NNAカンパサール

アジア経済を視る May&June, 2023, No.100

【インタビュー】

北朝鮮生まれは僕の宿命
キム・ヨセフ

脱北ユーチューバー

北朝鮮出身のユーチューバーが話題だ。命がけで脱北後、韓国籍を得て日本にやってきたのは10年前。会社員生活の傍ら「日本人に北朝鮮の真実を伝えたい」と制作を始めた動画が評判になり、自伝も出版した。過酷な体験を真摯(しんし)に伝える姿に「生きる力をもらった」といった声が相次いでいる。

1985年、北朝鮮の咸鏡南道生まれ。食糧不足のため10歳で母と姉を失い、父や弟とも離別。23歳で脱北に成功し韓国籍を獲得。28歳で日本に語学留学し、大学進学を経て就職。2020年、ユーチューブチャンネル「脱北者が語る北朝鮮」開設。自伝『僕は「脱北YouTuber」』を22年に出版。大阪府在住(本人提供)

――脱北後、来日したきっかけは

北朝鮮で過ごした幼少期から周囲に元在日の人々がいたことや、僕を引き取ってくれた祖父が日本語を話せたこともあり、もともと日本に強い関心を持っていました。先に中国に逃れた父の招きで自分も23歳で脱北し、韓国に渡ったのですが「せっかく自由を得たのだからもっと広い世界を見たい」と日本に語学留学することに。それが10年前、28歳の時です。

――ユーチューブを始めた経緯は

韓国ドラマ『愛の不時着』が日本でヒットしたのがきっかけです。ドラマの内容が全てうそとはいいませんが現実には程遠い。しかも、一部の視聴者が「人民軍の将校がかっこいい」と好意的な見方をしていると知り危機感を覚えました。一方、報道が伝えるのはミサイル発射、拉致事件など政治の話題のみ。北朝鮮の実際の暮らしはどんな様子なのか、僕が北朝鮮の真実をお話ししなければと思い始めました。

――周囲の反応はどうでしたか

実は自分が北朝鮮出身であることをほとんどの人に明かしておらず、韓国から来たと伝えていたんです。中には「驚いた」と連絡をしてきた友人もいました。でも、関係が変わったということはありませんし、勤め先も応援してくれています。

――顔出しでの活動に迷いは

壮絶な半生を語った自伝『僕は「脱北YouTuber」』(光文社)を 22 年に発表(NNA撮影)

自分は日本でひっそりと生きていくつもりでしたし、もちろん悩みました。北朝鮮支持者から何かされる可能性や、北朝鮮を良く思わない人々から否定的な意見が来ることも心配でした。ただ、自由がない北朝鮮とは違い、日本は人に迷惑をかけなければどんなことも自由にできる社会。何かを恐れてやりたいことを諦めたら、日本に来た意味がないと考え直し、顔を公開して行うことにしました。

――実際に何か起こったことは

たまに脅しのようなコメントは来ます。ありがたいことに反響の多くが応援や好意的なものですが、批判的な意見をもらうと「そういう考えの人もいる」と思う反面、やはり落ち込みますね。ただ、僕が発信しているのはあくまでも実体験に基づいた事実であり、政権の悪口を言うことが動画の目的ではないと分かってほしいです。

脱北で得た自由に感謝

北朝鮮の首都、平壌から遠く離れた北東部の村で生まれ育ったキムさん。家庭は貧しく、栄養失調で家族が次々と亡くなり、父とも離別。祖父母の元に引き取られた後も学校には通えず、薬草採りなどの労働に明け暮れる日々を送る。父の援助による脱北も1度目は失敗。命がけで挑んだ2度目で成功し、念願の自由を手に入れた。

――半生を語る動画では、想像を絶する辛い体験を淡々と語る姿が印象的でした

視聴者から大きな反響があり、励ましのコメントも多く頂きました。亡くなった家族や、生き別れた弟、故郷に残してきた祖父母を思うとふと感情があふれ出ることもありますが、動画ではあえて感情を抑えています。

――どんな時に幸福、やりがいを感じるか

コメント欄やメールなどを通じていろんな方と交流している時。この10年間、多くの日本人に会いましたが、人数的にはやはり限りがあって。ユーチューブをきっかけに、オンラインであってもたくさんの方と出会えて幸せを感じます。

NNA作成

NNA作成

僕の動画には、日本に生まれた幸福を知ってほしいというメッセージも込めているのですが、それが伝わり、誰かの力になれた時にやりがいを感じます。北朝鮮ではいまだに食べ物や医療に困り、たくさんの人がつらい思いをしている。一方、日本は働けば普通に生活ができて、戦争で死ぬ心配も、政権の不満を言って捕まる不安もない。それにも関わらず生きづらさを抱える人が多い。そんな人たちに、日本の当たり前が当たり前ではない社会もあることを僕の動画で知ってもらい、前向きに生きる力を得てほしいです。

――今改めて、北朝鮮生まれであることをどう受け止めていますか

「運が悪い」と思う時期もありました。自由がない社会で、小学校もろくに通えず、父以外の家族を亡くし、韓国社会でも苦労しました。でも、失敗する人も多い脱北に成功し、こうやって日本に来て自分の思いを発信できている。生きる意味を見つけられた今、北朝鮮生まれであることを含めて使命を与えられていると感じます。

――今後、挑戦したいことは

今のように自分の経験を伝え、微力ではありますが誰かの人生の励みになるような活動を続けていきたいです。僕の座右の銘はナポレオンの「わが辞書に不可能という文字はない」。脱北して得た自由に感謝し、今後もこの精神で生きていきたいです。

(聞き手=編集・古林由香)

22年の大みそか、中国出身の義兄と韓国の釜山市を訪問。リラックスした様子で観光を楽しむ(「脱北者が語る北朝鮮」ユーチューブより)

(キム・ヨセフ提供、NNA編集)

中国出身の義兄と韓国旅行へ。会話は2人の共通言語の日本語で(本人提供)

普段は大阪府内の一般企業で会社員として働くキムさん。ユーチューブの作業は主に平日夜か週末に行い、編集も自ら手がける。再婚し韓国で暮らす父や、中国出身で日本在住の義兄との関係は良好で、動画にも登場。「父は当初、僕の活動を心配していましたが、今は理解してくれています」。趣味は風景写真の撮影と旅行で、家族旅行の様子をユーチューブでも公開している。「お金と時間ができたら世界一周をするのが夢。いろんな人たちに会い、知らない文化や価値観に触れてみたいです」

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