NNAカンパサール

アジア経済を視る November, 2021, No.82

【アジアSNS・リスクウオッチ】

第4回 不安が接種はばむ
    ワクチンデマ問題

世界で猛威を振るってきた新型コロナウイルス。現在はワクチンの接種が世界的に進展し、感染者や重症患者の数を一定以下に抑えつつ、それに合わせた医療リソースを確保することで「コロナとの共存」を図るという次のフェーズに向かっています。しかし、世界的に共通する問題として横たわるのが「ワクチンデマ問題」です。

フィリピン政府はマニラ首都圏を中心に新型コロナウイルスのワクチン接種を進めている=9月、フィリピン・マカティ市(NNA撮影)

「コロナとの共存」の段階に向け、各国の人々が集団免疫(人口の一定以上が免疫を持つこと)を獲得し、感染の連鎖を不活発にして流行を終息させるためには人口の60~70%の人がワクチンを接種する必要があるとされています。

また、コロナ流行以前のように国と国の往来を全面的に再開するためには、世界全体でワクチン接種率を高めていく必要がありますが、実際のところワクチンの接種率は国によってばらつきがあります。

下記は英国オックスフォード大学が運営するウェブサイト「Our World in Data」がまとめている情報で、東南アジア諸国連合(ASEAN)各国におけるワクチン接種率を表したグラフになります。シンガポール、カンボジア、マレーシアは人口の半数以上が2回接種を終えている一方、ベトナム、インドネシア、フィリピン、ミャンマーなどは非常に低い数字にとどまっています。

ワクチン接種率が低い国々では、どのような背景や理由があるのでしょうか?

一つには、発展途上国においては政府の外交交渉能力や資金力が低く、国として必要なワクチンが確保できていないということがあるでしょう。また、村落地域などにワクチンを低温のまま運ぶことの難しさや、ミャンマーなどでは軍事クーデター後の混乱で内戦に近い状態に陥っており、そもそも輸送が難しいという理由もあるかもしれません。しかし、世界的に共通する問題として横たわるのが「ワクチンデマ問題」です。

フィリピンの世論調査会社Social Weather Stationsのサーベイによると、ワクチンを進んで受けたいと考えている人は10人に3人しかおらず、またタイの国立ラチャパット大学スアンドゥシット校の調査によると、タイでは3割の人がワクチン接種に懐疑的という結果が出ています(いずれも2021年5月時点)。その理由として、ワクチンの安全性への不安、つまり副作用による体調悪化や、場合によっては失命するのではとの恐れが背後にあります。

これらワクチン接種を恐れている方々の中には、正しい情報を仕入れた上で正しく怖がっている方もおられるでしょう。実際、副反応で発熱したり筋肉痛になったりするのは一般的なことです。しかし同時に、世界中でワクチンデマが流布しており「間違った情報」によって接種を怖がっている方もたくさんいることが推測されます。そうした、間違った情報が流通するメディアとしてSNSが大きな役割を果たしてしまっています。

上述のタイの調査では、ワクチンに関する情報ソースとして信頼するのは「医師や医療関係者」が65.30%、「研究者や専門家」が59.75%なのに対して「フェイスブック、ツイッター、インスタグラムといったSNS」も46.98%の人が信頼するとして挙げています。SNSには信頼に足る人や組織からの情報発信もあれば、誤った情報を意図的に流すようなアカウントもあって玉石混交ですが、それにもかかわらず約半数が信頼をしているというのは非常に高い数値と言えるのではないでしょうか。

「プーチンの娘も死亡」
接種の恐怖あおるデマ

では具体的にどのようなデマがあるのでしょうか。3つの例を挙げます。

〈デマその1:フィリピン〉
「フィリピンのタルラック市で、5人がワクチン接種を受けたあとに死亡した」

これはフェイスブック及びツイッターで拡散されたものですが、フィリピン保健省とタルラック市当局が明確に「虚偽」であると否定しました。

AFP通信によるファクトチェック(事実確認)も「虚偽」と判定(筆者提供、画像は投稿のアーカイブへのリンク、画像説明はファクトチェックへのリンクあり)

〈デマその2:ロシア〉
「プーチン大統領の娘が新型コロナウイルスのワクチンを接種して死亡した」

こうした事実はありません。この情報はToronto Todayというサイトに掲載されたもので、バズフィードの記事によるとツイッターやフェイスブックで3万7,000以上シェアされており、広くSNS上で拡散されたことが伺えます。

日系ニュースメディア「BuzzFeed Japan」もファクトチェックによるレーティングを行った(筆者提供、画像説明はファクトチェックへのリンクあり)

〈デマその3:タイ〉
「ワクチンを無料で打てる」

「19~59歳の人であれば無料でワクチン接種できる」とする投稿と、対象の11の病院が具体的に挙げられた投稿がフェイスブックに載り、タイでシェアの高いLINEで拡散されました。これ自体はワクチン接種を忌避させるものではありませんが、拡散させる意味がよく分からない虚偽情報もこのように広まってしまうケースがあるという見本です。

これもファクトチェックに引っ掛かった(筆者提供、画像は投稿のアーカイブへのリンク、画像説明はファクトチェックへのリンクあり)

災害時に多く発生
不安がデマ広げる

どうしてこのようなデマが広がってしまうのでしょうか。

デマの発生は、一般に災害発生時に多く見受けられます。日本でも16年に発生した熊本地震の際、「動物園のライオンが逃げ出した」というデマがツイッター上に出回り、市民の混乱を呼びました。また、18年の北海道胆振東部地震では「電気が止まるので携帯電話が使えなくなる」というデマが流れて、携帯電話各社が対応に追われることもありました。

ウイルスの流行にせよ、地震にせよ、災害は人の心に不安を呼び起こします。そんな不安の中で人は何か有用な情報がないかとSNSで情報を収集しようとする一方、真偽のはっきりしない情報であっても良かれと思って家族や友人に共有する傾向があります。

こうした環境の中で、そもそも間違った情報や、伝わっていく中で間違った内容に変化していしまったような情報が流布してしまうのです。誤った情報が急速に拡散されてしまうことは「インフォデミック」と呼ばれ、パンデミック(感染症の世界的流行)と共に世界を広くむしばんでいます。

また、そうした不安に意図的に付け込んで収益を得ようとしている人がいるのも問題です。反ワクチンセミナーを開催して入場料を取る、反ワクチンのサイトを開設して広告料を得ているようなケースが世界中であります。

広く多様な考えに接し
各自リテラシー向上を

SNSでは、ユーザーが見たいものを見られるようにアルゴリズムが組まれているため、同じような思想・考え方の人々とつながりあい、そして似たような意見を繰り返し聞くような状態となります。これは「エコーチェンバー現象」と呼ばれ、何度も同じような情報に触れることによって、あたかもそれが絶対的に正しいかのように思いこんでしまうことにつながります。

デマを信じ込まないためには本当に事実かどうか疑う姿勢を持つこと、また狭いコミュニティーの中で完結するのではなく、意図的に広く色々な考えに触れることが大切です。しかし、現実問題として特に医学のような専門分野について、自分で事実かどうかを確認すること(ファクトチェック)は難しいと言えます。

一方、このような状況を問題と捉えてファクトチェックをする人や組織も多く現れています。例えば、インドネシアにはCEKFAKTAという現地語のウェブサイトがあり、ワクチンを含むさまざまな情報のファクトチェックを行っています。また、先述の画像の説明で示した通り世界的な通信社であるAFP通信もファクトチェック専用のページを立ち上げています。日本でも、FIJ(ファクトチェック・イニシアティブ)という組織が社会に誤った情報が広がることを防ぐ目的で活動しており、海外のデマ情報をチェックしているページは大変有用です。

SNSは、一般の個人が気軽に情報を収集したり発信したりできる大変便利なツールですが、デマを拡散するためにも使われてしまっているのが現状です。デマを信じ込まないためには、われわれ一人一人がリテラシーを高める以外に方法はありません。

また、狭い人間関係に閉じこもるだけではなく、広く情報交換することで視野狭窄(きょうさく)に陥らないことも重要です。この10年で急速に普及したSNSをわれわれはまだ正しく使いこなせているとは言えないからです。早期にワクチン接種が進み、世界中で人々がリアルに交流できるようになることを望みます。


     

根来諭(ねごろ・さとし)

株式会社Spectee(スペクティ)取締役COO兼海外事業責任者。ソニーで日本、フランス、シンガポール、アラブ首長国連邦での事業管理とセールス&マーケティングに従事。中近東アフリカ75カ国におけるレコーディングメディア&エナジービジネスの事業責任者を経て2019年、スペクティ参画。福島県郡山市での東日本大震災の被災、パリ駐在時の同時多発テロ、危険度の高い国への多くの出張などの実体験を生かし、防災・危機管理の世界をテクノロジーで進化させることにまい進している。


<Spectee>

リアルタイム防災・危機管理情報ソリューション「Spectee Pro(スペクティプロ)」を提供。人工知能(AI)などの最先端技術を活用してSNS・気象データ・交通情報などのビッグデータを解析し、災害・事件・事故など危機管理に関する情報を数多くの自治体や民間企業に配信している。「危機」を可視化することで、全ての人が安全で豊かな生活を送れる社会の創造を目指している。


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