NNAカンパサール

アジア経済を視る December, 2018, No.47

【アジア取材ノート】

フォレスト・シティーの今

新都市、ジョホール沖に現わる

マレーシア

フォレスト・シティーの販売ギャラリーには、巨大な完成予想模型が置かれている。完成予定は20年後だ=ジョホール州(NNA撮影)

フォレスト・シティーの販売ギャラリーには、巨大な完成予想模型が置かれている。完成予定は20年後だ=ジョホール州(NNA撮影)

CGPVのウンCSOは「マレーシア人である自分が首相にお会いして、事業への誤解を解きたい」と話した=ジョホール州(NNA撮影)

マレーシアとシンガポールを隔てるジョホール海峡に生まれた人工都市「フォレスト・シティー」は今、建設産業の振興や雇用創出などを通じた「マレーシアへの貢献」実績を強く訴えている。マハティール首相をはじめとする「中国化」懸念を払拭(ふっしょく)するためだ。今後は、政府の低価格住宅政策への協力にも意欲を示す。錯綜(さくそう)する見解をよそに、成否は「時のみぞ知る」70万人都市計画は、今も成長を続けている。

ジョホール沖で埋め立てが進む第1島(アイランド1)から車で約10分、ジョホール州クランパタ地区に、フォレスト・シティーの半島側の事業用地がある。今年9月には、ゴルフ場とホテルなどからなる「フォレスト・シティー・ゴルフ・リゾート」が開業。米国の著名ゴルファー、ジャック・ニクラス氏が設計したゴルフ場は、2カ月先まで予約が埋まる。

フォレスト・シティーの開発主体「カントリー・ガーデン・パシフィックビュー(CGPV)」のウン・ズーハン最高戦略責任者(CSO)に案内されたのは、そのゴルフ場からほど近い場所にある「工業化建築システム工法(IBS)」の建材工場だった。昨年設置された同工場は、徹底した自動化が図られている。年間で26万立方メートル(約9,000ユニット相当)の建材を生産する能力がある。

雇用や投資、納税で貢献

IBSの拡張予定モデル。敷地面積は現在の18エーカー(約7万2,843平方メートル)から126エーカーまで広がる=ジョホール州(NNA撮影)

フォレスト・シティーへの注目は、今年5月の政権交代をきっかけに高まった。首相に返り咲いたマハティール氏が、「外国人のための大型事業を推進するのはおかしい」など、同事業への「疑義」を繰り返し表明したからだ。

ウンCSOは、マレーシアへの経済貢献の実績を訴える。まず雇用では、CGPVの従業員約1,500人のうち80%に当たる1,200人がマレーシア人。建設作業は中国企業が受注しているが、下請け業務は全てマレーシア企業に発注しており「9,000人以上の雇用を生んだ」と説明する。

また、CGPVの投資総額は、115億リンギ(約3,110億円)に上る。このほか、法人税額は約3億800万リンギで、外国人労働者の雇用主が負担する課徴金(レビー、人頭税)や事業アセスメント費用などの支払額も6億3,000万リンギ。従業員の所得税額も8,000万リンギ規模になる。不動産取引の印紙税額も、今後3年間で5億リンギ規模になると見込む。

低価格住宅政策にも協力

無人フォークリフトの導入など自動化されたIBS工場内部。従業員は約300人のうち約80%がマレーシア人だ=ジョホール州(NNA撮影)

今後は「IBS産業を通じた貢献を拡大する」とウンCSOは話す。工場規模を現在の1棟から6棟まで、敷地面積で18エーカー(約7万2,843平方メートル)から126エーカーまで拡張する計画だ。IBS建材の供給先も今はフォレスト・シティー事業のみだが、今後は他社への供給も目指す。

実は、シンガポール政府から公営住宅(HDBフラット)向けのIBS建材供給を打診されたというが、「マレーシアを優先するため」(ウンCSO)断ったという。CGPVは、政府が進める低価格住宅政策にも、IBS建材の供給や独自造成開発で協力したい考えだ。造成予定地は未定だとしたが、人工島内で開発する可能性も「政府の意向次第」だとして否定しなかった。

中国色には染まらない

マハティール首相は2年ほど前から、中国によるマレーシア投資は過剰だと非難してきた。首相にとって、フォレスト・シティーはその象徴だ。8月には「外国人投資家によるフォレスト・シティーの物件購入を禁じたい」との発言まで出た。

だが、ウンCSOは、二つの点から「中国化はあり得ない」と強調する。まず一つが、開発主体CGPVが合弁であること。中国の不動産大手・碧桂園集団が60%、ジョホール州政府系投資公社クンプラン・プラサラナ・ラクヤト・ジョホール(KPRJ)が40%をそれぞれ出資するため、「中国側の意向だけに沿った開発は不可能だ」とウンCSOは説明する。

そして二つ目が、販売の多様化だ。フォレスト・シティーの売約済み物件1万8,000戸を購入者の国籍別でみると、中国(香港含む)が約70%、マレーシアが約20%、そして残り約10%が22カ国(日本は全体の約1%)。まだ中国人の購入者が大部分だが、これは「販売当初は、碧桂園集団が持つ顧客データベースを活用したため」。現在は多様化を急いでおり、国外販売ギャラリーも中国のほか、日本、韓国、シンガポール、アラブ首長国連邦(ドバイ)、ベトナム、タイ、インドネシア、カンボジアの計9カ国まで広げた。

フォレスト・シティー物件の購入で「市民権が取得できる」と宣伝している、といううわさも「あり得ない」と同CSOは強く否定。居住には、外国人向けの長期滞在ビザ(査証)取得プログラム「MM2H(マレーシア・マイ・セカンドホーム)」の活用を提案している。

首相がぶち上げたフォレスト・シティーへの規制方針だが、実行される気配はない。CGPVにも、当局からの新たな指示は一切ないという。

実需ある総合都市

アイランド1には米国系の全寮制学校シャタック・セントメアリーズのフォレスト・シティー校(左)が完成し、さらにビルの建設が進む。IBS導入によってフォレスト・シティーのビル建設は工期短縮が実現しており、一階分は平均6日で建築が完了するという=ジョホール州(NNA撮影)

「ゴーストタウン化」の懸念もある。投資目的の購入ばかりで「実際の居住者はほとんどない」との指摘だ。ウンCSOは、「単なる住宅造成事業ではない」と指摘。人工島には今後、◇オフィス街◇医療機関◇国際会議場・展示場◇ホテル◇学校――などが設置されて、競争力ある総合都市が生まれると話す。

ただ、フォレスト・シティーの対岸は、アジア有数の「競争力ある都市」としての地位を築いたシンガポールだ。これに対してウンCSOは、「コスト」と「用地」で差別化できると指摘。同水準かそれ以上の施設・サービスを「より安く提供できること」と、マレー半島部も含めた広大な用地を生かして「大規模かつ大胆な開発ができること」を、シンガポールにない利点として挙げた。

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