【スペシャルリポート】 第23回釜山国際映画祭
「正常化と跳躍の元年」の裏で騒動も
韓国
アジアを代表する国際映画祭「第23回釜山国際映画祭」が10月4日から13日まで、韓国・釜山で開催された。2014年以降、映画団体のボイコットが続いていたが、今年はすべての団体が復帰。減額されたままだった行政側の支援金も、以前の水準に戻り、「今年を映画祭の正常化と跳躍の元年にする」とうたい開催された。音楽家の坂本龍一が「アジア映画人賞」を受賞するなど、明るい話題がある一方、旭日旗をめぐる騒動が起き、波紋を呼んだ。(文・写真=NNA東京編集部 古林由香)
「映画の殿堂」で行われた人気K-POPグループ、EXOのレイが登場したトークイベント。アジア各国から1,000人以上のファンが集まった=10月5日、釜山(NNA撮影)
19万5千人が参加。支援金も復活
チャン・ドンゴン、ヒョンビンら韓流アイコンから、東出昌大、柳楽優弥といった日本俳優まで、トップスターが集う開会式から始まった釜山国際映画祭。10日間の開催期間中、79カ国の324編の作品が上映され、観客総数は前年比2,000人増の19万5,081人を記録した。同時開催された映画見本市「アジア・フィルムマーケット」には、CJ ENM、SHOWBOXといった韓国の大手配給会社を中心に911社が参加。出展社数は前年比38%増という活況をみせた。
2014年、セウォル号沈没事故を題材にしたドキュメンタリー映画「ダイビング・ベル」の上映をめぐり、映画祭を主催する釜山市と映画界が衝突。翌15年、支援団体の一つ、政府関連機関のKOFIC(韓国映画振興委員会)も、映画界に対する支援金を前年に比べ44%の大幅カットに踏み切るなど、釜山国際映画祭はここ4年ほど非常事態が続いていた。
転機となったのが17年。文在寅(ムン・ジェイン)大統領が、現職大統領としては初めて釜山国際映画祭を訪問し、「政府は支援を最大限にしつつ干渉はせずに、映画祭運営を映画人の自主と独立に任せる」と明言した。そして18年4月、KOFICが「2018年国際映画祭育成支援事業審査結果」を通じ、同年の支援金を削減前の14年と同水準である15億ウォン(1億5,000万円)とすると発表。「映画祭の正常化に力を与えるため」とその理由を説明した。
「映画祭としての評価は東京より釜山」
このように、明るい話題に包まれて始まった映画祭。上映作品に目を向けると、韓国を代表する美人女優イ・ナヨンが脱北女性を演じた「ビューティフル・デイズ」(ユン・ジェホ監督)が開幕作に選ばれ話題を呼んだほか、特別企画プログラムとして「フィリピン映画100周年特別展」が開催されるなど、幅広いラインナップが目を引いた。
残念だったのが、開幕直後に起こった台風25号の襲来。釜山随一のビーチエリア、海雲台で行われる予定だった野外イベントは、全てメイン会場の「映画の殿堂」に場所を変更し開催さることとなってしまった。それでも、スターが登場する無料イベントには例年同様、多くの釜山市民が参加。学校帰りの女子高生グループから、孫を連れたシニアまで、時に真剣に、時に笑いながらゲストの話に聞き入っていた。
ちなみに、一般上映作品のチケットは6,000ウォン(約600円)。カフェでのコーヒーが1杯500円程度する当地の物価からしても、手ごろな価格設定だ。会場のあちこちでは、ボランティアスタッフが活き活きと働いており、「映画の殿堂」を起点に市内を走るシャトルバスは、映画チケットを提示すれば無料で乗車可能。日刊の公式フリーマガジンは、写真も内容も充実しており最新情報をキャッチできる。映画関係者だけでなく、誰でも映画祭を楽しむことができる環境が整っていている、という印象だった。
釜山より遅れること数週間、日本では東京国際映画祭が開催されているが(10月25日~11月3日)、「映画祭の評価としては釜山に軍配が上がる」という意見は少なくない。
「東京国際映画祭でうまくいっていないものが、ほぼうまく行っているのが釜山国際映画祭」と語るのは、日本大学芸術学部映画学科教授で、映画史や映像・アートマネジメントを専門とする古賀太(こが・ふとし)氏。
「まず、場所がいい。海辺の町なので高級保養地のような雰囲気があり、映画の殿堂という専用会場を持っている。そして、(作品選定の責任を担う)映画祭のディレクターズシステムを理解した上で始めた。だから一方では観客向け、一方では玄人向けの映画を揃えている」と説明する。
「一方、東京国際映画祭は映画会社が集まって始めた映画祭。事務局も映画会社からの寄せ集めで、松竹のビルにある。加えて、カンヌ映画祭を目指せと始めたにも関わらず、長い間、(カンヌでやっているような)ディレクターがおらず、映画会社が(作品選定などを)話し合いで決めていた。現在はディレクター制を採用し、今年は昨年に引き続き久松猛朗氏が務めるが、彼も長い間、映画会社のトップをやっていた方なので、全体として見ると映画業界のための映画祭という感じがしてしまう」と苦言を呈した。
記者会見の場で「海上自衛隊の旭日旗」
専門家からも高い評価を受けている釜山国際映画祭だが、今年は日韓関係を揺るがす騒動が起きた。事の発端は、コンペティション部門の「ニューカレント審査委員」の記者会見で、韓国のネット新聞「オーマイニュース」の記者が、審査員を勤める俳優の國村隼に投げた質問だった。
「(10月11日から韓国の)済州島で開催される国際観艦式に、海上自衛隊が旭日(きょくじつ)旗を掲げ参加すると明らかにしているが、日本人俳優としてどう思うか?」
俳優の國村隼。騒動が報じられると、「人々は、今なぜこのような厳しい状況があるのかを知りたいからこそ、世界で多くの映画が作られているのではないでしょうか」というコメントを映画祭事務局を通じ発表した(釜山国際映画祭事務局提供)
國村は、韓国のサスペンス映画「哭声/コクソン」(2016年)で怪演を見せ、韓国で最も権威ある青龍映画賞で助演男優賞と人気スター賞をダブル受賞。初の外国人俳優による受賞として話題になった。釜山国際映画祭にも2年前に参加し、舞台挨拶の場で多くの映画ファンから歓迎を受けるなど、韓国でも人気の高い俳優だ。
不意打ちの質問を受けた國村は、質問内容を聞き直し、静かに語り出した。「日本海軍自衛隊の伝統的な旗だとは知っているが、韓国の方が不快に思われる意味合いをあの旗が持っている事は、非常に理解できる。自衛隊が伝統だからと意見を曲げないのではなく、そのことで不快に思われる人たちの思いを汲むべきだろうと個人的には思っている」と自身の考えを述べた。
このやり取りが日韓で大きく報じられると、映画祭の執行委員長は7日、國村に対する謝罪コメントを発表。するとオーマイニュースは翌8日に「映画祭側が謝罪をすることなのか」と、反論記事を掲載。「取材と発言の自由」と「映画祭とは本来、政治的なものだ」と主張を繰り返す記者に、記事のコメント欄は「記者としての礼儀を欠いている」「自由という名の暴力」と、韓国人読者からの批判で埋め尽くされた。
思わぬ騒動で、本来の趣旨から外れた部分で注目を集めてしまった今回の釜山国際映画祭。来年は初の韓国映画が上映されてから100年を迎える「韓国映画100周年」とあり、映画の殿堂周辺でモニュメントなどを置く「ワールドシネマランドマーク」を造成し、第24回となる映画祭でレッドカーペットを模した「ワールドシネマストリート」が披露される予定だ。しかし先日、釜山市が予算削減を決定するなど不透明な部分も。いずれにせよ、来年も楽しみな映画祭なのは間違いない。