NNAカンパサール

アジア経済を視る October, 2017, No.33

地場の人材育成は事業継続の要

低賃金の労働者を大量に雇い、辞めたらまた新しい労働者を探すというやり方はいつまでも続けられるものではない。結局は地場の人材を育てることがその国・地域のためになり、今後もアジアで事業を続けていくことができる。ものづくりはひとづくりから─。このような方針の下に現地展開する企業も存在する。ミャンマーやインドでの動きを見た。

人が死なない現場を──KNDコーポレーション

日本の引きのこを使い木材の切り方を学ぶ。工具類はすべて日本製だ(KND提供)

朝一の工事現場、労働者たちが体操をする声が響く。日本では当たり前の光景だが、ミャンマーではまだ珍しい。場所は物流・施工業のKNDコーポレーション(埼玉県戸田市)が今年5月に立ち上げたヤンゴンの建設訓練学校。4カ月のコースを受講する学生たちが、朝の体操から型枠や鉄筋の組み方の技術、図面の描き方まで、建設・建築工事のいろはを学んでいる。

建設業の底上げを

学校を立ち上げたのは、ミャンマーの主要ゼネコン約200社が加盟するミャンマー建設業協会(MCEA)の要請を受けてのことだった。MCEAによると、ミャンマーでは「労働者のレベルや技術は低く、人の命も安い」という。工事現場で死亡事故が発生しても、もともと労働者としての登録がないので、死亡したのが誰だか分からないこともあるそうだ。

現場にはスカートのような筒状の民族衣装「ロンジー」にサンダル履きで入り、ヘルメットと安全靴着用という安全意識が全くない。「この状況を何とかしないと、ミャンマー建設業の底上げはできない。日本のノウハウや技術を導入したいが良案はないか」と打診されたのだ。KNDはもともと日本でミャンマー人の技能実習生を受け入れていた。神田充社長が実習生の面接でミャンマーに頻繁に通ううちに同国でのネットワークができていた。

ミャンマー人が運営できるように

図面の描き方を覚える(KND提供)

学校で建築業人材を育成する今回の事業名は「日本水準の建築技能訓練者育成プログラム普及・実証事業」という。国際協力機構(JICA)から業務委託の形で、3年間で1億円の支援を受けている(2019年7月まで)。KNDが持つ建築技能訓練者育成のノウハウをミャンマーに根付かせ、普及させるのが目的。校舎はミャンマー当局が保有する施設を借り受けた。3年後にミャンマー人自身が運営できるようにして、学校事業を引き渡す計画だ。

事業は短期間で日本水準の技術が習得できるコースの開発を目指している。これにより一定水準の技能を持つ人材や建築技能教育機関が増え、ミャンマーのインフラ整備が加速すると期待する。11年の民主化以降、インフラや住宅、ホテルなどの建設は急増しているが、今は人材や教育機関が圧倒的に足りていない状態だ。

ものつくり大学(埼玉県行田市)も教務面で協力する。大学は日本左官業組合連合会や日本型枠工事協会、全国鉄筋工事業協会などの業界団体とも強いつながりを持ち、これら団体から「現代の名工」に数えられる講師陣を派遣した。

1クラスは40人。大工、左官、型枠・鉄筋の3コースに、計120人が入学した。一部では授業についていけない者もいたが、最終的に約100人が残った。学生は全くの素人やMCEA加盟企業から派遣された幹部候補生などさまざま。そんな彼らが日本式の徹底した安全教育を受け、道具の使い方、レンガや木材、鉄筋などの扱い方を学んだ上で、木材の切断、鉄筋の加工、モルタルの塗り方を覚え、最終的には図面を描けるようになるまで育て上げる。卒業後は現場での指導者として他の人材を育成していくことも想定する。

卒業生は日本人と同じように墨糸で線が引け、図面が読めて、作業ができるレベルにある。働き口はMCEAの関連会社、つまり現地のゼネコンだ。日系企業に対しては、工場などを建設する場合、卒業生を採用している現地ゼネコンを活用するよう働きかけており、すでに数社が応じる動きを見せているという。

細かい仕事と段取り

手先が器用なミャンマー人は飲み込みも早いという(KND提供)

神田社長は「ミャンマーではこれから、安全や衛生管理がより厳しくなっていく。それを先取りして人材育成に取り組んでいる。まずは人が死なない現場をつくることが大事」と強調する。

もう一つは、ミリ単位の細かい仕事をする「日本品質」の考え方、常に次のことを考慮しながら作業をする「段取り」の考え方を身につけてもらうことだ。この方が仕事のやり直しをしないで済むので、結局は早くなると理解してもらう。

ミャンマーには中国企業も投資をしているが、MCEAは「(労働者を中国から連れてきて、中国産資材を使って工事をする)中国のやり方では、ハードウエアは残るかもしれないが、ノウハウは残らない。道路や建物をつくる人材を一から育てないと業界の底上げはできない」との考え。建設訓練学校でのノウハウを吸収し、一日も早くレベルを引き上げる構えだ。


インドで金型の「寺子屋」──事業革新パートナーズ

インドの日系企業が設置する工場で金型の「寺子屋」事業を始めるのは、企業の海外進出を支援する事業革新パートナーズ(東京都中央区、BIPC)だ。日本金型工業会国際委員でもある同社。人材育成に5年、10年を必要とする金型業界が、人材がすぐに辞めることを理由になかなか海外進出できていない状況を打破したいとの思いがあった。

一から教える

具体的には、同社の顧客である金型メーカーがインドに工場を設ける際、地場の人材を工場に招き金型製作やメンテナンス方法を一から教える。BIPCの茄子川仁社長によると、企業にとってはインターンを受け入れる「寺子屋」に近いイメージという。

「インドに工場を設ける金型メーカーは、自社のインド人技術者に何を伝えるべきか分かっている。だが、金型を買ってくれる顧客企業の金型メンテナンス部門のスタッフに自社のノウハウを教えるという発想はなかった。教えることにより授業料が得られるのはもちろんだが、何よりも自社の金型の良さをより深く知ってもらうことができる」と茄子川社長。既存顧客や潜在顧客へのPR効果が大きいと説明する。

日本の大手金型メーカー3〜4社が寺子屋事業を始める計画で、第1号は今秋スタートするという。授業料は1人当たり年間数十万円、その人材の給料相当になる見込みだが、インド政府やインド金型工業会(TAGMA)などから補助金を得て、半額程度に軽減する。TAGMAの会員企業100社程度から人材を受け入れるとみている。

数百の学校必要

TAGMAの金型技術学校の完成予想図(BIPC提供)

インド政府は製造業振興策「メーク・イン・インディア(インドでつくろう)」などを掲げ、輸入への依存度を減らそうとしている。この流れを受けてTAGMAはインド政府と共同出資し、西部マハラシュトラ州プネで11月に金型技術学校(トレーニングセンター)を立ち上げる予定。現在、ここに日本企業も出資した上でマニュアルを作成し、講師も派遣できるよう働きかけているところだ。

ちゃんとした講師がいる金型メーカーということが分かれば、インドで知名度が上がるうえ、長い目で見れば、日本の金型作りをインドに根付かせることもできる。すでに今回寺子屋をやる日系企業は賛同しているという。

茄子川社長は「金型産業が勢いよく伸びていることからインドに着目した」と説明する。同国金型産業の年産高は現在約5,000億円だが、数年後に8,000億円規模に膨らむという。この成長分をカバーする人材を育成するには、インド全土で数百カ所の金型技術学校が必要とされる。

もちろん、日本メーカーの金型ではなく、すぐに精度が落ちるが安価な輸入品を使えばいいと考えるインド企業もある。一方、自動車業界で圧倒的シェアを持つマルチスズキのサプライチェーンに食い込みたいなら、日本水準の金型技術を持つ方が有利と考えるメーカーもある。そういうところに対し、寺子屋のように目の前で一から教えることは大きな魅力となるだろう。

グローバル人材、大学寄付講座で育成
吉野家は日本でインターンシップ

企業が学生を対象に寄付講座やインターンシップ、研修を行うことも人材を育成する方法の一つ。日本政府の支援を受け、アジアで4万人の産業人材を育てることを目標とする事業が進んでいる。その一つとして、吉野家ホールディングスはタイの名門大学の学生を「今後ますます必要とされるグローバル人材」と位置付けてバンコクで寄付講座を実施し、その後インターン生として日本に招いて店舗実習などを行った。

店舗実習中のヨーさん

いらっしゃいませ! 2017年7月、東京の吉野家両国店でタイ・タマサート大学日本語学科3年生のパー・クワン(ヨー)さん、パー・ワディ(ジジ)さんの声が響いた。タイで研修を重ね、いよいよ日本で3週間のインターンシップ。2人の明るい表情はこれまでに大きな収穫があったことを物語っている。

4万人育成へ

安倍晋三首相は15年にマレーシアで開かれた「ASEANビジネス投資サミット」で、アジアで4万人の人材を育成する構想を発表。これを受け経済産業省はASEANでの産業人材育成支援を目的に、日ASEAN経済産業協力委員会(AMEICC)に25億円を拠出した。

AMEICC事務局はこれを活用し、(1)大学寄付講座事業(2)インフラビジネス獲得支援人材育成事業(3)ASEAN進出日系企業を通じた産業人材育成事業─を実施。吉野家ホールディングスとアジアヨシノヤインターナショナルが(1)の実施企業の一社となり、ヨーさん、ジジさんをはじめとするタマサート大の学生20人余りを対象に講座を設けた。その中から6人を選抜し日本でのインターンシップを行ったのだ。

吉野家ホールディングス・グループ管理本部グローバル人材採用戦略室の長広尚之室長は「これからASEANでの出店が増えていく中、グローバル人材はますます必要になるとの考えから、今回の寄付講座に応募した」と説明する。タイの優秀な人材に自社だけでなく、広く日系企業で活躍してほしいとの思いがある。

AMEICC事務局を支援する海外産業人材育成協会(AOTS)によると、大学寄付講座は学生の現地日系企業への就職を促進することが目的。新卒人材に求められる知識や能力などに基づき、ASEAN各国の大学などに設置される。

大きな糧

吉野家ホールディングス本社でインターンシップの成果を発表したタマサート大の6人

タマサート大の6人は店舗実習により客が満足するサービスを学び、農業実習や工場見学により安心・安全な食材作りに取り組む姿勢を目の当たりにした。キッチンカー(移動販売車)実習も行ったヨーさんは「店員が2人しかいないので、注文が集中しても滞りなくサービスを提供できるよう、在庫の量や段取りを考える必要がある」と体験を語る。インターンシップ生のほとんどが将来は日系企業で働くことを希望しており、今回の研修は大きな糧となったはずだ。

「この企業で働きたい」

主な大学寄付講座事業

寄付講座はタイ、ミャンマー、ラオス、ベトナム、インドネシアなど延べ20以上の大学で実施している。◇日本から来た講師による日本の最新トピックの講義◇その知識をベースにした現地や日本でのインターンシップ◇ジョブフェア(企業就職説明会)─の3つをセットとする。これらを通じて「この企業で働いてみたい」と思わせるきっかけをつくることを狙う。関係者は、今年後半以降に講座を受けた学生たちが卒業する際、日系企業が現地の優秀な人材を採用することにつなげたいとする。これまでに培ったノウハウ、企業〜大学のネットワークを生かせるようにしたいところだ。

上表(一部抜粋)のように各国で講座は始まっている。種はまかれ、収穫に向けた関係企業などの努力は続く。

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