カンパサール

NNAがこれまで培ってきた現地密着の取材力を生かし、アジアの今を消費市場の観点から追いかける季刊の無料ビジネス媒体

NEXTアジア パキスタン

日系企業にとって有望な消費市場はどこなのか。カンパサール編集部は中国やシンガポールといったおなじみの市場ではなくアジアの限界にまで視野を広げ、まだよく知られていない10カ国を選定した。

現地ルポ4 人口2億人、欧米化する巨大市場

最大都市カラチの空港を出ると視界に飛び込むのは米ハンバーガーチェーン、マクドナルドの店舗だ。空港から中心部までの道路の両側には新規オープンしたバーガーキング、サブウェイなど米系ファストフードチェーンの店が次々と現れる。街を走る自動車はほぼ100%日本ブランド。1億9,000万人の巨大市場とその潜在性を買い、消費財・外食・流通の外資ブランドの進出が拡大している。(NNA編集局 遠藤堂太)

2011年に開業したカラチ市の近代的ショッピングセンター「ドルメンモール」。英系百貨店、仏系スーパー、米系ファストフードなど欧米ブランドが多数出店(ジェトロ提供)

消費財大手のユニリーバ、ネスレ、コカ・コーラなどが現地生産を行っており、欧米ブランドはパパママストアをはじめとする市場の隅々まで浸透している。仏カルフール系や独メトロ・キャッシュ&キャリーなどの流通業も進出。ファストフード店のダンキンドーナツ、サブウェイ、ピザハットなども店舗を順調に拡大している。

インドとの核実験競争で経済制裁を受けた1998年、パキスタン第1号店を開設したマクドナルドは全国14都市に展開。今年4月には、タリバンなどの武装勢力が残存するアフガニスタン国境に近いクエッタにも進出するなど、米国文化が地方へと広がりつつある。

食生活の変化や経済水準の上昇に伴う健康意識の芽生えもあり、都市部の中間層の間ではダイエットブームも起きている。

イスラム圏最大の人口へ

マツダのトラック。パキスタン流の装飾だが、インド風にも似ている

1人当たり国内総生産(GDP)が1,000米ドルを超えると経済発展が加速し、耐久消費財の販売が増えるといわれる。パキスタンは現在1,300ドル強。年間1.9%で成長する人口は2030年にはインドネシアに肉薄する2億6,600万人に達し、50年にはイスラム圏最大の3億3,500万人となる見通し。しかも人口の半分が35歳以下という人口ボーナスを今後40年以上は享受できるという。

「パキスタンは親中派の国─」。国際政治のニュースをみるとそうした印象を受けるだろう。しかし、実際に現地を訪れるとイメージは大きく覆される。「父の世代は英系ブランド。われわれの世代はソニーやナショナルなど日本ブランドに親しんできた」(ファルク・アーミル駐日パキスタン大使)。人々は米国の文化に憧れを持ち、日本製品に愛着を持つ。

日系がほぼ100%の自動車市場の昨年度の販売は22万台超だった。一方、現在170万〜180万台のバイク市場は、かつて日系100%だったシェアを、この十数年間で半分に落とした。街中を走るバイクのほか、ショッピングモールで人々が買い求めるテレビなどの家電は中国製が目立つ。ハイアールはラホール近郊に巨大工場を構えており、ボリュームゾーンの拡大を謳歌(おうか)。現地生産をしていない日系家電は太刀打ちできない。

アーミル大使によると、今の若い世代も日本ブランドが好きだが、「品質さえ良ければ、ブランドの国籍にはこだわらない」という考えに変化しているという。

バングラより少ない日系進出

消費者向けBtoC企業は自動車・バイクや今年7月に販売の現地法人を設立した味の素を除くと、ほとんどないのが実態だ。日系企業は約80社。これはパキスタンから独立し、経済水準が低いバングラデシュの約250社よりも少ない。治安イメージが悪いパキスタンでは、日系企業数はなかなか増えない。しかし、裏返すと競合が不在というアドバンテージを持ち、既に進出した企業にとっては業績が好調な要因ともなっている。

日本貿易振興機構(ジェトロ)の15年の日系企業実態調査によると、パキスタンについて「事業拡大の意欲がある」と回答した企業の割合は76.7%に上り、調査対象のアジア・オセアニア20カ国・地域では1位だった。黒字との回答は73.3%で3位(14年は1位)。事業に前向きに取り組む姿が浮き彫りになっている。

年間22万台の自動車市場は小型車に人気が集まり、排気量1300ccのトヨタ「カローラ」はこのうち5万7,000台を占める。小型自動車の受容性と、ほぼ100%が日本車という市場が形成されたのはスズキの影響が大きい。同社は1958年には日本からパキスタンへの輸出を開始。日本で販売していた軽自動車がパキスタンでもよく売れて、75年にはいち早く現地生産に着手した。現在はパキスタン市場で首位を独走する。

ほかにも進出はしていないが、輸出販売では明治乳業をはじめとする粉ミルクが絶大な信頼と支持を得ている。パキスタンでは健やかに育っている子どものことを「メイジ・ベビー」と呼ぶほどだ。

インドと分けるべき独自の市場圏

隣国インドとの自由貿易は制限されており、一体化した市場になることは難しい。パキスタンは2012年2月、輸入を2,000品目のみ認めるポジティブリスト方式から、輸入禁止を一部(1,200品目)に限定するネガティブリスト方式に転換。インドが輸出したい繊維製品、自動車部品、化学品、医薬品などは引き続き制限対象となったが、今後の経済・人的交流の促進が期待された。しかし、インド経済に飲み込まれるというパキスタン側の危機感や自由化に反発する声もあり、13年のパキスタン・シャリフ政権、14年のインド・モディ政権以降は進展がみられない。

一方、隣国の内陸国アフガニスタンにはパキスタンのカラチ港を経由して石油製品や自動車が運ばれるなどパキスタンが輸送ハブとなっており、人口3,000万人近い同国へのアクセスは良い。パキスタン産の製品はアフガニスタンを経由し、無関税で中央アジア諸国に輸出することも可能で期待も高いが、その場合は中国製品と競合することになる。まずは、人口2億人のパキスタン一国をターゲットとした戦略が現実的だろう。

テロ・強盗での日本人死者ゼロ

ビジネス上の最大のリスクは治安だろう。毎月のように数十人が死亡する爆弾テロ事件が日本でも報じられている。パキスタンは「危ない国」というイメージが根強い。実際、ショットガン付きの護衛を同乗させて車で移動する駐在員も多い。しかし、日本人に限っていえば、実はテロや強盗事件に巻き込まれた死亡者はこの十数年間、一人もいない。

パキスタンの経済成長率は4%台。新興国としては低いが、急速な治安回復と物価の安定を背景に好景気の循環が続いている。街の人々のフレンドリーさ、工場労働者の職人気質。欧米化が急速に進みながらも、日本人との親和性も意外に高い。この国に対する先入観を修正することが、アジア最後の巨大市場に踏み出す第一歩となろう。

パキスタンの進出魅力度

ドルメンモールの水着売り場。女性用水着を着せたマネキンが堂々と陳列されている光景、開放的で洗練された中間〜富裕層向けの消費トレンドが垣間見える。パキスタンの保守的、閉鎖的なイメージが覆されるだろう

評価:A

小売・物流業は外資100%の進出が可能。都市部では自家用車を運転し、ファストフード店で食事をする女性が増えており、意外なほどオープンな国だ。揺籃(ようらん)期の今が、ビジネスの種をまく好機といえよう。
(NNA編集局 遠藤堂太)

出版物

各種ログイン