NNAカンパサール

アジア経済を視る December, 2021, No.83

【アジアSNS・リスクウオッチ】

第5回 現地文化の地雷踏む
    「炎上」を回避する

連載はこれまで、SNSを活用してリスク情報をどう「受け取るか」という視点でご紹介をしてきましたが、今回は日本人や日系企業が東南アジアなど現地のSNSで情報を「発信する」際のリスクについて取り上げたいと思います。いわゆる「炎上」案件やその発生にどう注意すべきかなどを検証していきましょう。

東南アジア諸国はインターネットの利用時間が世界でも長く、若い「デジタルネイティブ」の人口も多い=ジャカルタ(NNA撮影)

成長著しい東南アジア市場。個人でまたは企業として、SNSを活用した情報発信を企画されている方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。東南アジア社会の特徴は何といっても若年層が厚いことです。日本の平均年齢が48.4歳(2021年)なのに対し、国立社会保障・人口問題研究所のデータ(※)によるとベトナムの平均年齢は33.3歳、インドネシアは32.1歳、フィリピンは28.8歳などとなっています(いずれも19年時点)。
※国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集(2021)」

これら若者たちはいわゆる「デジタルネイティブ」、つまり生まれながらにインターネットがあることが当たり前の世代で、スマートフォンを使いこなし、SNSによる情報収集や発信を積極的に行う人々です。

そんな東南アジアのインターネットやSNS事情について、デジタル関連のさまざまな調査やデータ収集を行っているDataReportalのレポート(※)から見てみましょう。
※THE SOCIAL MEDIA HABITS OF YOUNG PEOPLE IN SOUTH-EAST ASIA (DataReportal)

・21年4月までの1年間に増加したインターネットユーザーの数は、全世界で3億3,200万人

・同じ期間に増加した全世界のSNSユーザー数はさらに多く、5億2,000万人
  (1秒ごとに16.5人増)

・結果、同4月時点で全世界に43億3,000万人のSNSユーザーがいる(世界総人口の55%に相当)

・東南アジアの若年層(16~24歳)に限ると、99.6%がSNSを毎月必ず利用している

また、SNSを含むインターネットの利用時間を国別に見てみると、東南アジアの国々は軒並み世界平均より長く、フィリピンなどは世界平均の1.5倍以上、10時間56分となっています。利用には仕事や勉強の時間も含みますが、スマホやパソコンにほぼ一日中かじりついていると言っても過言ではないと思います。

次に、使用するSNSについて、日本と東南アジアの若年層を比較したものが下のグラフです。動画投稿サイトのユーチューブを除くと、日本ではメッセージアプリのLINEやツイッターが人気なのに対して、東南アジアではフェイスブックとインスタグラムが人気なのがわかります。

言語、宗教、気候も
無神経が炎上を招く

このように、「デジタルネイティブ」世代の多い東南アジアにおいて、広報やマーケティングを行う上でSNSを避けては通れません。しかし過去には、SNS上のコミュニケーションについて適切な注意を払わなかったために批判が殺到する、いわゆる「炎上」が起きてしまったケースが多数あります。ここからは具体的な炎上案件を見た上で、注意すべき点を導き出したいと思います。

〈炎上1:ベトナム〉
「配送ドライバーが汚い」とツイート

19年6月、ベトナムでの起業をテーマとした個人(日本人)のツイッターアカウントの事案。ハノイのカフェ(スターバックス)において、東南アジアで人気のフードデリバリー「グラブフード」のドライバーが汚い格好で店内にいることが増えたので、店側は対応を考えた方がいいとする内容をツイッターに投稿。これが現地のテレビニュースで取り上げられ、フェイスブックのアカウントなども含めて炎上しました。

東南アジアの都市は、日本と比べて通年で高温多湿な場所が多く、フードデリバリーのドライバーが汗だくになってしまうのはよくあることです。それを外国人が指摘することに対し、「上から目線」を感じて抵抗感を覚えてしまうのは理解できることです。

〈炎上2:シンガポール〉
すしメニュー名に呪いの言葉

シンガポールは8月9日が国の独立記念日であり、祝賀行事やパレードなどで国中がお祭り騒ぎとなります。当然、企業としてはプロモーションのチャンス。17年にはファストフードすし店「Maki-San」(非日系の外国人が創業)が「Maki-Kita」という名称の特別メニューを発表しました。

メニュー名の「Maki-Kita」は、マレー語で歌われるシンガポール国歌「進めシンガポール」の冒頭にある「Mari kita rakyat Singapura(シンガポール国民よ)」をもじったものでしたが、実は「Maki-Kita」とはマレー語では「自分たちを呪え」という意味でした。SNS通じてこの特別メニューを発表した直後に当然ながら炎上し、すし店は謝罪(※)に追い込まれました。
※「Maki-San」のフェイスブック上での謝罪

シンガポールには公用語が4つあり(マレー語、英語、中国語、タミル語)、宗教も仏教、イスラム教、キリスト教、ヒンズー教などあり、民族も多様です。そうした多様性に対する配慮が欠けた事例だったと言うことができるでしょう。

炎上したすしメニュー(筆者提供)

〈炎上3:マレーシア〉
ナイトクラブでヒジャブ発表会

マレーシアはイスラム教が国教であり、髪の毛を覆い隠すスカーフ「ヒジャブ」を多くの女性が着用しています。元々は地味な色が主流だったヒジャブですが、昨今ではファッション性を求める人が増えたため、さまざまな色や模様のヒジャブも登場しています。

「ナエロファー・ヒジャブ」はそんなブランドの一つですが、18年2月にヒジャブ新商品の発表会をナイトクラブで行いました。これに対し、イスラム教がタブーとする飲酒をする場所であるナイトクラブで発表会を行ったとして批判が殺到し、炎上につながりました。 人々が大切にしている宗教上の価値観を見誤ったために炎上してしまった例と言えます。

ナイトクラブでのヒジャブ発表会を受け炎上するSNS(著者提供)

際どい話はしない
事前に対応決める

いくつかの炎上事例を見てきましたが、メッセージの受け手にとってどのような内容が不快になるのかは、現地の文化や言語に精通していないと難しい部分があります。民族的・価値観的に同一性の高い日本と比べ、東南アジアは民族や宗教が多様であり、また経済の発展に伴って社会的な階層もダイナミックに動いているために、さまざまな受け手を想定してチェックする必要があります。

メッセージや商品名、サービス名が宗教を冒涜(ぼうとく)したり、人種差別する内容になっていないか。日本では気にされないような振る舞いが、現地で誤解を生んでしまう可能性はないか。ハラスメントにつながりはしないか。文化的に許容されるのか(例えばタイでは王室は大変敬われており、批判することはタブーです)。さまざまな角度でチェックする必要がありますが、一つ鉄則を挙げるとすると「政治・宗教・民族には一切触れない」ことが大切です。

さらに留意すべきは、「一度インターネットやSNSで拡散された情報を全て消すことは難しい」ということです。スクリーンショットを撮られたり記事化されたりすることで、それらは永久にデジタル空間に残ってしまう可能性があるため「後から修正できる」という考えは捨てなければなりません。そして、もし炎上が起きてしまった場合はどのように謝罪などの対応を行うかを決めておき、迅速に火消しを行うことも傷口を広げないためにとても重要になります。


     

根来諭(ねごろ・さとし)

株式会社Spectee(スペクティ)取締役COO兼海外事業責任者。ソニーで日本、フランス、シンガポール、アラブ首長国連邦での事業管理とセールス&マーケティングに従事。中近東アフリカ75カ国におけるレコーディングメディア&エナジービジネスの事業責任者を経て2019年、スペクティ参画。福島県郡山市での東日本大震災の被災、パリ駐在時の同時多発テロ、危険度の高い国への多くの出張などの実体験を生かし、防災・危機管理の世界をテクノロジーで進化させることにまい進している。


<Spectee>

リアルタイム防災・危機管理情報ソリューション「Spectee Pro(スペクティプロ)」を提供。人工知能(AI)などの最先端技術を活用してSNS・気象データ・交通情報などのビッグデータを解析し、災害・事件・事故など危機管理に関する情報を数多くの自治体や民間企業に配信している。「危機」を可視化することで、全ての人が安全で豊かな生活を送れる社会の創造を目指している。


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