NNAカンパサール

アジア経済を視る June, 2018, No.41

【意外な大国 パキスタン(中)】

存在感高める中国
過剰債務に懸念、日本不在響く

パキスタン

パキスタンでは5年前、街を歩くと「ハロー」と英語で声を掛けられた。それが今では中国語の「ニイハオ」だ。中国による5兆円規模の大型インフラ投資「中国パキスタン経済回廊」(CPEC)が2015年に本格始動。電力を中心とするインフラ改善や建設関連投資が進む。貿易赤字や債務拡大が懸念されるが、両国間の経済・人的交流は着実に拡大。日本の存在感は薄れつつある。(文・写真=NNA東京編集部 遠藤堂太)

中パ両国の友好を象徴する食品大手シャン・フーズのテレビCM(同社ホームページなどより作成)

中パ両国の友好を象徴する食品大手シャン・フーズのテレビCM(同社ホームページなどより作成)

「パキスタン人マダムたちの輪に入りたい」と、ため息をつく中国人の人妻。パキスタンでは昨年、中パ友好を象徴するかのような地場食品大手シャン・フーズのテレビCM(https://youtu.be/qGVMqHtNdXI)が話題となった。

シャンのスパイスミックスを使い、初めてのパキスタン料理(炊き込みご飯「ビリヤニ」)に挑戦。中国人妻が地元のマダムたちに溶け込めた、という設定だ。地元料理だから、登場するのは日本人でも欧米人でも良いはずなのだが、今のパキスタンには中国人がうまく当てはまるのだろう。

ただ、パキスタンの街中では中国人や中国語があふれているという状況ではない。時折、中国留学や語学学校の広告を見かける程度だ。

現地の中国人社会の様子は、一般のパキスタン人からは見えにくい。

首都イスラマバードにある中国食材店。外からは普通の邸宅にしか見えず、看板もない。パキスタン人の守衛に「チャイニーズ・ショップ」と告げ、通してもらう。店に入ると中国料理に欠かせないスパイスの八角の匂いが充満。中国産品が並べられ、輸入が禁止されている豚肉まである。客も店員も中国人だ。こうした店はCPECが始動した15年前後から増えたという。

中パ経済回廊、電力中心に5兆円

中国が提唱する現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」の一部をなすCPECは、51事業、460億米ドル(約5兆円)からなる。中国の習近平国家主席が15年4月にパキスタンを訪れ、署名した。事業は◇電力・エネルギー(21件、337億9,300万米ドル)◇交通(4件、97億8,400万米ドル)◇グワダル港・周辺開発(8件、7億9,262万米ドル)――など。電力インフラの整備で、停電が多かったパキスタンの電力事情は改善されつつある。

日本の外務省資料によると、日本の15年のパキスタンに対する有償協力支出純額は3,786万米ドルにとどまり、かつてはトップの支援国だった面影はない。日本は同国に対して60年以上支援し、15年度までの有償・無償・技術協力は累計で約1兆3,000億円にも達した「過去の実績」はあるが、進行中のCPECのスケール、スピードにはかなわない。

中国のインド洋進出の足掛かりとなるグワダル港周辺には産業基盤がなく治安も悪い。CPEC案件として、経済特区や空港、病院、教育施設も建設。グワダル港と中国・アフガニスタン国境を結ぶ道路や一部で鉄道も整備する計画だが、事業採算性に疑問符が付く。

グワダル港開発の中国人担当者と親しい、アジア開発銀行(ADB)の幹部は、「現段階では事業採算性がないと中国側でも認識している」と話す。同幹部によると、中国の担当者は「グワダルは経済以外の目的もある」と話したが、その「目的」が地政学的な意味かどうかは語らなかったという。

中国主導によるインフラ整備について、米ワシントンのシンクタンク「世界開発センター」(CGD)は3月に発表した報告で、パキスタンを含む8カ国の過剰債務リスクに警鐘を鳴らす。パキスタンは公的債務が国内総生産(GDP)比で65%を超え、危険水域にある。中国輸出入銀行は金利2~2.5%で貸し付けるが、転貸されており、パキスタン側は5%の高い金利を払っているケースもある、と指摘した。

三菱UFJ銀行カラチ支店の金堀支店長も「CPECの5兆円を超える投資額の大半は、海外直接投資(FDI)や株式投資ではなく、機械設備輸入などによってパキスタン官民が負う『債務』となっている状況が鮮明になっている」と指摘する。

CPECの本格展開以降、貿易赤字は拡大しているが、FDIは増加していない。原油価格の低迷で中東からの海外労働者による郷里送金も伸び悩み、経常収支も赤字が拡大している。金堀氏はインフラ拡充後の、パキスタンの長期的な課題は「製造業への投資誘致や輸出主導に向けた産業基盤の強化が、膨らむ返済額のスピードを上回れるかどうかだ」とみている。

中国語人気、小1で必修も

中国留学の広告が三輪車(リキシャ)にも=3月、ラホール

中国の外交史を研究する東京大学大学院の川島真教授は、CPECを含む中国の対外インフラ投資について、「中国語人材の雇用機会創出にも着目すべきだ」と話す。「中国政府は、パキスタンなど各国で『孔子学院』を展開し、現地学生の中国留学経費を準備。中国語人材を大規模に育成している」と指摘する。また中国語教育機関である孔子学院には中国から派遣される教員やボランティア学生がいて、教えながらウルドゥー語など現地語を習得しており、人材養成の側面もあると話す。

パキスタンでは、海外への憧れや現地企業より給与の高い中国系企業に就職できることから中国語学習の人気が高まっている。イスラマバードにある国立現代語大学(NUML)は孔子学院を併設。報道によると、昨年は450人以上が入学した。孔子学院は中国語ラジオ放送も展開している。

イスラマバード近郊の私立校は、中国語を小学校1年生から必修科目として採用している。「社会に出た時に必要な言語だから」として学校は導入に踏み切ったという。

一方、日本語学習者数は全土で100人にも満たない(国際交流基金資料)。

約60人が犠牲となったイスラマバード・マリオット・ホテル爆破テロ事件が発生した翌年の09年、治安を考慮し、国際協力機構(JICA)は青年海外協力隊員のパキスタン派遣を中止した。日本語教育などへの支援は先細りの状況だ。パキスタンにとって日本は「顔の見えない存在」になりつつある。

「日本はインド重視」の嘆き

中国の支援で15年10月に着工したパキスタン初の近代的都市鉄道、オレンジライン。延長27.1キロ(うち地下区間1.7キロ)で、一部区間は18年2月に試運転を開始。18年内に全線開通予定だ=3月、ラホール

「(15億米ドルを投じる)中国支援の都市鉄道、オレンジラインはいらない。まずは清潔な水がほしい」。東部のラホールに住むパキスタン人が話す。月収約1万5,000円の彼にとっては切実な問題だ。JICAがラホールで現在、給水施設更新の無償資金協力を手掛けているが、彼はもちろん事業を知らない。中国の華やかな案件を誰もが知るが、パキスタンが本当に必要な案件は、インフラだけではなく、保健医療、識字教育など無限にある。

パキスタンは中国・日本を問わず平等に門戸を広げている。テロリスクなどでこの10年間、日本企業の投資や支援は冷え込んだ。日本が不在の間、代わりに手を差し伸べたのが中国だ。パキスタンは中国に傾倒せざるを得なかった。

「日本はインドの新幹線整備を支援するという。日本の投資や支援はインドに向かい、パキスタンを忘れている」。多くのパキスタン人から聞いた言葉が耳に痛かった。

※次回はNNAカンパサールWebマガジン7月号(7月2日発行)に掲載する予定です。

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