NNAカンパサール

アジア経済を視る July, 2018, No.42

工学院大学特任教授・東京大学名誉教授 曽根 悟氏に聞く

高速鉄道技術で日本は中国と連携を

曽根 悟氏

曽根悟(そね・さとる):1939年東京都生まれ。62年東京大学工学部電気工学科卒業。東京大学や工学院大学の教授などを経て、現在、工学院大学特任教授を務める。東京大学名誉教授。2005年から13年までJR西日本の社外取締役を務めた。『新幹線50年の技術史』(講談社)や『新しい鉄道システム―交通問題解決への新技術―』(オーム社)などの著書がある。

日本政府の主導によりインフラ技術の輸出が進められる中、新幹線の舞台は海外に広がりつつある。高速鉄道技術では、これまでライバルとなってきた欧州勢に加えて、中国が急速に存在感を高めている。海外展開を見据えた新幹線の未来像などについて、国内外の高速鉄道技術に詳しい曽根悟工学院大学特任教授・東京大学名誉教授に話を聞いた。

新幹線の強みは経験と信頼性

──日本の新幹線の強みは?

一番は経験。それに基づくサービスなどの信頼性が圧倒的に高い。大きな事故がないということと、システム的な欠陥でいったんトラブルが起きると長時間・広範囲にわたる傾向はあるものの、そもそもトラブル発生が少ないのが強みだ。

日本の新幹線の定時運転率は非常に高い。定時運転率の高い数字を出している国は日本以外にもあるが、「遅延5分以内は定時とみなす」という定義の下で定時率99%などと言っている。日本は1分単位。例えば東海道新幹線なら、平均の遅延時間は1分以内だ。これを長年にわたって続けている国は日本しかない。しかも自然災害が多いという条件下で達成していることを考えれば、諸外国と比較しても際立っていると言っていい。

新幹線技術は時代遅れ?

──経験、信頼性、定時性の他に日本の新幹線の強みは?

正直あまりない。もともと高速鉄道は日本が元祖で、1960年代は高速鉄道技術は日本にしかなかった。80年代にフランスに追い越された。今では日本の新幹線技術は世界的にみればまったく陳腐化している。

──韓国には追い越されていない?

ないとみていい。韓国は時速430キロの高速鉄道を開発しているというが、10年前にも同じことを言っていた。韓国は、高速鉄道の導入に当たって、日本、フランス、ドイツのいずれかから技術を輸入すると同時に、自国でも開発しようとしていた。最終的にフランスのTGVを選んだ理由は、提供された技術を基に韓国が国産化し、第三国に輸出することを認めたのが同国だけだったためだと、私は理解している。

フランスはTGVの技術が近い将来に陳腐化することを分かっていた。「だから世界中にばらまいていいよ。その頃には、われわれは一段上をいっているから」と。日本は「韓国に国産化されて、安値で世界中にばらまかれたらたまらないからノーだ」との立場だった。ドイツも日本と同じことを言っていた。

韓国は、諸外国の優れた技術を見よう見まねで学び、独自の要素を加えることで、より優れたものを作ろうというプロジェクトを進めているが、今に至るまで成功していない。それは中国が諦めた方式でもある。中国は自力で世界トップレベルの高速鉄道を開発しようとしたが、先進諸国に追い付くのは到底無理だと自覚して、2007年にかけて、日本の川崎重工業や独シーメンスとボンバルディア、イタリアのアルストムから車両を導入することで急速に発達した。その結果、今や路線長で世界の高速鉄道の3分の2を中国が占めている。

──アジアへの高速鉄道輸出を考えた場合、例えばインドでは気温50度以上にもなる大変な高熱地域があったりする。そうした過酷な環境下での信頼性は未知数では?

中国は最初からそうした条件を考慮に入れてシステム設計をしている。日本に次いで信頼性が高いのは中国だと思う。中国の場合、海風を受ける地域、砂漠地帯、標高の高い地域、非常に気温の下がる地域といった具合に地域別にスペックを変えて、施設・車両・運営などを計画・実行している。多様な自然環境の下で高い信頼性を持っているのは中国だろう。欧州勢は欧州の気象条件に適した高速鉄道を作っており、高温多湿な環境にも耐え、その上で余裕を持つ設計の日本と比べて、異なる気象条件下での適応力が低い。

──新幹線輸出に関してJR東海とJR東日本ではスタンスが違うと聞く。

例えばJR東海が新幹線は専用軌道を前提とする一方、在来線の軌道を走る山形新幹線等を運行しているJR東日本は必ずしも専用線には固執していない。

さらにJR東海は米国を中心に新幹線を売りたいと考えている。なぜなら米国だけがビジネスとして成立する相手だからだ。米国の鉄道は今や完全に貨物が中心。その貨物鉄道の線路を使って高速列車を走らせようというのはもともと無理な話だ。だから米国で高速鉄道を走らせようと思ったら専用軌道を作るしかない。加えて米国は断トツで人命の価値が高い国。そのため安全性の代償として、専用軌道を含めた高速鉄道技術という高価なシステムも許容できる。

また、インドを含めアジアの国はいずれ自国で高速鉄道の技術を育てたい意向を持っている。米国だけがそれを放棄しており、「自国で技術を育てるのではなく、外国の技術を買ってくればいい」と考えている。日本の新幹線を世界標準にしようとする話に乗りそうなのは米国だけだ。

──日本の新幹線技術を輸出する上での課題は?

山ほどある。買う側の立場からすると、「こんな陳腐化した技術をなぜこれほど高価な値段で買わないといけないのか」というくらい非常識。日本がいま作っている北海道新幹線と北陸新幹線は、1970年代初期の山陽新幹線のスペックと変わらない。だから最高速度は260キロで、300キロは出せない。

東北新幹線の宇都宮―盛岡間は、車両側で特別な努力をして、時速320キロで走れるようにしてある。いずれ札幌開業のときには320キロ運転をすると思う。だが、北海道新幹線が東京と札幌を5時間で走ったところで世界の高速鉄道技術からすれば、遅いと言わざるを得ない。東京―札幌間の距離は1,035キロだが、この程度の距離であれば、4時間を切るのが世界の常識。新幹線と競合する航空機と比較した場合、東京から5時間では、新千歳空港から札幌まで電車で37分かかるハンディキャップを考慮しても、利用者が新幹線を選択することにはならないのは間違いない。

北京と上海を結ぶ高速鉄道の延長は1,300キロ余りで、東京―札幌間に比べて300キロほど長いが、現在の所要時間は4時間28分だ。当初の目論見では3時間58分で結ぶ計画で線路や車両を設計し、ダイヤも作っていた。今後さらにスピードアップするのは間違いない。しかも上海は虹橋空港の地下にターミナル駅がある。航空機と同条件でも勝とうという意気込みでやってきた。中国に比べて、日本の新幹線技術は、陳腐化している上に価格も高い。加えて、自国で高速鉄道を育てたいと考えている輸出先に非協力的な姿勢が見え見えだ。

成長著しい中国の高速鉄道

──中国の鉄道車両メーカーである中国中車の強みと課題は?

質問を否定する気はないが、対外的には中国中車として一本化しているが、実態は中国南車集団(南車)と中国北車集団(北車)の2社体制だ。合併したからひとつの会社だというのは大間違いという前提で話したい。

強みは国が背後についていること。新幹線輸出に当たって、日本も国がついているように振る舞っているけれども実態は民間会社の連合体。また、中国の鉄道産業界は、一流大学をトップで出た人材が喜んで入る。60年ごろの日本の国鉄もそうだったかもしれないが、日本と中国の鉄道産業は、人材の数も層の厚みも今やまったく違う。中国は人材豊富、しかも国がバックについていて、必要ならお金がいくらでも出てくる。

ただ、日本は経験が非常に豊富。中国が高速鉄道の運行の仲間入りをしたのが2007年。その経験は10年そこそこだが、日本は半世紀以上の実績がある。最近でこそ中国の高速鉄道技術はすごいが、03年までは失敗だらけだった。中国は10年という短期間で急成長したことで、さまざまなひずみがある。進歩は遅いながら、しっかりとしたベースは日本にしかない。

人材や資金が豊富で、政府が動こうとするなら何でもできる中国と、日本がまともに勝負を挑んでも勝てるはずがない。中国9対日本1くらいの割合で中日連合のようなものを組めば、断トツ世界一の高速鉄道を実現できると思う。

08年以降、日本の新幹線車両は中国に1台も輸出していないが、日本の高速鉄道関係の輸出額の非常に大きな部分を中国に依存している。中国がライセンス契約を結んで、東北新幹線で使われている高速車両「E2」を買ってくれたからだ。E2が非常にいい成績を収めたので、それを基に中国が独自に開発したと称しているのが「CRH380A」、さらにその流れを継いだ標準車の一つが「CR400AF」だ。CRH380Aまでは日本から買うしかない部品が山ほどあった。中国への輸出のおかげで日本の部品メーカーの経営が成り立ってきたと言っても良い。

今や日本の高速鉄道市場は非常に小さい中で、海外で日本の鉄道産業が生き延びようとすれば、中国に花を持たせて、日本は縁の下から援助する形が良い。中国主導に日本が加わる形で、いろいろな国に売ることができれば、日本にとって最もいい答えになると思う。

温州事故は経験不足の結果

──中国の高速鉄道というと、11年に起きた温州事故の印象が強く残っている。

鉄道の運行に関する世界共通のルールがあって、中国でもそれに準じたルールが作ってあった。温州事故は、落雷による電気系統のトラブルで列車が止まっている時に、経験のない人間がルールブックを見て、不慣れな対応をする中で連絡ミスが重なり、ぶつかってしまった。新幹線の運行の歴史が長い日本の場合、ルールブックには明記されていない暗黙のルールが山ほどあるから同様の事故は起こりにくい。

──事故車両を現場に埋めてしまったのは衝撃的だった。

事故後の誤った対応が世界的に叩かれた。とにかく経験がないことが起きるとあたふたと間違った対応をしてしまい、トラブルが拡大してしまう。中国はそういうことがかなりあるらしい。

温州事故でもうひとつ問題視されたのが事故報告だ。7月に事故が発生し、9月末までに事故報告を公表すると言いながら、12月末までずれ込んだ。やっと公表された報告も、日本や米国なら「再発防止のためにこういうことをやりなさい」ということが数多く書かれているはずだが、中国のものには再発防止の具体策は一切書かれておらず、誰それが悪いと責任追及に終始していた。

日本はさまざまな経験を通じて、ルールブックにはない「暗黙のルール」を含めた準備と訓練をしっかりやっている。中国は、そうしたノウハウがないため失敗ばかりしている。

しかし、そうした経験不足も急速に改善すると思う。人も資金も豊富なため、必要なら技術者を外国に派遣したり、海外から専門家を招いて指導させたりしている。中国は、日本が10年かかることを半年でできる国。日本は中国と組む体制を作っておく必要がある。

──日本は早く手を打っておかないと、中国自身で実力を高めてしまうかもしれない。

そうだと思う。日本は自国のやりかたが一番と思い込んでいる人が結構おり、保守的な体質のため、新しいことをやりたがらない。だから高速鉄道も70年代の技術でそのまま作っている。

インドで初めての高速鉄道は、日本の新幹線方式を導入することになった。しかし、他の路線を別の国が作った場合、新幹線区間だけシステムが異なり、つなげたくてもつなげられないという事態が起きる可能性がある。日本がどこまで折れて、国際常識に近づけるかによってインドの高速鉄道の未来図も変わってくる。

アジアの高速鉄道を知るためのキーワード


◎中国・温州事故:2011年7月、浙江省温州市で落雷による設備故障のため停車していた杭州発福州行きの列車に、北京発福州行きの列車が後ろから追突した事故。複数の車両が高さ約15メートルの高架から落下し、外国人を含む40人が死亡、192人が負傷した。事故直後、事故車両を重機で解体し、その場に埋めるという対応が、国内外に大きな波紋を呼んだ。

◎復興号と和諧号:「復興号」は中国で2017年7月に走行を始めた高速鉄道の新型車両。最高時速400キロ以上とされる。「中華民族の偉大な復興」を掲げた習近平国家主席のスローガンにちなむ。07年に導入された「和諧号(調和の意)」は、日本やドイツなどの技術移転を基にライセンス生産されてきたが、中国政府は「復興号では完全に知的財産権を握った」と強調している。

◎中国中車(CRRC):歴史は1881年にさかのぼる。2015年に中国北車集団(北車)と中国南車集団(南車)の合併により、上海・香港市場に上場。17年の売上高は2,070億元(約3兆5,200億円)で、世界最大の鉄道車両メーカー。グループ企業46社のうち、2大総合電車メーカーである長春軌道客車と青島四方機車車両がそれぞれ北車と南車の流れをくむ。

◎ビッグスリー:世界市場をけん引する欧州鉄道車両メーカー3社。ボンバルディア、シーメンス、アルストムを指す。1990年代以降、小規模メーカーを買収する形で大手3社に集約化した。中国中車に対抗するため、2017年にシーメンスとアルストムが統合計画を発表。18年末までに新会社「シーメンス・アルストム」を発足させることになっている。

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