NNAカンパサール

アジア経済を視る April, 2017, No.27

車種絞り台数維持、市場拡大に備える

トヨタ・ベトナムの選択

ベトナム

東南アジア諸国連合(ASEAN)域内での完成車の関税が完全に撤廃される2018年を前に、トヨタ・ベトナム(TMV)の動向に官民からの注目が集まっている。16年のベトナム自動車販売台数は30万台(ベトナム自動車工業会)を突破したものの、タイをはじめとした周辺国に比べて規模が小さく、裾野産業も思うように発展しないベトナムから、トヨタは撤退するのではないか――。一時は国内でそんなうわさも流れた。ただ、トヨタ側はこれを否定。1月からベトナムに赴任したTMVの木下徹社長は、国内での生産車種を絞りつつ台数を維持し、市場の拡大に備える姿勢を示した。
(小堀栄之、京正裕之=文、写真)

トヨタ・ベトナム工場

TMVが現在ベトナムで生産しているのは、セダン「カムリ」「カローラ」「ヴィオス」と7人乗り多目的車(MPV)「イノーバ」の4車種で、国内での年産能力は約5万台。TMVは17年1月に、それまでベトナムで生産していたフォーチュナーをインドネシアからの輸入に切り替えることを決定した。18年以降にタイやインドネシアからの輸入車と競争が激しくなることを見据えて1車種当たりの生産量を増やし、集約化と効率化を進めるためだ。

木下社長は「生産能力が5万台の工場で5車種を作るのは効率が悪く、輸入車とコスト面で戦えない。1モデルで2万~3万台作れば、ベトナムでの生産車がベトナム国内でのコスト競争力で優位に立てる可能性がある」と戦略を説明する。例えば、タイで生産している車は右ハンドルが多く、ベトナム向けに左ハンドルにする工程を必要とし、これにタイからの輸送コストが加わる。これらを合わせたコスト(現着コスト)を考えると、ベトナム国内で一定の規模を生産できれば、その方が安く済む可能性が高まる。将来的には、一層のモデルの絞り込みも検討している。

生産モデルの選択と集中を進めつつ、年産5万台の生産能力をフルに活用しコスト競争力を高めていくことが、当面はTMVにとっての生き残り策。16年の販売数が1万台以上だったフォーチュナーの穴埋めは簡単ではないが、数年かけてこれを5万台に近づける努力を続ける。

コスト圧縮に向けて木下社長は「人件費の上昇を踏まえた一部工程の自動化にも検討の余地はある」と語る。ただ、手作業主体のベトナム工場では、基本的には「カイゼン」を積み重ねることが主眼となる。現場からの声を積極的に吸い上げて作業の環境と職場の環境を変えていくことで、効率化を進め、品質の向上につなげていく。「ベトナムの人材は勤勉で吸収力が高く、モラルも高い」。人材の質の高さをベトナムの強さに直結できるよう、周辺国の事業体への研修派遣なども積極的に活用し育成に力を入れる。

商機大きい日系の部品メーカー

生産モデルの絞り込みとともに、コスト面での鍵となるのは部品の現地調達率の引き上げだ。TMVの現地サプライヤーの数は、ティア1(1次下請け)で29社。たとえばタイのトヨタではティア1が100社以上あるとされ、顕著な差がある。現地調達率の差は、ベトナムとタイの自動車市場の規模の差を、そのまま反映している。TMVがベトナム政府に対し、自動車市場を安定的に拡大させる政策の実施を一貫して求めてきたのは、この差を埋めるためとも言える。現地調達率を高めるには、TMV一社の努力では限界があり、足元のマーケットが拡大することが最も重要な要素になるからだ。

1995年設立のトヨタ・ベトナム。年産5万台の能力をフルに活用する戦略だ

一方で木下社長は、17年に稼働予定のギソン製油所(北中部タインホア省)や台湾プラスチック(台プラ)の高炉(中部ハティン省)の例を挙げ、ベトナム国内で鉄やプラスチック樹脂を調達する川上の環境が整いつつあると評価する。また、TMVがティア1に指定する29社には、日系企業だけでなく台湾やタイのサプライヤーも含まれる。タイの業者は地元でトヨタと取引がある企業。ベトナムでも工場を構えているため、TMVが仕入れ先としている。

日系の部品メーカーの中にも、タイ事業を足掛かりにして、ベトナムへの進出を検討する企業は多いとされる。三菱総合研究所は「ベトナムではローカル・外資を含め自動車メーカーが20社ほどあるが、部品供給を担うサプライヤーの規模も技術レベルも将来需要に対し十分ではない」と指摘する。

実際、木下社長は「原価次第ではあるが、日本の企業がベトナムに進出すれば、競争優位に立てるだろう」と予想する。一般的に言って、タイや台湾企業の技術やマネジメントの力量は、ベトナムの地場企業を上回るとされる。それでも日本企業には及ばない点は多く、進出すれば、勝機は大きい。

二輪向けサプライヤーが脱皮も

ベトナムの自動車販売台数 トヨタ・ベトナムの販売台数

アジアの自動車産業を長年研究してきた早稲田大学の小林英夫名誉教授は、ベトナムの自動車市場が発展する基盤として、二輪車市場の大きさに着目する。二輪向けに部品を供給してきた企業が自動車向けの部品メーカーとして脱皮できれば、新たな部品の供給源として期待できる。小林教授は「部品の小型化や軽量化は難しいが、大型化や重量化はそれほど難しくない。二輪と四輪では部品は共通ではないし、設備も大型化する必要があるが、可能性は十分にある」と話す。

事実、トヨタが世界で取引するサプライヤーの中には二輪の部品メーカーが事業を拡大し、自動車部品を作っているケースもある。木下社長は「ベトナムの二輪部品メーカーが、四輪の部品製造に向けて追加投資する余力はあると思う。『ヒト・モノ・カネ』でいえば、ヒトの部分、つまりマネジメントが最大の問題になる」と分析する。TMVは二輪向けの部品メーカーを支援することで、国内のサプライヤーを育成することができないか、検討しているという。

トヨタ・ベトナム 木下徹社長が語る

18年以降のベトナム市場

トヨタ・ベトナム 木下徹社長

ベトナムへの輸入完成車(CBU)に対する関税率は30%。18年以降はこの関税が撤廃されることで、ベトナムが輸入する自動車の価格は下がり、市場は拡大するでしょう。ただ、市場が拡大した分がすべてCBUであれば、ベトナム国内に生産拠点を置くメーカーにとっては都合が悪い。18年以降も一部の部品には関税がかかるので、国産車が差別されてしまう「逆差別」の状況になることも考えられます。国内のメーカーはベトナム政府に対して、輸入車との実力差を埋められるような措置を取るよう、要望を出しているところです。

ベトナムの自動車市場は16年に30万台を達成し、政府は35年にこれを150万台にする目標を掲げています。一般的に、国の1人当たりの国内総生産(GDP)が3,000米ドルを超えるとモータリゼーションが始まるといわれます。現状では、ベトナムは2,000米ドル程度。都市部ではすでに3,000米ドルを超えているといわれていますが、本格的なモータリゼーションには至っていない。22~23年あたりに、市場の拡大は加速するとみています。ハノイとホーチミン市ではすでに渋滞が激しくなっているので、周辺に市場を広げる必要はあるでしょうね。ベトナム政府には、この点も踏まえてインフラ整備を急いでほしいところです。

ベトナムは人口が約9,400万人と規模が大きく、市場が拡大する可能性は高い。一方で、不安要素と考えているのはすでに高齢化が始まっているのではないかという点です。世界的にも、タイのように先進国になる前に息切れして高齢化するケースが出ていて、ベトナムもその懸念がある。市場の将来を見通す上で、大きな不確定要素です。

政府の目標通り、市場が100万台を超えることになれば、自動車メーカーにとっては「現地で作った方が安い」という状況になっているはずです。ベトナムで車を作るという選択をした企業が有利になるわけですから、トヨタとしては、それを期待しつつ、今できることを全力で頑張っていきたいと思います。

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