロサッカー選手・本田圭佑のマネジメント会社HONDA ESTILOのグループ企業の1つ。「スポーツを通して世界中に夢や希望を与え感動させ続ける」という理念の下、サッカースクール、スポーツ施設、海外サッカークラブ運営を軸に海外9カ国で事業展開を行っている。経験や現時点での能力は問わず、成長意欲や積極性を重視した人材採用が特徴。「人材」「地域密着」「キャッシュポイント(収入源)」の3つが事業の明暗を分ける要素だと主張した。

カンボジアでは、地場サッカーチームを買収しソルティーロ・アンコールFCとして運営する。現地から支持されるチーム作りを目指し、会員制交流サイト(SNS)の活用、ファンミーティングなどのイベント開催のほか、個人・小額からのスポンサー制度を採用している。またキャッシュポイント創出のため、就職活動を控えた日本の大学生用インターンツアーの実施、企業チームの監督業も同時に手掛けている。通常のサッカースクールとは別に現地人スタッフを登用した低収入層向けサッカースクールも運営するなど、地域密着を強く意識した経営が功を奏した。

アフリカ事業

だが一方で、タイ事業は3年目に突入した現在も苦戦を強いられている。人件費の高さ、企業チームの案件獲得の難航、また競合スクールの多さや他の習い事との優位性を確立できないなど、タイ人生徒への訴求力が弱かったことが原因と分析している。カンボジアでの成功事例を参考にし、引き続き黒字化に向け多方面からの積極的なアプローチを続けている。

ハングリー精神持つ子供たちに人生の選択肢を

ウガンダのブライト・スターズFCの運営を行っているアフリカ事業は、「モノではなく機会の提供」を掲げ、子供たちへの無償のサッカー指導、各国サッカーアカデミー入団機会を提供する。道具の提供を一切ゼロにすることでハングリー精神の強い子供たちが集まり1,500人中9人が各国難関サッカーアカデミー入学という成果を挙げた。また「彼らの半径5メートル外にある人生のレールを1本でも増やしたい」との思いから、将来の選択肢の一助となるようサッカー以外の分野でも日本人アーティストによる似顔絵教室や工場見学を実施し、子供たちの世界を広げている。


二村 元基氏

SOLTILO 営業部 部長
1986年生まれ。中央大学法学部卒。アシックスを退職後、2011~13年青年海外協力隊としてウガンダに派遣。現地シングルマザーによるウガンダ産レザーを使用したハンドメイド商品を開発し日本のフェアトレードショップを中心に販売した。17年HONDA ESTILOに入社(18年に分社化し現在はSOLTILOに所属)、本田圭佑選手よりアフリカ統括マネージャーに任命される。17年9月よりウガンダのプロサッカーチーム「Bright Stars FC(ブライト・スターズ・エフシー)」の運営や、チャリティプロジェクト「AFRICA DREAM SOCCER TOUR」を展開。現在は営業部長としてアジアやアフリカで海外事業全体の運営責任者を務める。



「中国経済と米中関係の行方」
日本国際問題研究所客員研究員
津上俊哉氏

日本国際問題研究所 客員研究員 津上俊哉氏

中国には2つの異なる経済が同居している。スマートフォンやデジタル、電気自動車(EV)、ビッグデータに代表される民営企業を主役とした「ニューエコノミー」と、不動産や鉄鋼など国有企業や地方政府が主役の「オールドエコノミー」だ。だがニューエコノミー好調の裏で、中国経済はバブル後のバランスシート調整期に突入し、オールドエコノミーによる民営企業への圧迫、米中貿易戦争の3重苦に直面している。

投資バブル後のバランスシート調整期への突入

2009年以降、中国政府は10年間で7,175兆円以上を固定資産投資に費やしたが、ほとんどが有利子負債による投資だ。収益性の高い事業は投資し尽くし、近年の投資効率はリーマンショック以前の半分以下で、国有企業による総債務の国内総生産(GDP)に対する比率は09~18年の間に150%から250%へ増加した。国際通貨基金(IMF)の報告によれば、中国の総債務(企業債務、家計債務、一般債務の合計)/GDP比率の上昇は日本やタイ、スペインなど経済破綻国のそれと酷似しており、やがてバブル崩壊のハードランディングに苦しむだろう。

習近平政権の中国経済はダッチロールのように借金投資による安定成長と債務圧縮による不景気を繰り返している。今年少し景気が復調したのは、2兆元(約33兆円)の大幅減税に加え、地方の公共投資にアクセルを踏んで経済を支えたおかげだ。中国政府が「毒を飲んで渇きをいやす」成長を続けるのは、6%成長の公約に自縄自縛されている上、米中貿易戦争のさなかに経済が落ち込めば国民の信任を失うと恐れているからだ。

中国政府は経済に対し強い支配力を持っている。「政府の暗黙の保証」が安定装置となる一方で、かえって症状の進行に気づきにくくなる弱点がある。すでに地方政府の直轄資金調達会社による債務不履行、インターバンク市場における地方中小銀行の資金調達など、裾野からほころびが出つつある。

投資効率悪化

米中貿易戦争

米国による今の対中強硬策はトランプ米大統領とは別に、ハイテク冷戦を中心とした伝統的な「エスタブリッシュメント(支配階級)」による中国との覇権争いがあり、彼らの存在が問題解決を遅らせている。むしろハイテク冷戦は米国の国益を損なうのではないか。ほとんどの国、特に欧州は米国のハイテク排除が極端すぎると反対している。米国はドル取引ボイコットなど殺傷力の高いカードを持ってはいるが、かえって人民元の普及を後押しするなど副作用のあるもろ刃の剣だ。中国側も元安を安易に交渉カードにすることはできない。国内に優良な投資案件が残っていない現在、中国人による資本流出が止まらなくなれば米中貿易戦争どころではないからだ。

これから財政は苦しくなると予測されるし、左巻きの状況は転機が訪れそうだ。米国も今は強硬姿勢をとっているが、このまま反中一色で終わると考えるのは良くないだろう。


津上 俊哉氏

現代中国研究家 日本国際問題研究所客員研究員
1957年生まれ、80年東京大学卒業後、通商産業省に入省、在中国日本大使館参事官、北東アジア課長、経済産業研究所上席研究員を歴任。2018年4月から現職。著書に『中国台頭』(03年サントリー学芸賞受賞)、『中国台頭の終焉』(日本経済新聞社刊)、『「米中経済戦争」の内実を読み解く』(17年PHP研究所)など。

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