NNAカンパサール

アジア経済を視る May, 2019, No.52

【プロの眼】渡航メンタルヘルスのプロ 勝田吉彰

第4回 異文化への適応パターン

国境を越えて異文化に飛び込むと、多くは共通したパターンをたどって適応していく。渡航前から知っておくと、対処しやすくなる(写真は本文と関係ありません)

国境を越えて異文化に飛び込むと、多くの方々に共通した適応パターンをたどります。

「移住期」は、現地に着任してすぐの時期です。前任者に空港で迎えられ、右も左も分からないうちに当座の滞在先となるホテルに入り、翌日からあいさつ回り、引き継ぎに忙殺されつつ業務を把握していきます。生活の立ち上げも手続きも山積しています。銀行口座の開設に始まり、不動産会社の説明を聞きながら住居を探し、電気、ガス、電話、ネット回線、水回りの整備などを手配し、使用人(現地のインフラ事情によって家事補助者はもとより、運転手からガードマン・調理人や庭師まで雇わなければ日常生活もまわらない)の面接や雇用契約、帯同家族がいれば日本人学校かインターナショナルスクールか(場合によっては塾の手配も)などあっという間に時間が過ぎていきます。

こうした時期、意外にストレスへの自覚は少なめ(目に入りにくい)です。しかし、ここで張り切りすぎてしまうと疲れをためることもあるので、初日からアクセルを吹かせすぎない方が良いでしょう。駐在員を送り出す本社側も、着任早々から張り切りすぎないようにアドバイスします。

着任から数カ月、メンタルヘルスで胸突き八丁となる時期があります。「不適応期」、あるいは「不満期」とよばれる時期です。立ち上げがひと段落すると、それまで目に入る余裕の無かった、現地への違和感や日本の常識との違いなどが意識に上ってきます。ビジネス習慣の違いはもとより、治安、時間の観念のほか、「生産性」の呪縛にとらわれる昨今であるならなおさら現地人のゆったりとしたペースには以前にも増してストレスを感じるかもしれません。自宅に帰ってよく見れば使用人が床掃除の雑巾と食卓用とを区別せずに共有しているのを“たまたま”見つけてしまう、電話のボリュームが一定ではないことに気づく(たぶん盗聴)・・・といった諸々に頭の中がいっぱいになってしまいます。身体的にも、まだうまく逃がすことのできない疲労が蓄積して肩こり、腰痛、不眠を始めとして不調を訴えがちです。

そんな状況下、ふと同僚や同業他社の駐在員を見つめてみると、生き生きとした表情でパフォーマンスを上げている(ように見える)ではありませんか。その姿と、思うにまかせぬ自分の姿を比べては、自分は劣っているのではないか、海外駐在に向いていないのではないかとまた落ち込む・・・という辛い時期になります。通過儀礼のようなこの時期が来ることは、ぜひ“事前に”知っておいていただきたいところです。そして、この「不適応期」の次には、現地の良い面も悪い面も認識できる「諦観期」がやってきて、「適応期」へとつながっていくということも、合わせて伝えてください。すでに「適応期」に入って活き活きと適応している先輩たちも、通って来た道、だれでも多かれ少なかれ通るのが「不適応期」なのです。

異文化への適応パターンをあらかじめ知っておけば、「何だかパフォーマンスが上がらない」「これぐらいでもドッと疲れてしまう」といった時にアクセルを少し戻す余裕が生まれるなど、対処しやすくなります。また、本社側では海外赴任者研修の実施時にはぜひ不適応期の対処を伝え、また業務でも休暇でも、この頃に一時帰国する機会を作って健康チェックと共にフォローするのが望ましいです。


勝田吉彰(かつだ・よしあき)

勝田吉彰(かつだ・よしあき)

臨床医を経て外務省医務官としてスーダン、フランス、セネガル、中国に合計12年間在勤。重症急性呼吸器症候群(SARS)渦中の中国でリスクコミュニケーションを経験。退官後、近畿福祉大学(現・神戸医療福祉大学)教授を経て関西福祉大学教授。専門は渡航医学とメンタルヘルス。日本渡航医学会評議員・認定医療職、多文化間精神医学会評議員、労働衛生コンサルタント、医学博士。

新型インフルエンザ・ウォッチング日記〜渡航医学のブログ〜
ミャンマーよもやま情報局

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