NNAカンパサール

アジア経済を視る March, 2020, No.62

【Aのある風景】

十字掲げる倉庫の祈り
インドネシア人集う 大洗の教会

海外から日本に移り住むアジア人が増えている。ある者は企業が迎える高度人材、またある者は家族の生活を支える出稼ぎ労働者として。いまや全国各地にアジア系住民の姿が見られる中、バラエティー豊かな宗教施設も増えてきた。異国に暮らす彼らにとっては故郷に思いをはせ、心を支えてくれる大切な場所だ。今回、北関東にある珍しいプロテスタント教会を訪ねた(文・写真=NNA東京編集部 岡下貴寛)

2月のある日曜日、教会の礼拝に人々が集う。牧師の厳かな説教に聞き入り、聖なる十字に頭を垂れて「アミン」と唱和が響く。朝から冷たい雨が降る中、百人を優に超すクリスチャンたちが居並ぶ。その参列者は全てインドネシア人だった。

教会の名は「大洗ナザレ教会」。インドネシアのスラウェシ島北端部にあるミナハサ県に本部を持つプロテスタントの教派で、1999年に茨城県の大洗町に設立された。礼拝はインドネシア語で行われる。

大洗は太平洋に面する漁港を中心に発展した水産業の町だ。冬場の味覚で特産品のアンコウが全国的に有名だが、近年は人気アニメ『ガールズ&パンツァー』の舞台として描かれたことから、ファンも多く訪れる。その町の基幹産業を担うのがインドネシアからの移住者たちである。町によると人口1万6712人のうち外国人は831人、そのうち半数近い398人がインドネシア人だという(2020年1月末時点)。

礼拝中にスマートフォン(スマホ)・・・かと思えば、実はインドネシア語の聖書を参照。ペトラ牧師も「今はこれが普通」と話し、参列者の3~4割がスマホで代替していた。日本キリスト教団によると「日本人の教会では使われないが、世界では一般的。特にアジア系の教会では多く見られる光景」という=茨城・大洗町(NNA撮影、以下同)

礼拝中にスマートフォン(スマホ)・・・かと思えば、実はインドネシア語の聖書を参照。ペトラ牧師も「今はこれが普通」と話し、参列者の3~4割がスマホで代替していた。日本キリスト教団によると「日本人の教会では使われないが、世界では一般的。特にアジア系の教会では多く見られる光景」という=茨城・大洗町(NNA撮影、以下同)

インドネシア人の増加は、1990年代にミナハサの女性が日本人と結婚し、大洗に移り住んだのが始まりだった。同教会と協力関係にある日本キリスト教団によると、水産加工会社で働くことになったその女性の仕事ぶりが良かったこともあり、さらなる就労者をミナハサから募集。出身者のコミュニティーが拡大していったという。

インドネシアといえば世界有数のイスラム教徒を抱える国だが、ミナハサは異なる。かつてオランダの東インド会社がこの地域で住民をキリスト教化した影響から人口の9割をクリスチャンが占める。そのため、ミナハサにルーツを持つ在大洗のインドネシア人はキリスト教徒が圧倒的に多く、小さな町ながら教派ごとにいくつもの教会がみられる。

大手建設機械会社の重機オペレーターとして働くジョウディ・パンゲマナンさん(40、左)は、妻と2人の娘を伴い毎週参列。「子供も日本になじんでおり、これからも生活していく。今は住宅を買いたい」と貯金に励んでいる

大手建設機械会社の重機オペレーターとして働くジョウディ・パンゲマナンさん(40、左)は、妻と2人の娘を伴い毎週参列。「子供も日本になじんでおり、これからも生活していく。今は住宅を買いたい」と貯金に励んでいる

家族連れが多いため、幼い子供の待機室も用意

家族連れが多いため、幼い子供の待機室も用意

昨年10月、ミナハサの本部から派遣されて来たペトラ・ドルスジェ・エドウィン・フェリー・ラウ牧師(48)によると、大洗ナザレ教会の信徒の数は現在200人以上。内陸の土浦市や栃木県、東北からも「インドネシア語での礼拝を求めて遠路はるばるやってくる人が少なくない」という。

大洗ナザレ教会の建物は元々は倉庫で、地元の日本人の所有物件を借りている。縦40メートル、横20メートルほどの大きさで百人以上が入っても空間には十分余裕がある。以前は、町内の水産会社が持つ別の倉庫を借りていたが8年ほど前に移転。信徒たち自ら内装や塗装を手掛け、きれいに改修した。

他の教会の多くは建物を持たず、礼拝や集会時のみ民家や施設を一時的に借りるのに対し、同教会は建物が常設という点を生かしてインドネシア人同士の寄り合い所の役割も果たしている。「いずれ、ここも手狭になる。ゆくゆくは自分たちの教会を持ちたい」とペトラ牧師は話す。

礼拝後、2月生まれというペトラ牧師(右から6人目の男性)の誕生会を開催。信徒が飾り付けやケーキの用意を行い、コーラスで祝福した。=同

礼拝後、2月生まれというペトラ牧師(右から6人目の男性)の誕生会を開催。信徒が飾り付けやケーキの用意を行い、コーラスで祝福した

誕生会では、故郷ミナハサのごちそうが振る舞われた。「ミナハサの料理は普通のインドネシア料理よりもずっと辛い」(パートさん)=同

誕生会では、故郷ミナハサのごちそうが振る舞われた。「ミナハサの料理は普通のインドネシア料理よりもずっと辛い」(パートさん)

ホッケの開きなど鮮魚の加工場に勤めるパート・アルファさん(39)は、約20年前の2001年に来日。父母と、既に結婚していた妻を伴って大洗に移り住んだ。「おじいさんが日本人だった。仲間も祖父母が日本人などの日系インドネシア人が多い」と話す。現在は家族が増え、3歳、7カ月の元気盛りな2人の男の子を育てている。「大洗は気に入っているので、ここに家を買って長く暮らしたい」(パートさん)

【動画】インドネシア人女性らによる讃美歌=茨城県大洗町(NNA撮影)

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