NNAカンパサール

アジア経済を視る October, 2021, No.81

【アジアSNS・リスクウオッチ】

第3回 アジア系の危険度増
    ヘイトクライム深刻

新型コロナウイルス感染症の拡大を理由に、アジア人に対するヘイトクライム(憎悪犯罪)が世界各地で発生し、その様子がSNSを通じて拡散されることが増えています。「コロナを持ってくるな」「中国に帰れ」「ウイルスでくたばれ」といった暴言を吐かれ、唾を吐きかけられたり、職場などで避けられたりするようなケースや、中には激しい暴力を加えられる悪質なものもあります。

アジア系住民に対する差別に抗議してデモ行進する市民たち=2021年4月14日、米国・ニューヨーク市(新華社)

米国・ニューヨークのコンビニエンスストアで韓国人の青年が襲われて暴言を吐かれる(スペクティ提供)

同じくニューヨークで65歳のアジア系の女性が襲われる(スペクティ提供)

上記2つのツイッターは、米国ニューヨークにおける事案の例です。

本当にアジア人に対するヘイトクライムは増加しているのでしょうか。米国カリフォルニア州立大学の中にあり、ヘイトクライムや過激主義について研究するCenter for the Study of Hate and Extremism (CSUSB)という組織が集計した数字をご紹介します。

左の円グラフは、年末からコロナが広がり始めた2019年と感染が全世界に拡大した20年の、米国主要都市におけるヘイトクライムの統計データです。総件数は、1,877件から1,773件と6%の減少を見せていますが、そのうちアジア系に対する事案をカウントすると49件から120件へと2.4倍に増加しています。

さらに、右の棒グラフは四半期ベースでは執筆時点で最新の数字です。21年第1四半期(1~3月)のアジア系に対するヘイトクライム事案は、前年同期に比べて実に2.9倍の110件を記録しています。20年は年間で120件だったことを考えると、この傾向が続けば21年通期でも前年の3倍近くに増えることが予想されます。

このCSUSBの調査対象はアメリカの主要都市のみです。アジア系へのヘイト反対を訴える人権団体であるSTOP AAPI HATEのレポートを見ると、通報を受け付けたアジア人に対するヘイトクライムは20年3月19日から21年6月31日の15カ月間に、全米で9,081件あったとしています。しかし、この数字すら氷山の一角であり、報告されていない事案も含めると膨大な数のヘイトクライムが発生していることは間違いないでしょう。

同レポートにある、差別の態様を分類したものが下のグラフです。

言葉での攻撃が63.7%と圧倒的に多いものの、身体的な危害を加えられるケースも13.7%に上ります。南部のアトランタで3月に起きた、白人の男がマッサージ店で銃を乱射し、アジア系女性6人が死亡した痛ましい事件は極端な例ではありますが、アジア人としては「自分の身の安全を守る」という意識が必要だと思われます。

また、フランスの市場調査コンサルティング会社Ipsosによる世論調査では、米国人の約10人に3人が「誰かがアジア人をコロナ禍の原因だとして責めているのを目撃したことがある」とする世論調査があります。これは驚くべき割合ではないでしょうか。

まるで現代の黄禍論
感染症で差別顕在化

ここまで、統計情報が豊富な米国を例に見てきました。米国では、トランプ前大統領が新型コロナウイルスを「Chinese Virus(中国ウイルス)」と繰り返し呼び続けたことや、中国を脅威と捉えて対中強硬路線に本格的にかじを切ったバイデン政権の姿勢やウイグルに関する報道といった、嫌中意識が高まる特殊な背景があったことも確かです。

では、米国以外の国はどうでしょうか。報道によると、英国やカナダなど欧米のさまざまな地域でもアジア人種差別が台頭しているようです。19世紀後半から20世紀前半にかけて白人国家を席巻した「黄禍論」が現代に復活したかのようで、アジア発で広がった新型コロナウイルスへの嫌悪感と人種差別がない交ぜになったものと思われます。

1968年のインフルエンザの流行が「毛沢東インフルエンザ」と呼ばれたり、2012年のMERSが「中東呼吸器症候群」と呼ばれたり、14年のエボラ出血熱発生時にはアフリカ系の人が排斥に遭うなど、感染症のパンデミック(大流行)は人種差別の意識を顕在化させる傾向があります。

こうした中、SNS上ではアジア人に対するヘイトを止めようという呼びかけも盛んに行われています。

カナダで反アジア人ヘイトを訴えるメッセージ(スペクティ提供)

今年3月、米国で行われた反アジア人ヘイトを訴えるデモ(スペクティ提供)

コロナを理由にした人種差別の抑止を訴える動画(スペクティ提供)

しかし一方で、残念ながらSNSにはヘイトを助長してしまう側面があることは否定できません。ツイッターやフェイスブックといったSNSには2つのメカニズムが内在しています。

一つは「エコーチェンバー現象」。メディアから情報を受け取り、個人がその情報を同じような意見を持つ人たちとの狭いコミュニティの中で伝え合うことで、その意見が間違いないものだ、自分たちが圧倒的な多数派だ、という信念が増強されてしまう現象を言います。エコーチェンバーとは「残響室」を意味し、狭い部屋の中での声が残響としていつまでも響き続ける様に似ているため、この名称が付きました。

もう一つは「フィルターバブル現象」。SNSやインターネットの検索サイトのアルゴリズムは、その人が見たい情報を見せるように設計されています。見たくない情報は排除され、フィルターを通り抜けた見たい情報だけを受け取り続けることで、あたかもそれが世界の全てのように錯覚してしまうことにつながります。こうしたメカニズムが、人々の視野を狭め、ヘイト意識の強化を促してしまっていると言うことができます。

SNSは、その情報が有害だったり事実とは異なったりするものであったとしても、特定個人の意見や考えを広く流通させることができるメディアです。また、それは燎原(りょうげん)の火のように急速に広がるため、SNS運営会社が手を打つ前に広く行き渡ってしまいます。

例えば、フランスでは昨年10月に「道で出会ったすべての中国人を襲え」という投稿が拡散され、それに触発された人が実際にアジア系の人間を襲うといった事件が起きています(東京新聞「『中国人を襲え』SNSで拡散…アジア人の暴行事件や差別相次ぐ コロナ第2波のフランス」)。

反中意識が拡大
日本人も警戒を

こうした風潮の中、欧米だけで気を付ければいいというわけではありません。昨今の中国の「戦狼外交」と呼ばれる強気な外交姿勢も相まって、東南アジアにも反中意識が広がっていると言われます。ベトナムでは14年に大規模な反中デモが起き、17年にはインドネシアで経済力を持つ華人を標的に暴動が発生し、店舗などが破壊・焼き討ちされことがありました。

中国人と見分けるのが難しい日本人も、こうした事態を警戒しておく必要があります。居住国のSNSをウオッチし、ローカルの人から情報を集めるなど、日本人が標的にされかねないような投稿が広く出回っていないか、アンテナを張っておく必要があるでしょう。

差別心は、社会が不安定になったり、自分が弱い立場に置かれた時、ネガティブな気持ちのはけ口を探して芽生えるものだと思います。コロナ禍で生活が制限され、ストレスが募る日々が続きますが、他者を思いやれる心の余裕を保てればと思います。


     

根来諭(ねごろ・さとし)

株式会社Spectee(スペクティ)取締役COO兼海外事業責任者。ソニーで日本、フランス、シンガポール、アラブ首長国連邦での事業管理とセールス&マーケティングに従事。中近東アフリカ75カ国におけるレコーディングメディア&エナジービジネスの事業責任者を経て2019年、スペクティ参画。福島県郡山市での東日本大震災の被災、パリ駐在時の同時多発テロ、危険度の高い国への多くの出張などの実体験を生かし、防災・危機管理の世界をテクノロジーで進化させることにまい進している。


<Spectee>

リアルタイム防災・危機管理情報ソリューション「Spectee Pro(スペクティプロ)」を提供。人工知能(AI)などの最先端技術を活用してSNS・気象データ・交通情報などのビッグデータを解析し、災害・事件・事故など危機管理に関する情報を数多くの自治体や民間企業に配信している。「危機」を可視化することで、全ての人が安全で豊かな生活を送れる社会の創造を目指している。


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