NNAカンパサール

アジア経済を視る November, 2018, No.46

「東西」の本から「亜州」を読み解く

アジアの本棚

『世界史序説─アジア史から一望する』

岡本隆司 著


西欧主導の「世界史」を見直す

われわれが学校で習った「世界史」は、ギリシャ・ローマから大航海時代、産業革命、英米主導の国際秩序に至るまで、イコール「西欧史」といえるような内容で、アジアは時々出て来る「別世界」という扱いだった。こうした歴史観は「アジアは古代から近代まで停滞しており、西欧以外の地域には歴史がない」とするヘーゲルの哲学に大きな影響を受けているのだが、キリスト教中心の世界観も背景にあった。本書は、中国史が専門の大学教授が、西欧主導の「世界史」をアジアの視点から見直そうとした内容で、新鮮な驚きに満ちている。

最近米国の歴史学者を中心に、非西欧世界の世界史上の位置づけを見直す「グローバル・ヒストリー」という考え方が広まり、国際的にも西欧中心史観の見直しが進んでいる。その代表である米シカゴ大学のケネス・ポメランツ教授によると、18世紀までの世界では中国・長江デルタ地方や日本の畿内と、英国やオランダの経済発展の度合いには差がなく、ある意味均質的でよく似ていた。それが、産業革命以降、西欧と東洋に「大分岐」が起きたという考え方だ。

筆者の岡本氏は「グローバル・ヒストリー」とも一線を画し、「東西をむりに均質化する必要はない」とする立場。本書を読んでまず印象に残るのは、現在のトルコ、シリア、イラク、イラン地域に広がった「オリエント文明」が果たした世界史上の役割の大きさだ。オリエント文明の影響力は「大動脈」のシルクロードを通ってユーラシア大陸を東に延び、中央アジアから唐代の中華圏まで達していた。その世界では、ペルシャ語が今の英語に相当する国際言語であり、ギリシャやローマは「周縁部=端っこ」だった。7世紀から8世紀にかけて、地中海世界を完全に支配したイスラム文明が、西欧中心の歴史では必要以上に軽視されて来たことも頭に入る。

大航海時代の海上交通革命や、蒸気機関の発明など産業革命が西欧の優位を決定的にしたということは、われわれも学校で習った。だが、筆者が強調するのは「西欧の優位をもたらしたのは産業技術だけではなく、それを裏付ける資金力=信用だった」という点だ。英国が小さな島国から世界帝国に発展できたのは結局、大きな額の資本を動員できる「契約の概念」や「財産の保護」を確立できたことが何よりも大きかった。「見知らぬ人間からカネを集められる」「カネを返さなければ信用を失う」という「法の支配」があったから、西欧では大きなリスクを取った投資が出来るようになった。一方、18世紀の中国では商人の資本は西欧よりはるかに小さく、資金の欠乏に苦しんでいた、という。「法的諸制度がないために、信用は仲間うちにしか行き届かない」という状態だったことが、近代で東洋が西欧に水をあけられた大きな要因だった、というのが筆者の問題提起だ。

現在の中国を観察していても、一般市民の強い他者不信や汚職の横行などに直面して「法の支配」の弱さを感じることは少なくない。それが「信用が仲間うちにしか行き届かない」文化の反映ならば理解できないことはないが、それでも中国が高度成長を実現したことをどう考えればいいのか? 世界2位の経済大国になった現在の中国にとっての「法の支配」はどういう形のものをいうのか? いずれも簡単に答えが出る疑問ではないが、現在のアジアでビジネスの前線に立っている人にとっても、時に歴史的な事象から物事を見つめなおすのは有益な作業ではないかと考える。


『世界史序説─アジア史から一望する』

  • 岡本隆司 著 筑摩書房
  • 2018年7月発行 860円+税

西洋中心の歴史観を覆し、アジア史の観点から世界史の構図を語った一冊。筆者の岡本氏は京都府立大学文学部教授。

【本の選者】岩瀬 彰

NNA代表取締役社長。1955年東京生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業後、共同通信社に入社。香港支局、中国総局、アジア室編集長などを経て2015年より現職

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