NNAカンパサール

アジア経済を視る April, 2018, No.39

世界的企業が採用合戦を繰り広げる

インドの名門大学はIT人材の宝庫!

インド

「インドのマサチューセッツ工科大学」とも言われるインド工科大学(IIT)。科学者と技術者の養成を目的に設立され、現在、全国各地で23校が運営されている。グーグルやアップルなども熱視線を送る超エリート校の実態に迫った。

名だたる科学者・技術者を輩出

インド工科大学 デリー校

デリー校の校内の様子(NNA撮影)

デリー校の校内の様子(NNA撮影)

インド工科大学(IIT)は、1947年に独立したインドの経済的・社会的発展に資する人材を養成するため、特に科学者と技術者の育成を目的に設立された。米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)をモデルとしている。インドの初代首相を務めたジャワハルラル・ネルーの指導の下、1951年に西ベンガル州カラグプールに第1校目が設立された。IITデリー校(IITD)は1963年に5番目のIITとして設立。現在は全体で23校まで増えている。

08年に開校した南部のテランガナ州のIITハイデラバード校(IITH)に対しては、日本政府が、キャンパス施設の整備や共同研究の促進、研究者の交流、研修員の受け入れなどの支援を行っている。

IITの各校は、それぞれ独自の組織を持つが、IIT協議会によって相互に連携している。共通の入学試験を実施し、入学手続きも共通化している。

インドの最難関校とされ、合格者は志望者全体の2%にも満たない。入学試験の成績が優秀だった者から、23校のどのIITに入学するか優先的に選択権が与えられる。首都ニューデリーにあるIITDへの入学志望者は多く、IITの試験合格者の中でも特に優秀な学生が集まってくる。

優秀な学生を集めるため、年間授業料はわずか20万ルピー(約33万円)に抑えている。女性や下層カースト出身者にはさらに優遇措置がある(NNA撮影)

IIT出身者は、世界2番目の人口を誇るインドでも特に優秀な頭脳の持ち主とされ、将来が約束される。世界的なIT企業などがIIT出身者の採用を強化しており、年収1,000万ルピー(約1,650万円)を超えるオファーが提示されるケースもある。

IIT出身者としては、米グーグルのスンダル・ピチャイ最高経営責任者(CEO)やラジャト・グプタ(米ゴールドマン・サックス元取締役)らが世界的に有名。ソフトバンク・グループの孫正義会長兼社長の後継者とされたニケシュ・アローラ氏もIITの卒業生だ。

大学DATA

  • 設立年:1963年
  • キャンパス数:1カ所(Hauz Khas, New Delhi)
  • 学部:応用力学、生化学、化学工学、土木工学、電気工学、機械工学、物理、コンピューターサイエンス、繊維、人文・社会科学、経営など
  • 学部生数(1学年当たり定員):848人
  • 大学院生数:1,185人
  • 教授数:535人
  • 年間授業料:20万ルピー(約33万円)
  • 著名な卒業生:ラグラム・ラジャン(インド準備銀行前総裁)、サチン・バンサル(地場EC大手フリップカートの創業者)、Y.C.デベシュワル(地場コングロマリットITC会長)、ジャヤント・シンハ(インド民間航空省閣外相)

  • IIT全23校マップ

    ※カッコ内は設立年

    IIT全23校マップ

    (1)ジャンムー校(2016年)
    (2)マンディ校(2009年)
    (3)ロパール校(2008年)
    (4)ルールキー校(2001年)
    (5)デリー校(1963年)
    (6)ジョードプル校(2008年)
    (7)カーンプル校(1959年)
    (8)ガンディーナガル校(2008年)
    (9)インドール校(2009年)
    (10)バラナシ校(2012年)
    (11)パトナ校(2008年)
    (12)ダンバード校(2016年)
    (13)グワーハーティー校(1994年)
    (14)ボンベイ(ムンバイ)校(1958年)
    (15)ビラーイー校(2016年)
    (16)ブバネーシュワル校(2008年)
    (17)カラグプール校(1951年)
    (18)ゴア校(2016年)
    (19)ダーワッド校(2016年)
    (20)ハイデラバード校(2008年)
    (21)ティルパティ校(2015年)
    (22)マドラス(チェンナイ)校(1959年)
    (23)パルガート校(2015年)

    老舗印刷会社がデジタル事業に挑戦

    わが社にIIT卒業生がやってきた!

    毎年、100万人近い新卒エンジニアが輩出されるというIT大国インド。インド工科大学(IIT)の卒業生を正規採用し、新規事業に挑む東京の印刷会社を直撃した。

    左から東日印刷の岩本好司・総合企画室次長、アガラワル・ゴパールさん、シンデー・ラヴさん。新組織T-NEXTの部署の前で。「込み入った話は日⇔英の翻訳アプリで会話します」(岩本氏)

    1952年に創業し、現在は毎日新聞グループの中核企業として新聞印刷を手掛ける東日印刷(東京都江東区)。従業員数351人の同社に昨年9月、初の外国籍社員としてインド工科大学(IIT)出身のソフトウェアエンジニアが入社した。

    アガラワル・ゴパール(23歳)さんはIITマンディ校、シンデー・ラヴ(22歳)さんはIITロパール校の出身で、2人とも最難関コースといわれるコンピューターサイエンスを専攻した。「以前から日本や日本の製造業に対して良いイメージを持っていました」とゴパールさん。ラヴさんも「学生時代にトヨタの『かんばん方式』に関する本を読み、効率化された日本人の働き方に感銘を受けました」と好印象を持っていたと語るが、「特に日本との接点はありませんでした」と2人。そんな彼らと東日印刷を結びつけたのが、ウェブ業界専門の人材派遣会社、ウェブスタッフ(東京都渋谷区)の人材採用事業。IITの学生を2カ月間、インターンシップ生として日本に誘致し、各企業で就業体験をさせるサービスだった。

    東日印刷で総合企画室次長を務める岩本好司氏は、2014年に立ちあがった新規事業グループで、WEB推進チームを結成した流れでこのサービスを知ったという。「私自身はインドやIITについて特に詳しくはなかったのですが、優秀な大学の在校生と一緒に仕事ができるのは面白そうだと思い、人事部に話をしました」と振り返る。ただ、同社では外国籍スタッフの採用事例がなく、「却下されると思っていた」ところすんなりと許可が下りた。「ちょうどその頃、人事部の社員の間で『きっと、うまくいく』というIITを題材にした映画が流行っていたんです。それでIITの学生がいかに優秀かということを知っていて、導入段階から前向きに動いてくれました」と語る。

    一方、大学で行われたインターンシップの説明会でこのサービスの存在を知ったというゴパールさんとラヴさん。海外で就業体験をしてみたいと参加を決意し、16年夏に来日。東日印刷で2カ月間インターンシップ生として働いた。

    「会社の財産になる」

    ゴパールさん(右)はパンジャブ州アムリトサル出身。ラヴさん(左)はマハラシュトラ州ムンバイ出身。2人とも日本語はまだ片言。「しばらくは日本で働き、AIを活用したアプリケーションを開発したい」(ゴパールさん)、「機械学習とAIの研究を続けたい」(ラヴさん)

    その間、岩本氏が2人に任せたのが社内スケジューラーの開発。短い時間では難しいと思われていたプロジェクトだったが、2人は見事に達成した。当初は、正規採用までは考えていなかったという岩本氏。だが、成果物のクオリティーの高さは目を見張るものがあり、「IIT学生を正社員として迎え入れることができたら、東日印刷の財産になるのでは」という声が社内外から上がったという。帰国後、2人に正規採用の打診をしたところ快諾。そこから1年後の17年9月に正社員として迎えた。

    この春に組織変更し「T-NEXT」という名称になった新しい部署で、ソフトウェアやアプリケーションの開発を担当している2人。岩本氏は「彼らはIITで人工知能(AI)なども勉強しているので、開発においてさまざまな挑戦ができると思います。将来的には商品化して外販していきたい」と期待を寄せる。

    ゴパールさんとラヴさんも、「日本のIT分野はインドと比べても少し遅れているのは事実ですが、自分の技術が発展につながるという意味で、日本で働くことはいい挑戦になります」と意欲を見せている。

    東日印刷では17年夏もIITのインターンシップ生を2人受け入れ、今年は5月から4人を受け入れる予定だ。そのうち数人を19年度に正規採用し、事業を拡大していきたいと岩本氏は語る。「IITにこだわるのは、優秀だからというのはもちろんですが、インドという国で競争に勝ち抜くため、勉強に身を捧げてきた人たちなので、背負っているものが違うと感じるから。彼らをしっかりサポートし、エンジニアとしてスキルアップできる環境を提供していきたいと考えています」。


    企業が学校訪問、“優秀な頭脳”に直接ラブコール

    インドの就活事情

    IITロパール校を訪問し、採用企業として紹介され挨拶する東日印刷・岩本氏(同氏提供)

    インドの主要大学では、就職希望の大学生は3年次に校内で行われる企業との面接に挑むのが一般的。これはオン・キャンパス・リクルーティングと呼ばれ、毎年12月1日が解禁日となる。大学の就職課が業績などを基に企業をランク付けし、ランクが高いほど早い時間帯の面接枠が割り当てられる。当日、企業は説明会、試験、面接を実施し、即日に内定を出すのが一般的。学生は、複数の内定をもらえる日本と違い、1社から内定をもらった段階で就職活動は終了となる。米グーグルやフェイスブック、韓国サムスン電子のほか、最近では米アップルがIIT生の採用を始めるなど、優秀な人材を巡り世界的企業が熾烈な競争を繰り広げている。インターンシップサービスを通じ、事前に内定を出す例もあり、東日印刷も早期獲得に成功した。

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