NNAカンパサール

アジア経済を視る September, 2018, No.44

【アジア取材ノート】

「甘さ」「歯応え」「手軽」で訴求

日本産高級ブドウ、市場定着目指す

マレーシア

国民1人当たりの国内総生産(GDP)が1万米ドル(約110万円)を超え、東南アジア諸国連合(ASEAN)の中では高い購買力を誇るマレーシア。「貿易立国」を自負する国らしく、スーパーでは地元産のみならず、欧州、中東、アフリカ、オセアニア、米国、韓国、中国……と世界各地から輸入されたフルーツが棚を彩る。日本産の果物は贈答品としての需要が高く、中でも近年人気を集めているのがシャインマスカットを中心とする高級ブドウだ。日本の産地は売り込みを強め、市場への定着を図っている。(文・写真=NNAマレーシア編集部 降籏愛子)

日系百貨店の食品売り場に並ぶ日本産ブドウ=クアラルンプール(NNA撮影)

日系百貨店の食品売り場に並ぶ日本産ブドウ=クアラルンプール(NNA撮影)

百貨店の食品売り場に並ぶ日本産ブドウ=クアラルンプール(NNA撮影)

「シャインマスカットは、『甘さ』『歯応え』『手軽』と、マレーシア人の心をつかむポイントを全て兼ね備えている」と強調するのは、日本貿易振興機構(ジェトロ)クアラルンプール(KL)事務所の重松広美部長だ。

シャインマスカットは、1988年に日本で誕生した品種。美しいヒスイ色をした大粒の果実には種がなく、皮ごと食べられるのが特徴だ。甘みが強く、シャリっとした歯応えがある。

マレーシアで出回るモモやイチゴは、日本産よりも歯応えが強い。「果物=歯応えがある」というイメージが定着しているため、ブドウの中でも食感のあるシャインマスカットは、特に人気が高いのだという。また、皮ごと食べられるという点は、手軽さに加え農薬などの心配がないという証でもあり、食の安全や健康に関心が高い華人系や子どもを持つ家庭などへの訴求ポイントになる。

さらに、シャインマスカットは貯蔵性に優れ、輸送中に果実が房から落ちてしまう脱粒が少ないため、輸出に向いているという流通側の利点もある。

ケースごと「まとめ買い」も

シャインマスカットは、北は山形県から南は大分県まで、日本各地で広く栽培されている。価格は産地によってまちまちだが、中でも岡山県産の「晴王(はれおう)」は、ブランド品として高値で取引される。マレーシアの百貨店での販売価格は、1房500リンギ(約1万3,600円)以上だ。こうした化粧箱入りのシャインマスカットは贈答用としての需要が高い一方で、最近では富裕層を中心に味の良さが広がり、家庭用に頻繁に購入する固定客も付きつつある。

首都圏を中心に展開する高級スーパー「ジャヤ・グローサー」によると、シャインマスカットやピオーネなど日本産の高級ブドウは、2017年に前年比40%増の売り上げを記録した。

日本産の果物を多く取り扱う日系輸入業者によると、固定客の中には百貨店や高級スーパーでの購入では間に合わず、卸業者まで直接買い求めに来る人もいるという。「『孫がこのブドウしか食べない』『友人や親戚に配る』と言って、毎年シーズンになると1回当たり10~20ケース(1ケース5キログラム、7房入り)ものシャインマスカットをたびたび買いに来る年配客がいる」(日系輸入業者)というから驚きだ。

山梨県からの輸出量、3.7倍に

KL市内の高級スーパーでトップセールスを行う、笛吹市の山下市長(中央)と笛吹農業協同組合の小池氏(右)(笛吹農業協同組合提供)

シャインマスカットの産地の中で、近年特にマレーシア市場への売り込みを強めているのが山梨県だ。

17年度に同県が輸出した果物57万4,690キログラムのうち、マレーシア向けは1万5,104キログラムと構成比は2.6%にすぎないが、前年度比での伸び率では、香港、台湾、シンガポールといった上位市場を上回り3.72倍に拡大。前年4位だったタイを逆転した。金額ベースでは3.63倍に拡大し、単価の高いシャインマスカットの輸出増加がけん引している。

フルーツ王国・山梨県の中でも特に果物の生産が盛んな笛吹市は8月9~10日に、KL市内の高級スーパーで、山下政樹市長によるトップセールスを実施。名産のモモやブドウをアピールした。笛吹農業協同組合の小池一夫代表理事組合長によると、シャインマスカットは日本国内でも人気が高く、常に品薄の状態。ここ数年全国で生産量が伸びているにもかかわらず、価格は高騰しているという。ただ、「日本では価格が手ごろな小ぶりのものが好まれる一方で、海外では日本では売れにくい大ぶりで高価なものが好まれるという違いがあるため、品薄と言われる中でも安定して輸出向けの商品を確保できている」(小池氏)といい、引き続き輸出に力を入れていく方針だ。

最終的にはインバウンド増加を

山梨県農政部で輸出支援を担当する草間聖一氏によると、物産展やトップセールスなどの一時的なプロモーションのみならず、現地の卸業者と提携を強め、地場の高級スーパーなど恒常的な販売網を確立したことも、輸出増加につながった。

山梨県は16年、KL市内中心部ブキビンタンの商業施設「パビリオン」内に、県産品販売や観光情報などを発信する常設のアンテナショップ「富士の国やまなし館KL」を開業した。海外で独立した常設店舗を設けるのはマレーシアが初めてで、旬の季節になるとモモやブドウなどの県産果実も並ぶ。

草間氏によると、山梨県はアンテナショップをきっかけに農業、観光、製造業の連携を図り、最終的には県を訪れる訪日観光客の増加というインバウンド需要につなげたい考えだという。

記者の所感:

シャインマスカットや巨峰、ピオーネといったブドウは近年、マレーシアでの売り上げが伸びている。甘くてジューシーな日本のフルーツは、富裕層の贈答品から日常の食卓へと、着実に根付きつつあるようだ。

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