【アジア取材ノート】
勃興する植物工場産業
シンガポール、2年で3倍増
シンガポールの新興企業バーティベジズは中国の中科三安と提携して国内最大規模の植物工場を建設する(写真は中科三安の工場、バーティベジズ提供)
シンガポールで植物工場を開設する企業が増えている。政府が食料自給率を引き上げようとしているほか、都市型農業の集積地を目指して事業環境を整備していることが背景にある。生産拠点の数は2018年までの2年間で3倍近くとなった。政府は今後も支援体制を強化する意向を示しており、国内外企業による工場設置の動きが拡大しそうだ。(文=NNAシンガポール 清水美雪)
食料の9割以上を輸入に頼るシンガポールでは、食料安全保障の強化が急務だ。野菜の国内自給率は8%にとどまる。同国政府は食料全体の自給率を30年には30%に引き上げる目標を掲げており、地場企業が都市型農業に取り組めるよう、資金援助や技術支援を進めている。
政府の援助を受けて植物工場の建設に取り組んでいる地場企業の一つが、バーティベジズだ。植物工場は垂直農場とも呼ばれ、室内で栽培スペースを垂直に積み上げ、狭い面積で作物を効率的に栽培することができる。
バーティベジズは15年、農業関連事業に投資する地場アグリマックス・ベンチャーズの創業者アンケシュ・シャハラ氏と、植物学者のビーラ・セラカン氏が設立した企業。東部チャンギで垂直農法を利用した小規模な植物工場を持ち、葉野菜を生産している。
18年2月には、シンガポールの農食品獣医庁(AVA)が実施した農業用地入札で、北西部リムチューカンの約2ヘクタールの土地を20年の借地権付きで落札。国内で最大規模、世界でも有数の大きさを誇る植物工場を設置する計画だ。
横幅30メートルの棚が6段並ぶ栽培棚を9列配置する。葉野菜やトマト、ベリー類などを無農薬で生産する予定で、生産量は1日当たり6トン超を見込む。
新工場で生産した野菜の出荷先は交渉中だが、航空会社やケータリング会社、ホテルなどに売り込みたい考え。将来的には海外での販路開拓も目指す。
シャハラ氏によると、販売価格は未定だが、輸入商品に比べて物流コストが低く、生産効率も高いことから、長期的には従来の畑で収穫した野菜と比較しても競争のある価格を打ち出せると見込んでいる。健康志向の高まりを受け、新鮮・安全な食品に対する需要が高まっているため、消費者の近くで生産できる植物工場の潜在性需要は大きいとみている。
外資も参入、AIや機械学習を駆使
AVAによると、同国の植物工場の数は増加している。16年は12カ所だったが、17年は29カ所と2倍以上に、18年には34カ所に拡大した。
これまでに工場を開設した事業者には、バーティベジズのほか、12年にシンガポールで初めて垂直農園を開業したスカイ・グリーンズ、水耕栽培でほうれん草を生産するアルチザン・グリーン、国内で初めてイチゴ栽培に成功したサステニル(Sustenir)アグリカルチャーなどの地場新興企業が挙げられる。
外資系企業の間でも、シンガポールで植物工場を設置する動きが広がっている。パナソニックは13年、西部トゥアスのパナソニック・ファクトリー・ソリューションズ・アジア・パシフィック(PFSAP)内に工場を設置した。
シンガポールの経済開発庁(EDB)の担当者によると、米植物工場大手クロップ・ワン・ホールディングスがシンガポールでの工場建設に意欲を示しているという。同社はエミレーツ航空と、アラブ首長国連邦(UAE)ドバイに世界最大の植物工場を建設中で、年内に完成する予定だ。
EDBは「植物工場には、機械学習や人工知能(AI)、センサー、スマートデータなどの先端技術を活用できる。シンガポールは、エンジニアリング・製造技術の集積地であるため、都市型農業に必要な最先端技術がそろっている」と説明。新技術を生かして都市型農業のエコシステム(複数の企業が共存共栄する仕組み)の構築に力を入れる考えを明らかにした。
約1割と低い食料自給率を引き上げるために始まったシンガポールの植物工場は、世界で拡大する都市型農業の市場も見据えている。生産・開発拠点としての機能を強化し、新規産業として育てていく動きには今後も注目が集まりそうだ。
シンガポール政府は食料自給率の向上に加えて、都市型農業のハブ化も目指している(シンガポール経済開発庁提供)