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NEXTアジア ブータン

日系企業にとって有望な消費市場はどこなのか。カンパサール編集部は中国やシンガポールといったおなじみの市場ではなくアジアの限界にまで視野を広げ、まだよく知られていない10カ国を選定した。

現地ルポ3 市場開拓の鍵はインド?農業が盛んな「幸せの国」

「幸せの国」と呼ばれるブータン。標高2,000メートルを超える空の玄関口パロから首都ティンプーに向かう道中には青々とした棚田が広がる。時間軸が揺らぐほどのんびりとした農業国だ。(NNA編集局 竹内悠)

人口は約76万人で、農業に従事している人の割合は約6割に上る。経済活動をしている労働力は全人口の6割強で、いまだに自給自足で暮らす国民も多い。

日本は1964年からブータンの農業近代化などを支援している。この農業支援の起点となった人物が、国際協力機構(JICA)の前身である海外技術協力事業団(OTCA)から派遣された、故・西岡京治氏。80年に「最高に優れた人」という意味を持つダショーの称号と、その象徴の赤いスカーフが国王から授与された。街中で「ダショー・ニシオカ」と言えば誰もが知っているほどだ。

農業国が多い欧米の機関からも有機農法などを教えにくる人がいる。現地で出会ったドイツの大学生は「ブータン農業の可能性を探るプロジェクトで来た」と話していた。

そんなブータンは無農薬農法が主流だ。隣国のインドには、リンゴやミカン、ジャガイモ、ショウガなどを輸出する。今後はより付加価値の高い果物などをインドの健康志向が高い層向けに輸出することに商機がありそうだ。

農業に必要な水は、ヒマラヤ山脈から流れ込む。主な水力発電所は全国に5カ所あり、発電容量は計1,500メガワット(MW)。これは国のほぼ100%の発電能力だ。全世帯の電化計画は、送電網の拡大でほぼ目標を達成している。

一方、課題は大きく分けて3つある。1つ目はインドへの貿易依存度が高いことだ。輸入が全体の約80%、輸出が85%に達する。インド経済が失速すれば、多大な影響を受ける構図になっている。

2つ目は、他国に比べて小国であるため、大量生産・大量消費のシステムには不向きな点だ。首都ティンプーですら平地が少なく、地方への道中は山肌を切り開いて作られた道が多い。こうした道路インフラの脆弱(ぜいじゃく)性は、商品などの輸送に大きな影響を与えている。

3つ目は政府が外資に対する規制緩和に慎重なこと。ツェリン・トブゲイ首相は「必要以上に国を開くと、自国の文化保護が難しくなる。ブータンのような小国では、方針転換による影響が大きい」と警戒心が強い。

日系企業、日産はEVを展開

空港でタクシー車両として導入された日産のリーフ

他国と同様に、ブータンでも日本車への信頼は厚い。スズキのインド子会社マルチ・スズキの小型車はタクシーに使用されるほどポピュラーだ。日系以外では韓国・現代自動車も街中に多い。

ただ、最近になって話題を集めているのは電気自動車(EV)。ブータン政府は2014年にEV政策を発表し、税優遇策を設けた。車両購入には販売税、環境税、物品税などがかかるが、EVはこれらが免除される。政府は二酸化炭素(CO2)の排出量をゼロにする目標も掲げ、環境車の導入に力を入れている。

これを商機とみたのが日産自動車だ。現地の提携相手サンダー・モーターズを通じ、EV「リーフ」を売り込んでいる。16年8月時点の累計販売台数は約70台で、うちタクシー車両が6台。ブータン政府は18年までに1,000台のEVをタクシー車両に導入する計画で、サンダー・モーターズは今年、タクシー車両向けに300台、一般消費者向けに50台の販売を目指している。

現地の「食」を日本に売り込むユニークな取り組みもある。ブータン産マツタケの販売だ。放射線測定器の研究開発などを手掛けるエフユーアイジャパン(東京都港区)は14年から日本へのマツタケの輸入を始め、同年に300キログラムを販売。翌15年は前年比3倍以上となる1,000キロを売った。今年は1,500キロを販売する目標だ。

インターネット通販で購入できるほか、伊勢丹新宿店やスーパーのフレスコキクチでも買える。価格はインターネット通販による直販の場合、1キロ当たり2万3,328円(税込み)。15年の売上高は約1,500万円だった。

ブータン産のマツタケを扱うきっかけとなったのが、福島第1原発事故による日本の放射線量の増加だ。エフユーアイジャパンの植山宏哉研究員によると、菌類はセシウムに汚染されやすいため、より安全なマツタケを求めて輸入を開始したという。

インドから攻める

ティンプー市内にある日産の販売店

ブータン市場を攻略する上で欠かせないのがインドとの関係だ。ブータンが自由貿易協定(FTA)を結んでいるのはインドだけで、国境を接した隣国でもあるため、日用品や食品、自動車などが陸路で運ばれている。

ブータンが加盟する南アジア地域協力連合(SAARC)も加盟国間の関税引き下げなど貿易の自由化を進めている。だが、インドほど高い水準で関税は撤廃されていないのが現状だ。

公共交通機関が無く自動車が必須のブータンでは、こうしたインドに近い「地の利」を生かし、スズキのインド子会社マルチ・スズキや現代自動車のインド法人が、関税の税率を抑えて車両を輸出している。現代自の正規販売代理店の関係者によると、インド以外から車を輸入すると、2倍の税率になることもあるという。

もう一つ、商機が見込める分野は農作物だ。日本や欧州などの国際機関が支援してきた歴史があり、農業の近代化が進みつつある。インドでは街中で売られている農作物の品質が良いとは言えない。そんな状況の中で富裕層を中心に健康志向が高まっているため、新鮮な農作物をインドへ売り込める可能性がある。

一方、インドとのFTAがもろ刃の剣にもなっている。ブータンはインドへの貿易依存度が高く、政府は米ドルよりもインドルピーの外貨準備に神経をとがらせている。燃料や食品など必需品の輸入を同国に頼っているためだ。

インドルピーが通貨安に振れれば、ブータン政府はあらゆる経済活動の規制に動く。12年にインドルピーの通貨危機が発生した際には、自動車の輸入が14年7月まで禁止された。

ファッションは保守的

キラを着た女性。街には民族衣装を着た人が多い

首都ティンプーの中心部から車で約10分。ショッピングモールの「シェアリー・スクエア」が見えてくる。地上5階ほどの施設内にはエスカレーターが完備されているが、平日のせいか、人はまばら。空き店舗も目立つ。

入居テナントで多いのは、女性向けファッション。ノースリーブのワンピースがマネキンに飾られている。商業施設内の店舗は個人商店が目立ち、外資系ではイタリアのアパレルブランド「ベネトン」があるだけだった。

しかし、これらの店が繁盛しているとは言い難い。ブータンではチベット系住民の民族衣装が正装とされ、女性は「キラ」、男性は「ゴ」が着用されている。公の場では民族衣装の着用が国民に義務付けられ、街中でも洋服と民族衣装が5割ずつといった印象だ。街中でノースリーブを着て歩いている人は見かけたことがない。

商業施設にはスーパーはなく、食料品や日用品の購入には市場や数十の個人商店が集まった建物に買い出しに行く。乳製品からシャンプーまで並べられている商品はインドブランドが多い。こうした光景は、同じくインドとの貿易依存度が高いネパールの商店にも似ている。

ブータンの進出魅力度

評価:C

ブータンは人口が約76万人と少なく、国民全体の約6割が農業に従事しているため、外資企業が利益を出せるほどの経済活動は見込みにくい。インドとの貿易協定は魅力的で活用次第では巨大市場の開拓を狙える。だが、インド経済に左右される側面も大きく、実際はマイナス材料の方が多い。(NNA編集局 竹内悠)

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