NNAカンパサール

アジア経済を視る October, 2022, No.93

【アジアエクスプレス】

国民の喫煙「根絶」へ
マレーシアたばこ規制

マレーシア政府が、たばこ規制の大幅な強化にかじを切ろうとしている。保健省が7月末、18歳以下の未成年の喫煙を生涯禁止する法案を連邦議会で審議にかけた。施行されれば、喫煙者だけでなく販売事業者にも罰金が科される。愛煙家の反対や、密輸品の増加を危惧する声が上がっているほか、大手メーカーなど関連産業への打撃も懸念されている。(NNAマレーシア 笹沼帆奈望)

コンビニエンスストアのたばこ売り場の様子=8月、クアラルンプール(NNA撮影)

審議入りしたのは「2022年たばこ製品・喫煙規制法案」。07年1月1日以降に生まれた国民のたばこ製品と代替品、喫煙道具の購入および使用、これら製品の販売、宣伝などを禁止する内容で、施行日に18歳に達していない国民も対象に含まれる。

政府は、若年層の喫煙を全面的に禁止することで、40年までに国内での喫煙習慣を根絶する狙いだ。同様の法案が提出された国は、ニュージーランドに次いでマレーシアが世界で2番目だという。

カイリー・ジャマルディン保健相が7月27日、法案を連邦議会下院の第1読会に提出。カイリー氏は、特に現行法で完全に取り締まることができない電子たばこ、加熱式たばこの利用者が若者の間で急増している状況に懸念を表明。「若年層の喫煙習慣を断ち切ることで、2040年までに喫煙者ゼロを目指したい」と述べた。

法律に違反した場合、2年未満の懲役刑に加えて個人で500リンギ(約1万5,000円)の罰金や地域奉仕を命じることなどを検討。販売などを行った法人は、同30万リンギの罰金刑が科せられる見通しだ。

保健省が実施した「国家健康・罹患(りかん)率調査19年版」によると、15歳以上の約1万1,000人を対象に行った調査での喫煙率は21.3%だった。全体では、15歳以上の480万人が喫煙者に当たると推計する。喫煙率は低下傾向にあるものの、健康被害は改善していない。たばこが原因の疾病で死亡した人は年間2万7,200人を超え、10年以上横ばいだという。

地元の英字紙ニュー・ストレーツ・タイムズは、小売業界の支援団体が法案が明らかになったことを受けて実施した調査では、回答者の8割近くが政府の規制強化に反対したと報じた。理由は「(未成年者の喫煙を生涯禁止する)規制は厳しすぎ、成人であっても喫煙が犯罪になることになる」と答えた人が75%で最も多かった。また、73%が「喫煙は薬物ではないため禁止の必要がない」と回答。喫煙を権利だと考える国民の意識と、政府の姿勢の乖離(かいり)が明らかになった。

息子を持つ喫煙者の男性(35)は、「人々が選択する権利を持つことが重要だ」と主張。「息子が18歳になった時に、喫煙をするか、しないかを選べるようにするべきだ」と述べた。

密輸たばこが半数超
規制で流通増の懸念

一方、たばこを吸わない首都クアラルンプール在住の女性(34)は、法案について「(健康上の観点から)若い世代にとってはいいことだ」と評価。一方で、密輸によるたばこの流通が増える可能性があるとし、「政府は取り締まりを強化する必要がある」と指摘した。

マレーシアでは、15年にたばこ税が元の税率28%から40%へと引き上げられたことを機に、密輸たばこの流通量が増えた。米調査会社ニールセンIQが実施した調査では、同年に国内で流通したたばこ総本数に占める密輸品の割合は30%台だったが、16年以降は50%以上で推移している。

都市部の屋外に設けられた喫煙コーナー=9月、クアラルンプール(NNA撮影)

エッジ(電子版)によると、マレーシアたばこ製造者連盟(CMTM)は、法案の導入は密輸の追い風となり、これまで行ってきた違法たばこ対策を無駄にする可能性があると指摘した。完全な禁止ではなく、科学的なアプローチに基づいた規制の枠組み確立を政府に要請している。

サンウエー大学経済学部のイエー・キムレン教授も同様の考えを示した上で、マレーシアのたばこの脱税額は年間50億リンギに上ると説明。「たばこ産業が(密輸メインの)違法な市場に追いやられないようバランスを取る必要がある」と述べた。

「販売する側に責任」
業界や小売にも打撃

たばこ業界や小売店にも深刻な影響が出ると見られている。地場投資会社アレカ・キャピタルのダニー・ウォン最高経営責任者(CEO)は、「たばこ産業は大きな打撃を受ける。事業を多様化しなければ、生き残れないだろう」と悲観的な見方を示す。

マレーシア華人商工会議所(ACCCIM)傘下の社会経済研究センター(SERC)でエグゼクティブディレクターを務めるリー・ヘンギー氏も、「事業者が直ちに閉鎖に追い込まれることはないが、次第に影響は表れる」と述べた。

マレーシアでは、英たばこ大手ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)や日本たばこ産業(JT)の海外事業部門JTインターナショナル(JTI)、米たばこ大手フィリップ・モリス・インターナショナル(PMI)が拠点を構えている。

マレーシアの地場コンビニエンスストアチェーン「マイニュース・ドットコム」を展開するマイニュース・ホールディングス傘下の小売り部門、マイニュース・リテールは法案が可決された場合、店舗の収益は減少すると予想。「規則順守の最終責任が販売する側にのしかかる」としている。

また、たばこを売る相手の生年月日を確認するための身分証の確認は手間がかかり、従業員を増やすことも検討しなければならないと指摘。07年以降に生まれた人材を雇用することもできないため、人手不足になるとの見方を示した。

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